第一話 織斑一夏、狩人への道
――世界が、白く染まった。
「……え?」
織斑一夏は、思わず目を閉じた。
ほんの一瞬前まで、自分はいつも通りの日常にいたはずだった。
それなのに。
目を開けた時、そこにあったのは見覚えのない景色だった。
「……どこだ、ここ?」
目の前には、木々が生い茂る森。
足元には見たことのない草花。
遠くからは、川の流れる音が聞こえてくる。
「森……?」
一夏は周囲を見回した。
どう考えても、自分が知っている場所ではない。
スマートフォンを取り出してみても、ここがどこなのか分かるような情報はない。
「何なんだよ、ここ……」
混乱しながらも、一夏は歩き始めた。
とにかく、人を探さなければならない。
そう思った。
しかし――。
この時の一夏は、まだ知らなかった。
この世界に、自分が今まで見たこともないような生物が存在していることを。
◆
しばらく歩いていると。
「……ん?」
一夏は足を止めた。
茂みの向こう。
何かが動いた。
「誰かいるのか?」
一夏が一歩近づく。
ガサッ――。
次の瞬間。
茂みが大きく揺れた。
「――え?」
ドォンッ!
「うわっ!」
茂みを吹き飛ばして、巨大な獣が姿を現した。
「な、なんだよ……こいつ……」
青みがかった毛。
巨大な身体。
太い腕。
鋭い爪。
そして、一夏を睨みつける目。
それは一見すると熊に似ていた。
だが、明らかに普通の熊ではない。
体格は一夏よりも遥かに大きい。
「グルルル……」
獣が低く唸る。
一夏の背中を冷たい汗が流れた。
「……来るな」
一歩。
また一歩。
一夏はゆっくり後退する。
だが、獣は距離を詰めてくる。
「……くそっ」
逃げなければ。
そう思った瞬間だった。
獣が地面を蹴った。
「――っ!」
「うわああああっ!」
一夏は咄嗟に横へ飛び込んだ。
ドゴォンッ!
さっきまで一夏が立っていた場所に、巨大な腕が叩きつけられる。
「な……!」
地面が大きく抉れた。
「嘘だろ……」
あんなものをまともに食らったら、ただでは済まない。
考える暇もなかった。
「グオオオッ!」
獣が再び腕を振り上げる。
「来るなぁっ!」
一夏は必死に走り出した。
木々の間を駆け抜ける。
後ろから迫ってくる足音。
「くそっ……!」
逃げる。
ただ逃げる。
だが――。
相手は巨大な獣だった。
少しずつ距離が縮まっていく。
「このままじゃ……!」
その時だった。
「――そこまでだ」
凛とした声が響いた。
◆
アオアシラが動きを止めた。
一夏の前に、一人のハンターが立っていた。
背中には一本の太刀を背負っている。
姿勢は真っ直ぐ。
表情は静かだった。
まるで武士のような雰囲気を纏っている。
「下がれ」
「……え?」
「そこにいては邪魔になる」
男は一夏の前へ歩み出る。
そして――。
背中へ手を伸ばし、太刀を抜き放った。
キィン――。
鞘から刀身が滑り出す。
一夏は息を呑んだ。
「……」
怖い。
目の前には、先ほどまで自分を追い詰めていた巨大な獣がいる。
それなのに。
不思議と、この男の背中を見ていると安心できた。
「……来い」
男が静かに言う。
アオアシラが咆哮した。
「グオオオオオッ!」
巨体が突進する。
だが、男は動かない。
ギリギリまで引きつけ――。
「――ッ!」
横へ一歩。
アオアシラの爪が、男の身体を掠める。
その瞬間。
ザンッ!
太刀が閃いた。
「グオッ!?」
アオアシラの前脚に、一筋の傷が走る。
「す、すごい……」
一夏は思わず呟いた。
男は追撃しない。
太刀を構え直し、再びアオアシラを見据える。
まるで、相手の動きを待っているかのようだった。
「グルルル……!」
アオアシラが怒り、両腕を振り上げる。
ドゴン!
地面が砕ける。
しかし男は、一歩下がる。
さらに一撃。
今度は身体を横へ滑らせる。
アオアシラの爪が空を切った。
その隙を逃さない。
ザンッ!
太刀が走る。
「グオオオッ!」
アオアシラが怯む。
それでも倒れない。
怒り狂ったアオアシラが、両腕を大きく振り上げる。
「グオオオオオッ!」
そのまま男へ飛びかかった。
「――!」
男が太刀を構える。
アオアシラの巨体が目前まで迫る。
そして――。
紙一重。
男は身体を捻り、攻撃をかわした。
アオアシラの巨体が横を通り過ぎる。
「――そこだ」
男が低く呟いた。
身体を反転させる。
太刀が大きく弧を描いた。
ザシュッ!
