俺だけ使える成長システムで湘北を全国制覇に導きたい 作:should
紅白戦が終わり、俺たちはコートの中央に集まっていた。
2・3年生チームが45点、1年生チームが38点。
結果は7点差で、2・3年生チームの勝利だった。
「ありがとうございました!」
挨拶を終えると、部員たちはそれぞれ息を整え始めた。
三井先輩は、満足そうに汗を拭いている。
赤木先輩も、どこか手応えを感じているようだった。
一方、宮城は少し複雑そうな顔をしていた。
前半は俺たち1年生チームが優勢だった。けれど、後半に入ってからは赤木先輩のスクリーンを起点に、相手の攻撃が見違えるように変わった。
個人の能力だけでなく、互いの強みを組み合わせること。
それが、後半の勝敗を分けた要因の一つだったのだろう。
「皆さん、少しよろしいですか?」
安西先生の声が体育館に響いた。
部員たちが、先生の方を向く。
「今日の紅白戦、とても興味深く見させてもらいました」
安西先生は穏やかな笑顔を浮かべていた。
「まずは、赤木君と三井君。後半のプレーは素晴らしかったですね」
「ありがとうございます!」
赤木先輩が返事をする。
「特に、赤木君のスクリーンです。自分が直接得点するのではなく、味方が得点しやすい状況を作る。そのうえで、自分もゴールへ向かい、得点やリバウンドの機会を狙う」
安西先生は、コートを見渡した。
「三井君がシュートを打てるようにするだけではありませんでしたね。三井君がドライブを選択したときには、ヘルプに入ろうとしたディフェンダーを妨げていました。ガードがドライブした場面では、相手の守備を引きつけた結果、三井君のシュートや赤木君へのアリウープにつながりました」
赤木先輩は、少し照れくさそうに頬を掻いた。
「いえ……三井がうまく合わせてくれたおかげです」
「いや、お前のスクリーンがあったからだろ」
三井先輩が、すぐに言い返す。
「お前がいなかったら、あんなに簡単にフリーになれなかったぜ」
「そうか」
赤木先輩は、少しだけ口元を緩めた。
安西先生も満足そうに頷いた。
「ええ。お互いの長所を理解し、それを生かそうとした結果ですね」
そして、先生は続けた。
「ただ、今日の紅白戦で私が皆さんに伝えたいのは、それだけではありません」
安西先生の視線が、俺たち全員へと向けられた。
「バスケットボールでは、得点やアシスト、リバウンド、スティール、ブロックなど、記録に残るプレーが注目されます。もちろん、それらは試合の勝敗を決める大切な要素です」
一度、言葉を切る。
「しかし、試合に勝つために必要なプレーは、それだけでしょうか?」
部員たちは、黙って先生の話を聞いていた。
「例えば、今日の赤木君のスクリーン。あれは、必ずしも赤木君自身の得点にはつながりません。スクリーンをかけたこと自体も、通常の得点記録には残らないでしょう」
安西先生は、赤木先輩に視線を向けた。
「それでも、三井君がフリーでシュートを打てるようになったのは、赤木君がスクリーンをかけたからです。三井君がドライブしたときにも、ヘルプに入るディフェンダーを妨げることで、シュートを打ちやすい状況を作りました」
さらに、先生はゴール下へ視線を向けた。
「そして、もし三井君のシュートが外れていたとしても、赤木君はリバウンドを狙える位置を確保していました。シュートが決まらなかった場合でも、オフェンスリバウンドから再び攻撃を続けられる可能性があったのです」
赤木先輩が、小さく頷いた。
「スクリーンは、ただ味方の前に立つだけのプレーではありません。味方がどこへ動くのか。相手のディフェンダーがどう反応するのか。その先に何が起こるのか。それらを考えて動くことで、チームに大きな利益をもたらします」
(……なるほど)
俺は、改めて今日のプレーを思い返していた。
赤木先輩がスクリーンをかける。
三井先輩が、その後ろを抜けてシュートを打つ。
赤木先輩はそのままゴールへ向かい、ヘルプに入るディフェンダーを妨げる。
