俺だけ使える成長システムで湘北を全国制覇に導きたい 作:should
俺は、ずっとそわそわしていた。
なぜなら今日は、三井先輩が初めて湘北高校のバスケットボール部に行く日だからだ。
原作では、このタイミングで三井先輩が怪我をする。
そのことが、朝からずっと頭に引っかかっていた。
もちろん、入学前からウォームアップや身体のケアについて伝えてきた。無理をしないこと、痛みを感じたらすぐに休むこと、高校の練習に身体が慣れるまでは特に慎重になること。
三井先輩も、それを守ると約束してくれた。
でも、だからといって安心できるわけじゃない。
部活から帰ると、俺は夕食を済ませてから家の電話へ向かった。
夕食後の時間だったけれど、迷っている暇はなかった。
受話器を取り、三井先輩の家へ電話をかける。
何度か呼び出し音が鳴ったあと、電話がつながった。
『もしもし』
「三井先輩!」
『おう、翔真か?』
「はい! 先輩、入学どうでした?」
『どうでしたって、いきなりだな』
「今日、部活に行ったんですよね? 紅白戦とか……じゃなくて、怪我とかしなかったですか?」
『お前、そればっかりだな』
三井先輩の声が、少し呆れたようになった。
『今日、別に怪我とかそういうのは全然何ともなかったよ。紅白戦をしただけだしな』
「本当ですか?」
『本当だって。ちゃんとウォームアップもやったし、練習が終わったあとも身体を確認した。今のところ、どこも問題ねえよ』
「よかった……」
俺は、ほっと息を吐いた。
本当によかった。
原作では、ここで怪我をする。
その事実を知っている俺にとって、今日という日はずっと気がかりだった。
紅白戦で無事だった。
それだけで、ひとまず今日の目標は達成したような気分だった。
『お前、まさか俺が怪我してると思ったのか?』
「……ちょっとだけ」
『ちょっとだけ、ねえ』
「入学直後は怪我をしやすいって、前にも言いましたよね。だから心配で」
『分かってるって。お前、ほんとに心配性だな』
呆れたような声だった。
でも、怒っているわけではなさそうだった。
「すみません。でも、これからも怪我には気をつけてくださいね」
『分かってるよ。ちゃんと身体のケアはする』
「はい。先輩が怪我をしないように、これからも上手くなっていかないといけないですね」
『何でお前まで一緒に気合い入れてんだよ』
「だって、先輩が怪我をしないようにするのも大事ですけど、怪我をしない身体の使い方を身につけて、もっと上手くなってもらわないと困りますから」
『はいはい。分かったよ』
三井先輩は、少し笑った。
『それで、部活で色々あったんだけどよ』
「何があったんですか?」
『赤木ってやつと、ちょっと揉めてな』
『あいつ、ゴール下でボールをもらって自分で決めたいんだよ。俺は俺で、スクリーンを使ってフリーになってシュートを打ちたい。そしたら、どっちがどう動くかで言い合いになっちまってさ』
「なるほど……」
『最終的には、安西先生に止められた』
「安西先生に?」
『ああ』
三井先輩の声が、少しだけ真面目になった。
『俺たちに聞いてきたんだよ。今のプレーは、本当にチームが勝つために必要なことなのか、って』
俺は黙って聞いていた。
『俺がスクリーンを使ってシュートを打つのも、赤木がゴール下でパスをもらって決めるのも、別に間違ってるわけじゃねえ。でも、俺たちは自分のやりたいプレーばっかり主張して、相手のことなんか考えてなかったんだ』
三井先輩は、少し悔しそうに続けた。
『それで、安西先生に言われたんだよ』
一拍、間が空く。
『君たちのためにチームがあるんじゃない。チームのために君たちがいるんだ、って』
その言葉を聞いて、俺は思わず笑みを浮かべた。
ああ。
安西先生らしいな。
「……そりゃ、そうですよね」
『おい。何だよ、その反応』
「いえ、だって、その通りじゃないですか」
『簡単に言ってくれるなあ』
「でも、先輩。安西先生の言葉って、別に先輩のシュートを否定したわけじゃないと思います」
『……どういうことだ?』
「先輩がシュートを打つことは、湘北にとって大きな武器ですよね。だからこそ、その武器をいつ使うのかが大事なんじゃないですか?」
『いつ使うか、ねえ』
「はい。先輩がフリーなら、迷わず打てばいい。でも、相手が先輩を警戒して二人で寄ってきたら、その分だけ誰かが空く。そこでパスを出せれば、先輩のシュートは打てなくても、チームとしては得点できます」
『……』
「赤木っていう先輩だって同じです。ゴール下で勝負できるなら、そこにボールを集めればいい。でも、相手が中を固めてきたら、外にいる先輩が打つ。どちらか一人のために動くんじゃなくて、相手が嫌がる方を選ぶんです」
『つまり、俺がシュートを打つことも、赤木がゴール下で決めることも、どっちも必要ってことか』
「そうです。先輩が自分の得意なプレーを捨てる必要はありません。ただ、それだけにこだわらなければいいんです」