鋭い斬撃がアオアシラを捉える。
「グオオオオオッ!」
アオアシラが大きくよろめく。
男は追撃する。
一歩踏み込み――。
さらに一閃。
そして最後に。
「――終わりだ」
渾身の一撃。
アオアシラは大きく怯んだ。
やがて戦意を失ったのか、森の奥へと逃げていく。
「……」
男は太刀を構えたまま、その姿を見送っていた。
そして、ゆっくりと太刀を納める。
背中へと太刀を戻す。
カチン――。
静かな音が響いた。
「……もう大丈夫だ」
男が振り返る。
「怪我はないか?」
「あ……」
一夏は、ようやく我に返った。
「はい……大丈夫です」
だが。
一夏の視線は、男の背中に収まった太刀から離れなかった。
先ほどまで自分を恐怖させていた怪物。
それを前にしても一歩も退かず。
相手の攻撃を見極め。
必要な時だけ動き。
そして、一撃一撃を確実に叩き込む。
その姿が――。
一夏の目に強烈に焼きついていた。
――かっこいい。
自然と、そんな言葉が頭に浮かんだ。
◆
「ところで……」
一夏は改めて男を見る。
「あなたは……?」
「俺か?」
男は背中の太刀を軽く確認する。
「ハンターだ」
「ハンター……?」
「ああ」
男は頷く。
「モンスターを狩り、人々を守る。それが俺たちハンターの仕事だ」
「モンスター……」
一夏は、先ほどの巨大な獣を見る。
「さっきのやつも?」
「ああ。アオアシラだ」
「アオアシラ……」
一夏は名前を覚える。
「……あんなのが普通にいるんですか?」
「この世界ではな」
「…………」
一夏は言葉を失った。
もし、この人が来なかったら。
自分はどうなっていたのだろう。
「俺……」
一夏は自分の手を見る。
「何もできなかった」
逃げることしかできなかった。
武器もない。
知識もない。
戦う力もない。
「……俺、あいつに襲われて、逃げることしかできませんでした」
「それが普通だ」
男は淡々と言った。
「武器も知識もない者が、モンスターと戦えるわけがない」
「……」
「だが、生き残りたいなら話は別だ」
一夏が顔を上げる。
「この世界で生きていくなら、力が必要になる」
その言葉が、一夏の胸に残った。
◆
男に連れられ、一夏はユクモ村へ向かった。
道中、一夏は何度も質問した。
「ここって、日本……じゃないですよね?」
「ニホン?」
「俺が住んでた場所です」
「聞いたことがないな」
「……ですよね」
話を聞けば聞くほど、一夏は混乱した。
この世界にはモンスターがいる。
それと戦うハンターがいる。
そして、自分が知っている世界とはまったく違う文化が存在している。
やがて――。
「……すごい」
一夏はユクモ村を見渡した。
木造の建物。
温泉。
行き交う人々。
どこか懐かしく、それでいて自分の知る日本とはまったく違う。
ここが、自分の新しい生活の始まりだった。
◆
数日が過ぎた。
一夏は村の人々から、この世界について少しずつ教えてもらった。
モンスター。
ハンター。
ギルド。
狩猟。
どれも一夏には初めて聞く言葉だった。
そんな中。
「ハンターになりたいのか?」
あの日、自分を助けてくれた男が尋ねた。
「……はい」
一夏は答える。
「俺、この世界で何もできませんでした」
あの時の恐怖は、まだ消えていない。
「でも……あのまま何もできないのは嫌なんです」
「……」
「自分の身くらい、自分で守れるようになりたい」
男はしばらく一夏を見つめた。
やがて――。
「分かった」
「え?」
「なら、俺が教えてやる」
一夏の目が見開かれる。
「本当に……?」
「ああ」
男は静かに頷く。
「ただし、楽な道ではない」
「それでもお願いします!」
一夏は深く頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
こうして。
織斑一夏の修行が始まった。
◆
最初に教えられたのは、武器の扱いではなかった。
「まずは走れ」
「……走る?」
「ああ」
「どれくらい?」
「俺が止めるまでだ」
「…………」
そこから、一夏は走った。
村の周囲を。
森を。
山道を。
「はぁ……はぁ……!」
何度も息を切らした。
何度も足を止めた。
そのたびに師匠は言う。
「もう一度」
「……はい!」
走る。
転ぶ。
立ち上がる。
また走る。
その繰り返しだった。
◆
基礎体力がついてきた頃。
「そろそろ武器を選ぶか」
師匠が言った。
目の前には様々な武器が並べられている。
片手剣。
大剣。
ランス。
ハンマー。
そして――。
太刀。
一夏は、その太刀を見つめた。
なぜか、目を離せない。
「……これ」
一夏が手を伸ばす。
太刀を手に取った。
その瞬間。
脳裏に、あの日の光景が蘇る。
巨大なアオアシラ。
自分へ迫る巨体。
何もできず、逃げることしかできなかった自分。
そして――。
自分の前に立った師匠。
背中から太刀を抜き。
アオアシラの攻撃をかわし。
迷いなく踏み込んでいく。
あの姿。
あの一閃。
あの背中。
今でも鮮明に覚えている。
「太刀か」
師匠が尋ねる。
「これを使うのか?」
「はい」
「理由は?」
一夏は少しだけ考える。
本当の理由を、そのまま口にするのは少し恥ずかしかった。
「……なんとなく、です」
「そうか」
師匠は、それ以上聞かなかった。
だが、一夏は心の中で思っていた。
――あの日の師匠みたいになりたい。
誰かを守れるくらい強く。
そして。
あんなふうに太刀を振るえるハンターに。
それが、一夏が太刀を選んだ本当の理由だった。
◆
そして、一夏の師匠自身もまた太刀使いだった。
「太刀は、力任せに振るうものではない」
師匠が背中から太刀を抜く。
構えは静かだった。
「相手を見る」
一歩。
「相手の動きを読む」
さらに一歩。
「己の間合いを測る」
そして――。
「斬る」
次の瞬間。
ヒュッ!
