俺だけ使える成長システムで湘北を全国制覇に導きたい 作:should
ここまでは前座です。
第17話(仮) 三井と赤木、最初の紅白戦
――正直に言えば、体育館の扉を開けるまで、俺は少しだけ緊張していた。
湘北高校に入学して、今日が初めての部活動だ。
中学の頃からバスケットボールを続けてきたとはいえ、高校の部活は別物だ。集まっているのは、これから同じコートに立つ仲間たちだけじゃない。すでに湘北のユニフォームを着て、何度もこの場所で汗を流してきた先輩たちもいる。
体育館の中には、ボールの弾む音とシューズが床を擦る音が響いていた。
ドン、ドン、と一定のリズムでボールが床を叩く。
キュッ、キュッ、と足を止めるたびにシューズが鳴る。
その音を聞いていると、胸の奥が自然に熱くなってきた。やっぱり、俺はこの場所が好きだ。コートに立って、ボールを持って、リングを見上げる。その瞬間だけは、余計なことを考えずにいられる。
「新入生は、まず集まれ!」
体育館の奥から声が飛んできた。
俺は周囲の新入生と一緒に、コート脇へ集まった。視線を上げると、ひときわ大きな身体の男が目に入った。背の高い坊主頭。入学式の日から、何かと目立っていた男だ。
背が高い。肩幅も広い。立っているだけで、周囲の空気が少し狭くなるような存在感がある。
その男が、こちらを見下ろしていた。
目が合った。
俺は反射的に視線を逸らさなかった。こういうタイプは、最初から気に入らない。自分の方が上だとでも言いたげな顔をしている。
「新入生は、一人ずつ自己紹介をしてもらう」
先輩の指示に従い、順番に名前を名乗っていく。
やがて、俺の番が来た。
一歩前へ出る。体育館中の視線が集まった。
「三井寿です」
声が少しだけ響いた。
「中学ではバスケットボール部でした。ポジションはフォワードです」
そこで一度、息を吸う。
本当は、もっと簡単に終わらせてもよかったのかもしれない。名前とポジションだけ言って、下がればいい。けれど、俺はこの場所に遊びに来たわけじゃない。
ここで、誰よりも上手くなりたい。
ここで、誰よりも勝ちたい。
だから、自然と口から言葉が出ていた。
「目標は、全国制覇です」
一瞬、体育館が静かになった。
自分で言っておきながら、少し大きく出たかもしれないと思った。だが、取り消すつもりはなかった。
全国制覇。
それは、俺がずっと追いかけてきた目標だ。口にした以上、簡単に引っ込めるわけにはいかない。
何人かの先輩が、面白そうにこちらを見ている。
そして、背の高い坊主頭も俺を見ていた。
その目には、驚きというより、挑むような光があった。
「全国制覇、か」
デカ坊主が低い声で呟いた。
「何か文句あるのかよ」
俺が言い返すと、赤木は眉を寄せた。
「別に文句はない。ただ、口にするだけなら誰にでもできる」
「へえ。じゃあ、お前は言えないのか?」
「俺は、言葉よりも行動で示す」
「ずいぶん偉そうだな」
「お前こそ、入ったばかりで大きなことを言う」
周囲の空気が、わずかに張り詰めた。
まだ自己紹介の途中だというのに、俺とデカ坊主の間には、すでに妙な緊張感が生まれていた。
「次、隣のデカいやつ」
「赤木剛憲です。193センチポジションはセンターです」
「そして目標は全国制覇です!」
「てめぇ!俺の真似すんじゃねぇよ!」
そのとき、穏やかな声が体育館に響いた。
「まあまあ。二人とも、まずは練習を始めましょう」
安西先生だった。
白いシャツの襟元を整えながら、安西先生は俺たちを見ていた。柔らかな表情をしているのに、その視線は不思議なほどよく周囲を見ている。
俺は小さく息を吐いた。
そして、コートへ入る前に、いつものように身体を動かし始めた。