そして、リバウンドにも備える。
得点を決めたのは三井先輩だったとしても、その得点が生まれるまでには、赤木先輩の貢献があった。
得点者だけを見ていては、プレーの全体像は分からない。
「では、翔真君はどうでしょうか」
突然、自分の名前が出て、俺は顔を上げた。
「今日、翔真君は何度も相手のボールを奪い、速攻につなげていましたね」
「はい」
「ボールを奪ったあと、すぐに前線へパスを送っていた場面が何度もありました」
安西先生は、コートを指さした。
「そのパスが、必ずしもアシストとして記録されるとは限りません。パスを受けた選手が、さらに別の選手へパスを出して得点することもあるでしょう。あるいは、相手の守備が戻る前に攻撃を仕掛けた結果、ディフェンスが崩れて得点が生まれることもあります」
俺は、前半の速攻を思い返す。
ボールを奪う。
すぐに前を向く。
そして、走っている味方へパスを送る。
そのパスを受けた味方が、ゴールへ向かう。
場合によっては、そこからさらにパスがつながる。
俺自身が得点したわけでも、最後のパスを出したわけでもない。
それでも、最初にボールを奪い、素早く前線へ送ったからこそ、相手の守備が整う前に攻撃を仕掛けられた。
「翔真君のパスによって、味方は相手の守備が整う前に攻めることができました。速攻の場面では、人数で有利な状況を作ることも大切です。例えば、守備側が3人しか戻れていないところへ、こちらが3人で攻め込めば、守備側はそれぞれの選手を警戒しなければなりません」
安西先生は、俺を見て微笑んだ。
「最後にパスを出していなくても、最初に攻撃を始めた選手がいなければ、そのチャンスは生まれなかったかもしれません」
「……ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
正直、そこまで具体的に見られていたとは思わなかった。
自分としては、ボールを奪ったら速攻を仕掛ける。それが最も効率のいい選択だと考えていただけだ。
だが、その判断もまた、チームの得点につながるプレーの一つなのだ。
「もちろん、これは翔真君だけの話ではありません」
安西先生は、ほかの部員たちにも視線を向けた。
「例えば、味方がドライブを仕掛けたとき、ただボールを眺めているのではなく、適切な位置へ移動すること。そうすれば、ドライブした選手はパスを出す選択肢を持てますし、守備側も一人の選手だけに集中することが難しくなります」
「……」
「逆に、味方がドライブするコースに立ってしまえば、味方自身の進路を塞ぐことにもなります。スペースを作るために動くことも、時にはその場にとどまり、ディフェンダーを引きつけることも必要です」
確かに、そうだ。
ボールを持っていない選手にも、できることはたくさんある。
むしろ、ボールを持っていない時間の方が長いのだから、その時間にどう動くかは重要になる。
「また、ディフェンスでも同じです」
安西先生は、少しだけ声の調子を変えた。
「相手からボールを奪った選手だけが、よい守備をしたのでしょうか?」
部員たちは顔を見合わせた。
「例えば、相手のドリブルを特定の方向へ誘導する。味方がカバーに入りやすい位置へ追い込む。パスコースを消して、相手に難しい判断をさせる。こうしたプレーは、必ずしもスティールとして記録されるわけではありません」
俺は、三井先輩を守った場面を思い出した。
俺が三井先輩の進行方向を限定し、味方がカバーに入れる方向へ誘導する。
味方が進路を塞げば、三井先輩は苦し紛れにパスを出す。
そこを俺がカットした。
記録に残るのは、最後にボールを奪ったスティールだけだ。
しかし、その前に相手の進路を限定し、味方と連携して追い込んだプレーがなければ、同じ結果にはならなかったかもしれない。
「そして、リバウンドでも同じことが言えます」
安西先生は続けた。