電話の向こうで、三井先輩が黙り込んだ。
しばらくして、低い声が返ってくる。
『……俺は、シュートを打てるなら、それが一番いいと思ってた』
「先輩のシュートは、実際に強いですからね」
『でも、赤木のやつも、自分がゴール下で決めるのが一番いいと思ってる。そう考えたら、そりゃぶつかるわな』
「お互いに、自分の得意なことしか見えていなかったんでしょうね」
『お前、さらっと言うなあ』
「すみません」
『いや、謝るところじゃねえけどよ』
三井先輩は、少しだけ笑った。
『そういや、お前も似たようなことを言ってたよな』
「俺がですか?」
『ああ。前に一緒に練習したとき、俺が無理にシュートを打とうとしたら、お前、別の選択肢を出せって言っただろ』
「そんなこと言いましたっけ?」
『言った。俺が打ちたいなら打てばいい。でも、打つ以外の選択肢を持ってる方が、相手は守りにくいって』
「ああ……」
『あのときは、偉そうなこと言いやがってって思ったけどな』
「今も思ってます?」
『今は……まあ、少しだけ分かる』
「少しだけですか」
『全部分かったなんて言ったら、調子に乗るだろ』
「もう十分、分かってくれたと思いますけど」
『お前なあ』
三井先輩の声に、さっきまでの苛立ちはもう残っていなかった。
代わりに、考えを整理しているような静けさがあった。
『安西先生は、俺にシュートをやめろって言ったわけじゃねえんだな』
「はい。先輩のシュートを、チームのために使えってことだと思います」
『チームのために、か』
「先輩が点を取ることもチームのためです。先輩が相手を引きつけて、誰かにパスを出すこともチームのためです。どっちを選ぶかは、そのときの状況次第ですけど」
『……なるほどな』
「それに、先輩がそういう判断をできるようになったら、もっと止めにくい選手になりますよ」
『俺が?』
「はい。シュートしかない選手なら、シュートを止めればいい。でも、パスもドライブもできるなら、相手は簡単に守れません」
『お前、俺をどうしたいんだよ』
「もっと強い選手になってほしいんです」
『またそれかよ』
「だって、本当のことですから」
『お前は、俺のことになると妙に熱くなるよな』
「先輩のシュートが好きなので」
『……そういうことを平気で言うな』
「何でですか?」
『何でもねえよ』
三井先輩は、少し言葉に詰まった。
その反応が妙におかしくて、俺は笑いをこらえた。
「それで、赤木先輩とはどうなったんですか?」
『話を戻すなよ』
「気になるじゃないですか」
『結局、安西先生に言われたあと、やってみたんだよ。今度は、俺が最初から赤木先輩の動きを見て、赤木も俺の位置を見てくれた』
『それで?』
『赤木がゴール下に入ったから、俺が外に開いた。相手が俺についてきたから、赤木が中で空いた。そこでパスを出したら、あいつが決めた』
「いい連携ですね」
『まあな。あいつ、決めたあとにこっちを見て、ほんの少しだけ頷いたんだよ』
「赤木先輩が?」
『そうだよ。あいつ、ああ見えても礼くらいは言えるらしい』
「それは、かなりの進歩じゃないですか」
『お前、あいつを何だと思ってるんだ』
「すごく真面目で、バスケットボールのことになると融通が利かなくなる人です」
『だいたい合ってる』
「先輩も似たようなものですけどね」
『俺のどこがだよ』
「自分のシュートにこだわるところとか」
『それは俺の長所だろ』
「長所も、使い方を間違えたら短所になりますよ」
『……お前、今日は本当に生意気だな』
「電話だから、少しだけ強気になってます」
『普段から十分強気だろ』
俺は思わず吹き出した。
電話越しでも、三井先輩がどんな顔をしているのか想像できる。
きっと、眉を寄せながらも、口元は笑っている。
『でもよ』
三井先輩が、少し声を落とした。
『今日、安西先生に言われたことは、ちゃんと覚えておこうと思う』
「はい」
『俺は、シュートを打つためにバスケをしてると思ってた。もちろん、それは今も変わらねえ。シュートを決める瞬間が一番好きだ』
「知ってます」
『でも、俺がシュートを打てるのは、誰かがスクリーンをかけてくれたり、パスを出してくれたりするからだ。そこを忘れて、自分だけで決めようとしてた』
「それに気づけたなら、今日の練習は大きかったですね」
『ああ。赤木のやつも、少しは分かったんじゃねえかと思う』
「先輩から見て、赤木先輩はどうでした?」
『頑固で、でかくて、声がでかい』
「それだけですか?」
『あと、ゴール下では本当に強い。あいつが中にいると、相手の守り方が変わる』
「じゃあ、先輩のシュートも生きますね」
『……そうだな』
三井先輩は、少し考えてから続けた。
『俺が外で打てば、相手は外に広がる。そうすりゃ、赤木が中で勝負しやすくなる。赤木が中で暴れれば、今度は相手が中に寄る。そしたら、俺がまた打てる』
「そういうことです」
『なるほどな。自分が目立つことだけ考えるより、相手をどう動かすか考えた方が、結果的にはシュートを打てる場面も増えるのか』