入学前から、翔馬に教わった準備運動や身体のケアを欠かさないようにしている。練習前にはふくらはぎを伸ばし、足首を回し、膝の曲げ伸ばしを確認する。股関節を動かし、肩を回し、身体の左右に違和感がないかを確かめる。
以前の俺なら、早くボールに触りたいという気持ちを優先して、準備運動を適当に済ませていたかもしれない。
だが、今は違う。
バスケットボールを続けるためには、身体を大切にしなければならない。どれだけシュートが上手くても、コートに立てなければ意味がない。
そのことを、俺は少しずつ理解し始めていた。
「三井君は、ずいぶん丁寧に身体を動かしていますね」
安西先生が、少し離れた場所から声をかけてきた。
「怪我をしたら、練習できませんから」
俺が答えると、安西先生は目を細めた。
「その通りです。焦る気持ちを抑えることも、選手に必要な力ですよ」
その言葉を聞いて、俺は一瞬だけ黙った。
焦る気持ち。
確かに、俺の中にはいつもそれがある。早く上手くなりたい。早く認められたい。誰よりも先に、誰よりも多くシュートを決めたい。
けれど、焦って身体を壊せば、すべてが止まる。
俺はもう一度、足首をゆっくり回した。
その様子を、安西先生は静かに見ていた。
そして、紅白戦が始まる。
新入生の実力を見ることも兼ねて、1年生対2・3年生の試合が組まれた。
俺たち1年生は、コートの片側に集まった。
赤木は、当然のようにゴール下へ向かう。俺はその背中を見ながら、ボールを受け取った。
「寿、最初から飛ばしすぎるなよ」
同じ武石中からきた九条が声をかけてくる。
「分かってるって」
そう答えたものの、胸の奥ではすでに火がついていた。
高校での最初のプレーだ。
ここで、自分がどれだけできるのかを見せたい。
開始の笛が鳴った。
体育館の空気が一気に変わる。
シューズが床を擦る音が連続し、選手たちの足音がコートを駆け抜けていく。ボールが床を叩くたび、乾いたドン、ドンという音が響いた。
俺は外へ走った。
ディフェンダーがついてくる。肩越しに相手の位置を確認し、味方の動きを見る。ボールが逆サイドへ渡った瞬間、俺は一気にコーナーへ走り込んだ。
パスが来る。
手のひらにボールが収まった瞬間、身体が勝手に反応した。
シュート。
ジャンプして、腕を伸ばす。
ボールは高い弧を描き、リングへ向かった。
パシュッ。
ネットを通り抜ける音が、耳に心地よく響いた。
「よし!」
俺は小さく拳を握った。
久しぶりの実戦だった。やっぱり、試合は楽しい。練習で何百本シュートを打っても、この瞬間の感覚には敵わない。
「調子に乗るな!」
ゴール下から赤木の声が飛んできた。
「一本決めただけだ!」
「お前こそ、まだ何もしていないだろ!」
「俺はこれからだ!」
赤木はそう言うと、相手のシュートが外れた瞬間にゴール下へ身体をねじ込んだ。
相手の選手と激しくぶつかりながら、太い腕を伸ばす。ボールをつかんだ瞬間、赤木の目が鋭く光った。
「うおおっ!」
赤木が踏み込む。
ゴール下で身体をひねり、力強くシュートを押し込んだ。リングが大きく揺れ、ボールがネットを擦り抜ける。
「どうだ!」
赤木が叫ぶ。
「そんなに騒がなくても入ってるのは分かるよ!」
俺が言い返すと、赤木は鼻を鳴らした。
「なら、次はお前が俺にパスを出せ」
「自分で取ればいいだろ」
「チームで攻めるなら、パスも必要だ」
「俺は自分で決められる」
「それではチームにならん!」
その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。
だが、すぐに苛立ちが勝った。
「お前に言われたくないね!」
二人とも、個人の能力は高かった。
俺は外から得点を狙える。赤木はゴール下で相手を押し込み、リバウンドを奪える。
しかし、問題はそこだった。
俺は自分のシュートを決めることばかり考えていた。赤木は自分がゴール下で得点することばかり考えていた。