「ボールを取った選手だけが、リバウンドで貢献したわけではありません。相手をゴールから遠ざけるように体を当てること。相手に先にポジションを取らせないこと。味方がボールを取りやすいように、相手の動きを制限すること。そうしたプレーがあってこそ、リバウンドを確保できる場合もあります」
赤木先輩が、真剣な表情で聞いていた。
大きな体格を持つ赤木先輩なら、こうしたプレーの重要性は理解しているはずだ。
だが、それをチーム全体で意識することができれば、もっと違った結果になるかもしれない。
「ほかにもあります。味方がシュートを打ったあと、外れた場合に備えてゴールへ走ること。相手が速攻を仕掛けたとき、得点を防ぐために全力で戻ること。自分がボールを受けなくても、相手を引きつけて味方のスペースを作ること」
安西先生は、部員たちを順番に見渡した。
「こうしたプレーは、得点やアシストのように、分かりやすい数字には残らないかもしれません。けれど、チームが勝つためには、どれも大切なプレーなのです」
体育館が静かになった。
俺は、安西先生の言葉を聞きながら考えていた。
全国制覇を目指すなら、個人の能力を高めることは必要だ。
シュート力を伸ばす。
ドリブルを磨く。
ディフェンスを鍛える。
体を強くする。
どれも欠かすことはできない。
けれど、それだけでは足りないのだ。
赤木先輩がスクリーンをかけることで、三井先輩が得点しやすくなる。
俺がボールを奪い、速攻につながるパスを送ることで、味方が有利な状況で攻められる。
味方がスペースを作ることで、別の選手がドライブできる。
誰かが相手を引きつけることで、別の選手がフリーになる。
誰かがリバウンドのために相手を抑えることで、別の選手がボールを取れる。
一人ひとりのプレーがつながり、その積み重ねがチームの力になる。
そして、チームとしての力が、最終的には勝敗を決める。
「皆さん」
安西先生の声が、再び体育館に響いた。
「バスケットボールは、5人で戦うスポーツです。どれほど優れた選手がいても、一人だけで勝ち続けることは難しいでしょう」
先生は、ゆっくりと頷いた。
「だからこそ、自分が得点することだけを考えるのではなく、チームが勝つために何ができるのかを考えてください」
赤木先輩が姿勢を正す。
三井先輩も、真剣な顔で聞いていた。
宮城は、先ほどまでの複雑な表情が少しだけ和らいでいるように見えた。
「自分が目立つプレーをすることも、もちろん大切です。ですが、目立たないプレーであっても、チームを勝利に近づけることはできます」
安西先生は、柔らかく微笑んだ。
「今日の紅白戦で、皆さんはそれぞれに良いプレーを見せてくれました。これからは、自分の得意なプレーを磨くだけでなく、仲間の得意なプレーをどうすれば生かせるのか。それも考えてみてください」
誰も、すぐには口を開かなかった。
けれど、部員たちの表情は、先ほどまでとは少し違っていた。
自分の能力を伸ばすことと、チームを強くすること。
その2つは、別々のものではない。
一人ひとりが自分の役割を理解し、互いの強みを生かせるようになれば、湘北は今よりも強くなれる。
俺は、自然と拳を握っていた。
これだ。
俺が目指しているのは、単に能力値の高い選手を集めたチームではない。
誰もが自分の強みを理解し、それをチームの勝利につなげられるチームだ。
そして、そのためには俺自身も変わらなければならない。
自分の能力で相手を圧倒するだけではなく、味方の能力を生かす方法を考える。
味方に足りないものを補い、味方が持っているものを引き出す。
それができて初めて、湘北を全国制覇へ導くことができるのだろう。
「それでは、最後に」
安西先生が、穏やかな笑みを浮かべたまま口を開いた。
「皆さんに、私の目標をお伝えしましょう」
部員たちが、一斉に先生を見た。
「私の目標は、全国制覇です」
その言葉に、体育館の空気が変わった気がした。
俺は安西先生の顔を見つめた。
先生は、いつものように穏やかな笑みを浮かべていた。
けれど、その目には、はっきりとした意志が宿っていた。