俺だけ使える成長システムで湘北を全国制覇に導きたい 作:should
体育館に入ると、すでに何人かの部員が集まっていた。
ボールが床を叩く音。シューズが床を擦る音。飛び交う声。
中学時代にも何度となく聞いてきた音だ。それなのに、高校の体育館というだけで、少しだけ新鮮に感じる。
「おっ、新入生か」
声をかけてきたのは、赤木先輩だった。
「はい。今日からよろしくお願いします」
「うむ。しっかり練習して、湘北を強くしていこうじゃないか」
赤木先輩は真面目な顔で頷いた。その隣には三井先輩もいる。
以前から知っている2人が、こうして同じチームとして並んでいるのは、なんだか不思議な感じがした。
「それじゃあ、練習を始める前に、新しく入った部員もいることだし、簡単に自己紹介をしておこうか」
部員たちが集まり、順番に名前や目標を伝えていく。
やがて、俺の番が回ってきた。
「1年の佐藤翔真です。ポジションは特に限定していません。よろしくお願いします」
そこで一度、言葉を切る。
俺には、最初に伝えておきたいことがあった。
「俺の目標は、湘北で全国制覇することです」
体育館が一瞬だけ静かになった。
「……全国制覇?」
誰かが小さく呟く。
赤木先輩も、少し驚いたように俺を見ていた。
高校に入学したばかりの新入生が、いきなり全国制覇を目標に掲げたのだ。大きすぎる夢だと思われてもおかしくない。
それでも、俺は本気だった。
「そのために、自分にできることは全部やるつもりです。よろしくお願いします」
俺は頭を下げた。
赤木先輩は真剣な表情で俺を見ていた。三井先輩は何も言わなかったが、目が合うと、わずかに口元を緩めた。
(これでいい)
湘北を全国制覇に導く。
それが俺の夢であり、この高校を選んだ理由なのだから。
「よし、それじゃあ、今日は紅白戦をやるぞ!」
チーム分けは、1年生側と2・3年生側。
俺は宮城と同じチームになった。
「よろしくな、翔真」
「よろしく、宮城」
宮城は軽い調子でそう言い、ボールを指先で回している。
小柄な体格ながら、身のこなしにはキレがある。ドリブルにも慣れているし、ボールを扱う技術は十分に高い。
俺が確かめたいのは、先輩たちの実力と、今の湘北がチームとしてどれほど完成しているかだった。
「それじゃ、始め!」
笛が鳴った。
最初に攻撃を組み立てたのは、2・3年生側だった。
赤木先輩がゴール近くまで下がり、ディフェンスを背負う。ローポストでボールを受け、ゴール下で勝負するつもりなのだろう。
ボールを持った選手が、赤木先輩へ視線を向けた。
パスが出る。
俺は、その軌道へ手を伸ばした。
「なっ!?」
ボールが弾かれる。
床に落ちたボールを拾った俺は、すぐに前を向いた。
「速攻!」
ドリブルを一度だけ突き、前方へパスを出す。走っていた味方がボールを受け、そのままレイアップを決めた。
先制点。
(まず1本)
赤木先輩は再びポストに入った。今度は少し位置を変えてスペースを作ろうとしている。
しかし、ボールを持った選手がパスを出そうとした瞬間、俺は再びコースへ入った。
カット。
またしても速攻から得点につながる。
「またかよ!」
誰かが声を上げた。
赤木先輩の表情が険しくなる。
俺は赤木先輩のポストプレーそのものを止めているわけではない。そもそも、ボールが届かなければ、ゴール下で勝負することもできないのだ。
ローポストか、ハイポストか。どこでボールを受けるのかが分かれば、パスのコースはある程度絞れる。
今の攻撃は、その選択肢が少なかった。
パスを入れようとする側も、コースを読まれた理由を考えず、同じ形を繰り返している。
(思っていた以上に、攻撃の形が単調だな)
もちろん、赤木先輩へのパスを警戒する俺がいれば、別の攻撃を組み立てればいい。それだけの話なのだが、今のところ、その切り替えは見られなかった。
次に動いたのは、三井先輩だった。
外側でボールを受けようとする三井先輩に、俺は距離を詰める。
三井先輩は左右に揺さぶりをかけ、俺を振り切ろうとした。
しかし、俺は無理にボールを奪いにいかず、進行方向を限定する。