互いの強みを理解しているのに、それを組み合わせようとはしていない。
そして、その問題がはっきり表れたのが、次の攻撃だった。
俺がボールを受ける。
ディフェンダーが正面に立ち、背後から別の選手が追ってくる。俺はドリブルを低く刻みながら、赤木の横を指さした。
「赤木、スクリーン!」
赤木はゴール下から動かなかった。
「お前がこちらへ来い!」
「何言ってんだ! 俺がフリーになれば、シュートを決められるんだ!」
「俺がゴール下で有利な位置を取っている。お前が相手を引きつけて、俺にパスを出せばいい!」
「俺にゴール下まで行けってのか? 俺はシューターだぞ!」
「なら、俺にパスを出せ!」
「お前はそれしか言えないのかよ!」
「お前こそ、自分が打つことしか考えていない!」
言い争っている間にも、ディフェンダーが距離を詰めてくる。
俺は無理にシュートを打とうとした。だが、赤木は動かず、パスコースも塞がっている。結局、苦し紛れに放ったボールはリングの手前で弾かれた。
リバウンドを相手に取られる。
「何をしている!」
赤木が怒鳴った。
「お前が動かないからだろ!」
「お前がパスを出さないからだ!」
二人の声が、体育館に響いた。
周囲の選手たちが動きを止める。
ボールが床に弾む音だけが、妙に大きく聞こえた。
ドン。
ドン。
ドン。
誰もが、俺たちを見ていた。
どちらの言い分にも理屈はある。
俺がスクリーンを使ってフリーになれば、得意のシュートを打てる。赤木がインサイドでボールを受ければ、身長とパワーを生かして得点を狙える。
問題は、二人とも自分の得意なプレーを主張するばかりで、相手の強みをどう生かすかを考えていないことだった。
そのとき、安西先生がゆっくりとコートへ入ってきた。
「三井君。赤木君」
穏やかな声だった。
それなのに、体育館にいた全員が自然と口を閉じた。
俺はまだ息が上がっていた。赤木も肩で荒く息をしている。
「そのプレーは、チームが勝つために必要なことでしたか?」
俺は答えられなかった。
赤木も黙っている。
安西先生は、俺たちを責めるような口調ではなかった。ただ、逃げ道を与えないように、静かに問いかけていた。
「三井君が赤木君のスクリーンを使ってフリーになり、得意なシュートを打つ。三井君がディフェンダーを引きつけ、インサイドの赤木君にパスを出す。それぞれ、チームの得点につながるプレーです」
安西先生は、俺と赤木を交互に見た。
「しかし、二人とも自分のやりたいプレーを主張するばかりで、相手を生かそうとはしていませんでしたね」
俺は唇を結んだ。
赤木は拳を握っている。
「三井君。君は、自分が得点することだけを考えていませんか?」
「……」
「赤木君。君も、自分がインサイドで得点することだけを考えていませんか?」
赤木の眉が動いた。
反論したい。
俺はそう思った。
俺はシュートを決めるためにコートへ立っている。得点を取ることが自分の役割だ。赤木だって、ゴール下で相手を押し込むことが役割のはずだ。中学の時だってそうやってプレイしてきた。
だが、言葉にしようとすると、どこかで引っかかった。
さっきのプレーで、俺はシュートを打てなかった。
赤木も、ゴール下でボールを受けられなかった。
自分のやりたいことに固執した結果、二人とも何もできなかったのだ。
安西先生は、静かに告げた。
「君たちのためにチームがあるんじゃない。チームのために君たちがいるんだ」
その言葉が、胸の奥に落ちた。
俺は、これまで自分が得点することを中心に考えていた。自分が決めれば勝てる。自分が目立てば認められる。そう思っていた。
けれど、バスケットボールは一人でやるものではない。
ボールを持っていない時間も、コートには意味がある。誰かがスクリーンをかけ、誰かが相手を引きつけ、誰かが空いた場所へ走る。