「はい。先輩のシュートを生かすためにも、先輩一人の力だけに頼らない方がいいんです」
『……お前、ほんとに中学生か?』
「中学生ですけど、バスケットボールのことなら結構詳しいですよ」
『自分で言うか、それ』
「事実なので」
『はいはい』
三井先輩は呆れたように返事をした。
けれど、その声にはどこか楽しそうな響きがあった。
それからしばらく、俺たちは今日の練習について話した。
赤木先輩がどれだけ頑固だったか。
三井先輩がどれだけ自分のシュートを打ちたがっていたか。
そして、最後に二人のプレーが噛み合ったとき、どれだけ気持ちよかったか。
『……あいつ、最後まで自分の方が正しいみたいな顔してたけどな』
「先輩も似たような顔をしていたんじゃないですか?」
『俺はいいんだよ』
「何がいいんですか?」
『俺はシュートが入るからな』
「それ、赤木先輩の前で言ったら、また揉めますよ」
『分かってる。だから言ってねえだろ』
「電話では言ってますけどね」
『お前、俺をからかってるだろ』
「少しだけ」
『やっぱりな!』
俺はまた笑った。
こうして話していると、朝から胸に引っかかっていた不安が、少しずつほどけていく。
三井先輩は無事だった。
それだけじゃない。
今日の練習で、赤木先輩とぶつかりながらも、自分のプレーについて考え始めている。
原作の流れを知っている俺にとって、それは大きな変化だった。
もちろん、これで未来がすべて変わったわけじゃない。
怪我の可能性が消えたわけでもない。
高校の練習は、これからさらに厳しくなる。
身体ができあがっていない時期に無理をすれば、どれだけ気をつけていても故障することはある。
だから、これからも三井先輩には何度も注意しなければならない。
嫌がられても、うるさいと思われても、伝えるべきことは伝える。
「先輩」
『ん?』
「今日、怪我をしなかったからって、これから無理をしていいわけじゃないですからね」
『分かってるって』
「練習前の準備運動と、練習後のケアは絶対ですよ」
『分かってる』
「痛みがあったら、我慢しないでください」
『分かってるって言ってるだろ』
「本当に?」
『本当だよ。お前に何度言われたと思ってんだ』
「じゃあ、明日からもちゃんと守ってくださいね」
『……お前、俺の母親か?』
「先輩の身体を心配しているだけです」
『それが母親みたいだって言ってんだよ』
「でも、先輩が怪我をしたら困りますから」
『誰が困るんだよ』
「俺が困ります」
『……』
電話の向こうが、急に静かになった。
「先輩?」
『いや……何でもねえ』
「どうしました?」
『何でもねえって。とにかく、気をつける』
「はい!」
『ただし、毎日電話してくるのはやめろよ』
「毎日はしません」
『本当か?』
「たぶん」
『たぶんじゃねえ』
「善処します」
『お前なあ……』
三井先輩の呆れた声に、また笑いが混じった。
しばらく話したあと、俺たちは電話を切った。
受話器を戻してからも、俺はその場を動かなかった。
今日、三井先輩は怪我をしなかった。
それだけで、胸の奥にあった重たいものが少し軽くなっている。
けれど、安心して終わりにするわけにはいかない。
未来は、俺が知っている原作の通りに進むとは限らない。
今日のように、少しずつ変わっていくこともある。
なら、俺にできることを続けるしかない。
三井先輩が自分のシュートを武器として磨きながら、チームの中でその力を生かせるようにすること。
赤木先輩が、自分の強さだけにこだわらず、仲間と連携することを覚えること。
二人が互いの力を認め合えば、湘北はもっと強くなる。
そして、そのために俺ができることもあるはずだ。
俺は部屋に戻り、机の上に置いてあったノートを開いた。
今日の出来事を書き留める。
『三井先輩、紅白戦で怪我なし』
その下に、もう一行。
『得意なことを捨てるのではなく、チームのために使う』
ペンを置いて、俺はその言葉を見つめた。
自分の力をどう使うか。
それは、これから俺自身が湘北で考え続けることになる。
ドリブルが得意なら、相手を抜くためだけじゃなく、味方を生かすために使う。
パスが得意なら、ただボールを渡すだけじゃなく、仲間が一番力を出せる場所へ届ける。
シュートが得意な選手がいるなら、その選手が打ちやすい状況を作る。
一人で全部をやる必要はない。
一人で全部をやろうとすれば、必ずどこかで限界が来る。
だからこそ、仲間がいる。
それぞれの得意なことを持ち寄って、一人では届かない場所まで進む。
それがチームだ。
一年後、俺も湘北へ行く。
そのとき、三井先輩たちはどんな選手になっているだろう。
赤木先輩との関係は、どう変わっているだろう。
そして俺は、どんな選手としてあのコートに立つのだろう。
考えるだけで、胸が熱くなった。
「待っててくださいね、先輩」
誰もいない部屋で、俺は小さく呟いた。
一年後。
俺も、湘北の一員になる。