右へ向かおうとすればコースを塞ぎ、左へ誘導する。そちらには、味方がカバーに入れる位置にいる。
三井先輩は何度か切り返したが、フリーでシュートを打てるだけのスペースを作れなかった。
やがて、突破を狙ってドリブルを強く突いた。
俺は動きを合わせて下がり、三井先輩を味方のカバーが待つ方向へ誘導する。
「くっ……!」
進路を塞がれた三井先輩は、苦し紛れにパスを出した。
そのコースを、俺が狙う。
パスカット。
そのままボールを運び、味方の位置を確認してゴール前へパスを出す。味方がレイアップを決めた。
再び得点。
三井先輩は悔しそうに唇を引き結んだ。
俺は三井先輩のシュート力と勝負しているわけではない。フリーでシュートを打たせなければいい。無理に抜こうとしたところを味方と連携して止めれば、パスコースも限定できる。
個人で完全に封じ込める必要はない。
チームで守ればいい。
「おい、また翔真かよ……」
「パスもドリブルもうまくねえか?」
そんな声が聞こえてくる。
俺は苦笑した。
特別なことをしているわけではない。相手が何をしたいのかを考え、その選択肢を潰しているだけだ。
もっとも、相手が別の攻撃を覚えれば、こちらも対応を変えなければならない。今はまだ、俺が対策しやすい形で攻めてきている。
それでも、紅白戦を通じて確かめたいことは見えてきた。
「……すごいな」
隣で宮城が呟いた。
「ん?」
「お前、赤木先輩のパスを何度もカットしてるし、三井先輩にも全然シュートを打たせないじゃねえか。それに、ドリブルもパスもうまいし……」
宮城は俺を見たあと、自分の手元へ視線を落とした。
「身長だって、俺より15cmくらい高いだろ」
俺の身長は178cm。宮城は163cmほどだから、確かにかなりの差がある。
「守備まで、俺よりうまいんじゃねえか……?」
宮城の表情から、いつもの軽さが消えた。
(……俺、こいつがいるのに、このチームにいる意味あるのか?)
そんな考えが頭をよぎっているのだろう。
俺は、宮城の気持ちを想像することしかできなかった。
俺はディフェンスを重点的に鍛えてきた。相手の動きを読むことも、パスコースを塞ぐことも、1対1で進行方向を限定することも、時間をかけて練習してきた。
今の俺が宮城より守備で上回っていたとしても、不思議ではない。
けれど、それが宮城にとってどれほどのことなのかは、俺には分からなかった。
試合はまだ続いている。
俺は目の前のプレーに意識を戻した。
◇
その後も、俺たちはボールを奪うたびに速攻を仕掛けた。
相手が守備を整える前に攻め切り、速攻が難しければパスを回して次の機会を探る。
一方、2・3年生側は攻撃の糸口をつかめずにいた。
赤木先輩はポストでボールを受けられず、三井先輩はフリーでシュートを打てない。かといって無理に突破しようとすると、俺たちの守備に進路を限定され、パスまで狙われる。
前半終了の笛が鳴った。
俺は息を吐き、ベンチへと向かった。
(……思っていたより弱いかもしれない)
個々の選手の能力を、今日の紅白戦だけで判断するつもりはない。
それでも、チームとしての完成度には疑問が残った。
得意な形を封じられたとき、どうやって別の攻撃につなげるのか。相手の守備が変わったとき、どう対応するのか。
少なくとも、前半の湘北には、その答えが見えなかった。
「翔真くん」
声をかけられて振り向くと、安西先生が立っていた。
「はい」
「少し、お話ししてもいいですか?」
「もちろんです」
安西先生は穏やかな笑顔を浮かべていたが、試合中の俺の動きをしっかり見ていたようだった。
「君のプレーは、とても興味深いですね。ボールを持ったときだけでなく、持っていないときにも、よく周囲を見ています」
「ありがとうございます」
「相手の動きを読むのも、状況を判断するのも早い。特に、守備から速攻へ切り替える判断は非常に速いですね」
安西先生は、少しだけ首を傾げた。
「ところで、翔真くん。君ほどの実力があれば、海南大附属を選ぶこともできたはずです。なぜ、湘北を選んだのですか?」
やはり、その質問か。
「三井くんを追ってきたのかな?」