シュートを打つ選手だけが、攻撃をしているわけではない。
赤木も、拳を握ったまま黙っていた。
安西先生は、さらに問いかける。
「では、どうすればチームが勝てるのでしょうか。三井君が得点することと、赤木君が得点すること。どちらか一方を選ばなければならないのでしょうか?」
俺はコートを見た。
三井がスクリーンを使えば、フリーになれる。
赤木がスクリーンをかければ、俺はディフェンダーを振り切れる。
逆に、俺が外からシュートを狙えば、相手のディフェンスは外へ広がる。そうすれば、赤木がゴール下で有利な位置を取れる。
どちらか一方が得点することだけが、チームの得点につながるわけではない。
俺は赤木を見た。
赤木も、こちらを見ていた。
相変わらず、厳しい顔をしている。
だが、さっきまでのような怒りだけではなかった。自分の中で何かを考えている顔だった。
「……一回、やってみるか」
俺が言った。
赤木は少しだけ目を見開いた。
「何をだ」
「お前がスクリーンをかけろ。俺がそこを使ってシュートを狙う」
「相手が俺の方に寄ってきたら、どうする」
「そのときは、パスを出す」
「本当に出せるのか」
「言われなくても分かってるよ」
「なら、最初からそうしろ」
「お前も、最初から動けよ」
まだ口調はぶっきらぼうだった。
それでも、二人はもう言い争ってはいなかった。
安西先生は、わずかに微笑んだ。
「では、もう一度やってみましょう」
プレーが再開する。
俺は外へ開いた。
赤木は、さっきまでのようにゴール下へ居座るのではなく、少し高い位置まで上がってきた。相手のディフェンダーが赤木を警戒し、俺との距離がわずかに開く。
ボールが俺の手に渡った。
パスが手のひらに収まり、すぐに低いドリブルへ変わる。
赤木が近づく。
「来い!」
赤木が短く叫んだ。
俺は一歩目を踏み出した。
赤木が身体を入れ、ディフェンダーの進路を塞ぐ。大きな身体が壁のように立ちはだかり、相手の足が一瞬止まった。
その瞬間、俺は赤木の肩をかすめるように横へ抜けた。
シューズが床を鋭く鳴らす。
キュッ!
身体が一気に横へ流れ、視界が開いた。
シュートコースがある。
俺は迷わず跳んだ。
指先から離れたボールが、高い弧を描いてリングへ向かう。
全員の視線がボールを追った。
パシュッ。
ボールがリングを通過した。
「よし!」
俺は小さく拳を握った。
赤木は、すぐには何も言わなかった。
自分のスクリーンが得点につながったことを理解しているのだろう。やがて、わずかに顎を上げる。
「今のは、俺のスクリーンがあったからだ」
「俺のシュートが入ったからだろ」
「スクリーンがなければ、打てなかった」
「俺が打たなきゃ、得点にはならない」
「なら、どちらも必要ということだ」
赤木が真顔で言った。
俺は一瞬、言葉に詰まった。
それから、思わず笑ってしまった。
「お前、そういうところだけは素直だな」
「何がおかしい」
「別に」
赤木は不満そうに眉を寄せたが、さっきのように怒鳴りはしなかった。
続くプレーでは、俺がボールを持つ相手にプレッシャーをかけた。
足音を響かせながら相手の進路を塞ぎ、腕を伸ばしてドリブルコースを限定する。相手の表情が焦りに歪み、視線が一瞬だけゴール下へ逃げた。
その隙に、赤木がゴールへ走り込む。
大きな身体が床を踏み鳴らす。
俺は相手の視線と身体の向きを見た。
赤木が空いている。
以前の俺なら、自分でボールを運び、そのままシュートを狙っていたかもしれない。
だが、今は違った。
俺は一歩踏み込んで相手を引きつけ、赤木へパスを送った。
ボールが鋭く飛び、赤木の胸元へ吸い込まれる。
赤木が両手で受け取った瞬間、身体を沈めた。次の一歩で一気に跳び上がる。
「うおおおっ!」
赤木がボールをリングへ叩き込む。
ゴンッ!