鋭い一閃が走った。
一夏は息を呑んだ。
「……すごい」
「今のお前には、まだ真似できん」
「はい!」
「だが、焦る必要はない」
師匠は太刀を背中に戻す。
「一歩ずつ進めばいい」
「……はい!」
一夏は太刀を握り直した。
◆
修行は厳しかった。
太刀の振り方。
足の運び。
間合い。
モンスターの動きを読むこと。
攻撃するタイミング。
そして――。
無理に攻撃しないこと。
「ハンターは、強ければいいわけではない」
師匠は何度もそう言った。
「生きて帰ってくる。それが一番重要だ」
「……はい」
一夏は何度も失敗した。
攻撃を焦った。
回避が遅れた。
モンスターの動きを読み違えた。
何度も地面へ転がされた。
それでも。
「もう一度お願いします!」
一夏は立ち上がった。
◆
季節が一つ。
また一つ。
時間が過ぎていく。
最初はモンスターを見るだけで恐怖を感じていた一夏も、少しずつ変わっていった。
「来い!」
背中から太刀を抜き、構える。
目の前には小型モンスター。
相手の動きを見る。
焦らない。
間合いを測る。
そして――。
「そこだ!」
斬撃が走る。
以前の一夏なら、ただ逃げるだけだった。
今は違う。
まだ一人前ではない。
それでも。
確実にハンターへ近づいていた。
◆
そして――一年。
ユクモ村の工房。
一夏は新しい装備を身につけていた。
「……これが」
ユクモノシリーズ。
ユクモ村の風土を感じさせる装備。
そして、背中には愛用の太刀。
一夏は自分の姿を見つめる。
「……なんか、最初の頃とは別人みたいだな」
「当然だ」
師匠が答える。
「一年間、あれだけ鍛えたんだからな」
一夏は背中の太刀に手を添える。
この世界に来たばかりの頃。
何もできなかった。
アオアシラから逃げることしかできなかった。
そんな自分を救ってくれたのが、この人だった。
「……まだまだです」
一夏は言った。
「俺は、もっと強くなりたい」
「そう思えるなら、まだ伸びるさ」
師匠は静かに笑った。
◆
その夜。
一夏はユクモ村の温泉に浸かりながら、空を見上げていた。
「……俺は、どうしてここに来たんだろうな」
答えはない。
元の世界へ帰れるのか。
帰る方法はあるのか。
それすら分からない。
それでも――。
「今は……」
一夏は目を閉じる。
「ここで生きるしかない」
そして。
いつか元の世界へ帰る方法が見つかった時、その時まで。
自分は生きていかなければならない。
そのために。
強くなる。
それが――。
異世界へ迷い込んだ織斑一夏が選んだ道だった。
◆
それからしばらくして。
ユクモ村に、一通の知らせが届いた。
龍歴院による、ハンター募集。
一夏は、その知らせを手に取る。
「ベルナ村……」
師匠から渡された書状を眺める。
「龍歴院……か」
知らない場所。
知らない人々。
そして、まだ見ぬ狩人たち。
一夏は背中に背負った太刀を確かめる。
「……行ってみるか」
あの日。
自分を救ってくれた太刀使いに憧れて始めた、ハンターへの道。
その道の先に、何が待っているのか。
一夏はまだ知らない。
そして――。
このベルナ村への旅が、三人の異世界人との出会いへ繋がっていくことも。
まだ、知る由もなかった。
第一話、まずは一夏からです。
伝え忘れましたが、この作品はモンハンXとXXの世界が基盤です。
クロスしているのは、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。とインフィニット・ストラトス、ソードアートオンライン、バカとテストと召喚獣です。
とりあえずの予定としては、このまま同じような流れでキリト編、八幡編、明久編書いていきます。
投稿は不安定なので、続きが読みたいと思った方々がいたら、ぜひ感想とかお願いします!
投稿が早くなる!・・・・・・・・・かもしれません!
次回もよろしくお願いします!