「いえ、それも理由の一つではありますけど……」
俺は少しだけ言葉を切った。
ここで、変に取り繕う必要はない。
「俺は、湘北で全国制覇をしたかったんです」
安西先生の表情が、わずかに変わった。
「全国制覇、ですか」
「はい。安西先生のもとで、湘北を全国制覇に導きたい。それが俺の目標です」
前世の記憶を持っている俺にとって、湘北というチームには特別な意味がある。
だからこそ、ここを選んだ。
「……そうですか」
安西先生は静かに頷いた。
「君は、本気なのですね」
「はい」
「分かりました。君が何を考え、どこまで湘北を変えられるのか。これから、じっくり見せてもらいましょう」
穏やかな声だった。
安西先生は俺のプレーだけでなく、俺が湘北で何をしようとしているのかにも興味を持ってくれたらしい。
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、安西先生は2・3年生側のベンチへと向かった。
◇
「赤木くん、三井くん」
安西先生が声をかけると、2人は顔を上げた。
「前半の試合について、何か気づいたことはありますか?」
赤木先輩は少し考えてから答えた。
「……翔真に、ポストへのパスを読まれました」
「俺も、なかなかフリーになれなかった。抜こうとしても進みたい方向に行けず、カバーに来られる。最後には、苦し紛れに出したパスまでカットされた」
三井先輩も苦い顔をしていた。
「そうですか。では、もう一つ聞きましょう。翔真くんは、赤木くんや三井くんの得意なところで勝負していましたか?」
2人は黙った。
思い返してみれば、確かにそうだった。
赤木先輩がポストでボールを受けようとすれば、そのパスコースを狙われる。
三井先輩がシュートを打とうとすれば、自由に動ける場所を奪われる。
翔真は、2人の得意なプレーを真正面から潰そうとしていたわけではない。
そのプレーが成立する前提を、ひとつずつ消していた。
「翔真くんは、赤木くんのポストプレーそのものを止めているわけではありません。ポストでボールを受けるためのパスを読んでいるのです。ボールが届かなければ、どれほど強いポストプレーヤーでも、そこで勝負することはできません」
赤木先輩が唇を引き結んだ。
「三井くんも同じです。君のシュート力そのものに勝とうとしているのではありません。君がフリーでシュートを打つためのスペースを、先に奪っているのです」
安西先生は、ゆっくりと2人を見渡した。
「けれど、これは君たちが弱いという話ではありません。君たちは、自分の強みを十分に発揮できていないのです」
「……え?」
赤木先輩が顔を上げる。
「赤木くん。君がポストでボールを受けられないとき、チームはどうすればよいでしょうか。三井くん。君がフリーになれないとき、どうすればシュートを打てる状況を作れるでしょうか」
2人とも、すぐには答えられなかった。
「翔真くんに弱点を突かれた。それは前半に起きたことです。ですが、同じことを後半も繰り返す必要はありません」
安西先生はコートへ視線を向けた。
「自分の得意なプレーだけを繰り返すのではなく、どうすれば、その得意なプレーを成立させられるのか。どうすれば相手に読まれずに済むのか」
そして、2人へ視線を戻した。
「後半が始まるまでに、考えてみてください」
赤木先輩と三井先輩は、黙ったまま頷いた。
安西先生はそれ以上何も言わず、今度は1年生側のベンチへ向かった。
「前半の速攻は、とてもよかったですよ。ですが、翔真くんの判断だけに頼るのではなく、皆さんも周囲を見て、どこへ走ればよいのかを考えてみてください」
そう言うと、安西先生は再びコートを見渡した。
俺は少し離れたところから、その様子を見ていた。
(……やっぱり、安西先生はすごいな)
選手が何につまずいているのか。そして、どうすれば自分でその問題に気づけるのか。
それを考えたうえで、必要な言葉をかけている。
俺が湘北で全国制覇をするためには、安西先生の力が必要だ。
そして今、その第一歩が始まった。
後半、赤木先輩と三井先輩がどんなプレーを見せるのか。
俺は、少しだけ楽しみになっていた。