リングが大きく揺れ、体育館が沸いた。
ベンチからも声が上がり、床を踏み鳴らす音が重なる。
「どうだ!」
赤木が胸を張った。
額には汗が浮かび、荒い息の合間にも誇らしげな表情を見せている。
「俺のパスがよかったんだろうが!」
俺も負けじと言い返した。
「パスがなければ、俺は決められなかった」
「じゃあ、少しは俺に感謝しろよ」
「次も同じパスを出せるなら、考えてやる」
「何だと!」
赤木がまた声を荒らげる。
だが、今度は周囲から笑い声が起きた。
俺も笑っていた。
赤木も、ほんのわずかに口元を緩めていた。
二人は相変わらずだった。
自分が決めたことを主張するし、相手に負けたくないという意地もある。プレーのたびに言い合いをするし、どちらが上かを確かめようとする。
だが、先ほどとは違う。
自分が得点することだけを考えていた二人が、互いの強みを使うことで、より簡単に得点できることを知ったのだ。
俺は、赤木のスクリーンがあったからシュートを打てた。
赤木は、俺が外から相手を引きつけたから、ゴール下へ走り込めた。
どちらか一人では、今のプレーは成立しなかった。
安西先生は、コートの外から俺たちを見ていた。
その表情は穏やかだったが、目の奥には確かな手応えが浮かんでいる。
(君たちは強くなる)
二人はまだ、チームプレーの本当の意味を理解したわけではない。
それでも、最初の一歩は踏み出した。
三井が得意なシュートを生かすために、赤木のスクリーンが必要になることがある。
赤木がインサイドで得点するために、三井のシュート力が必要になることもある。
そして、そのどちらもが、チームの勝利につながっている。
紅白戦は続いていく。
ボールの弾む音、選手たちの掛け声、床を蹴る足音が、体育館いっぱいに響き渡る。
俺は何度も外へ走った。
赤木はゴール下で身体を張った。
俺がボールを持てば、赤木は相手の位置を見てスクリーンをかける。赤木がインサイドへ入れば、俺は外へ開いてディフェンスを引きつける。
まだ、すべてが上手くいくわけではない。
赤木がスクリーンのタイミングを間違え、俺が先に走り出してぶつかることもあった。
俺がパスを出すのが遅れて、赤木がゴール下でボールを待ちぼうけになることもあった。
そのたびに、俺たちは言い合った。
「遅い!」
「お前が早すぎる!」
「もっと外へ開け!」
「お前が中へ入るのが遅い!」
けれど、言い合いの内容は変わっていた。
さっきまでは、自分がどうしたいかを主張するだけだった。
今は、どうすれば次のプレーが上手くいくかを話している。
それは、ほんの小さな違いだった。
だが、その違いは確かに大きかった。
紅白戦が終わる頃には、俺のシャツは汗で重くなっていた。呼吸を整えながら、俺はコートの中央を見た。
赤木も、膝に手をついて息を整えている。
目が合った。
「……思ったよりは、使えるな」
赤木が言った。
「何だよ、それ」
「お前のシュートのことだ」
「お前のスクリーンも、まあ悪くなかった」
「俺の方が先に褒めた」
「褒めてねえだろ」
「評価しただけだ」
「同じようなもんだろ」
「違う」
また、くだらない言い合いが始まる。
けれど、今度はどちらも本気で怒ってはいなかった。
その様子を、コートの端で見ていた人物がいた。
木暮公延は、タオルで汗を拭きながら、二人のやり取りを黙って眺めていた。
最初に二人を見たとき、木暮は正直、少し不安を感じていた。
三井は、シュートの技術も身体能力も高い。ボールを持ったときの動きには華があり、難しい体勢からでもリングへ向かう度胸がある。
一方の赤木は、身体の強さと高さが際立っていた。ゴール下での存在感は、1年生とは思えないほどだった。
二人とも、個人の能力だけなら間違いなく目立つ。
だが、同時に、二人とも自分の力を信じすぎていた。
三井は、自分がシュートを決めればいいと思っている。
赤木は、自分がゴール下を支配すればいいと思っている。
互いに相手の存在を認めようとせず、同じコートに立っているのに、まるで別々の試合をしているようだった。
木暮は、何度も二人の間に入ろうとした。
「三井、赤木の位置を見てから動いた方がいい」
「赤木、三井が外にいるなら、少しスペースを空けてやれ」
そう声をかけても、二人はすぐに言い返してくる。
「俺は俺のプレーをしてるだけだ」
「俺がゴール下を空ける必要はない」
そのたびに、木暮は困ったように笑うしかなかった。
この二人が同じチームでやっていくのは、簡単ではない。
そう思っていた。
だが、今は違う。
木暮は、先ほどのプレーを思い返していた。
赤木がスクリーンをかけ、三井がそこを使ってシュートを決めた場面。
三井が相手を引きつけ、赤木へパスを出した場面。
どちらも、ほんの数秒の出来事だった。
けれど、その数秒の中で、二人は互いの動きを見ていた。
赤木は、三井がどこへ走るのかを見ていた。
三井は、赤木がどこでボールを受けたいのかを見ていた。
まだ完璧な連携ではない。
むしろ、動きが合わずにぶつかることの方が多い。
それでも、二人の間には、最初にはなかったものが生まれている。
相手を邪魔だと思うのではなく、相手を使おうとしている。
自分が目立つためではなく、相手の力を引き出すことで、自分のプレーも生きると気づき始めている。
木暮は、コートの外にいる安西先生へ視線を向けた。
安西先生は、いつもの穏やかな表情で二人を見ている。
木暮は、ふと考えた。
安西先生は、あの二人に一体何を言ったのだろう。
もちろん、聞こえていた言葉はある。
「君たちのためにチームがあるんじゃない。チームのために君たちがいるんだ」
その言葉が、二人の中に残っていることは分かる。
だが、それだけではない気がした。
安西先生は、二人のどちらかを抑えつけたわけではない。
三井のシュートを否定しなかった。
赤木のゴール下の強さも否定しなかった。
ただ、それぞれの力が一人だけのものではなく、チームの中でこそ生きるのだと示した。
三井には、赤木がいるからこそ打てるシュートがある。
赤木には、三井がいるからこそ生まれるスペースがある。
二人はまだ、それを完全に理解したわけではない。
それでも、今日の紅白戦で、ほんの少しだけ実感したのだろう。
木暮は、再び二人へ目を戻した。
「次は、もっと早く出せよ!」
三井が赤木に言っている。
「お前がもっとよく見ていれば、遅れることはない!」
赤木が言い返す。
「じゃあ、次はちゃんと合わせろよ!」
「お前こそ、俺の動きを見ろ!」
相変わらず、仲がいいとは言えない。
むしろ、今まで以上にぶつかっているようにも見える。
だが、木暮には分かっていた。
二人はもう、互いをただの邪魔者として見てはいない。
三井は、赤木がいなければ自分のシュートが生きないことを知った。
赤木は、三井がいなければ自分の力を十分に発揮できないことを知った。
その事実を、二人ともまだ素直には認めない。
だから、言い合いになる。
だから、相手に負けまいとする。
けれど、その意地は、さっきまでのものとは違っていた。
自分一人が勝つための意地ではない。
相手よりも上手くなりたいという気持ちと、相手の力を借りてでもチームを勝たせたいという気持ちが、少しずつ混ざり始めている。
木暮は、コートに転がっていたボールを拾い上げた。
手の中でボールを回しながら、二人の背中を見る。
三井は、外からリングを見上げている。
赤木は、ゴール下の位置を確認している。
次の練習では、またぶつかるだろう。
また言い合いになるだろう。
それでも、今日の二人なら、昨日までとは違うプレーをするかもしれない。
木暮は、そんな予感を覚えていた。
「……いいチームになりそうだな」
思わず、声に出していた。
隣にいた選手が振り返る。
「え? あの二人が?」
「うん」
木暮は、二人を見ながら答えた。
「まだ、全然まとまってないけどね。でも、ボールが上手くつながったときは、すごくいい」
三井のシュート。
赤木のゴール下。
その二つが噛み合えば、湘北の攻撃は大きく変わる。
今はまだ、偶然に近い。
だが、偶然を何度も繰り返せば、それはやがて形になる。
木暮は、安西先生の方をもう一度見た。
安西先生は、何も言わずに微笑んでいる。
その表情を見て、木暮は確信した。
安西先生は、二人の中にあるものを最初から見抜いていたのだ。
強い自我も、負けず嫌いな性格も、互いに譲らない頑固さも。
それらは、扱い方を間違えればチームを壊す。
けれど、同じ方向へ向けることができれば、チームを前へ進める大きな力になる。
三井と赤木は、まだ互いに認め合ったわけではない。
プレーのたびに言い合いをするし、自分の得意なプレーを主張することもある。
しかし、少なくとも二人は、相手の強みを利用するという選択肢を知った。
そして、その小さな変化は、二人自身を変え始めていた。
まだ、ほんの一歩だ。
けれど、その一歩が、これからの湘北を変えていくことになる。
体育館には、再びボールの弾む音が響き始めていた。
ドン、ドン、と床を叩く音。
キュッ、キュッ、とシューズが鳴る音。
三井と赤木は、またコートへ戻っていく。
今度は、どちらが先にボールを要求するかで、さっそく言い争いを始めていた。
木暮は苦笑しながら、その後ろ姿を見送った。
そして、胸の中で静かに思った。
この二人なら、いつか本当に、全国を目指せるかもしれない。
5分間も待たせやがって......