第四話 異世界転移、僕の師匠は酔っぱらい!?――吉井明久、理不尽な狩人生活の始まり
――気がついたら。
「……ここ、どこ?」
吉井明久は、見知らぬ村の真ん中に立っていた。
「…………」
周囲を見回す。
木造の建物。
見たことのない服装の人々。
村の外には、見渡す限りの自然が広がっている。
「…………」
もう一度見る。
「…………」
やっぱり知らない場所だった。
「えええええええええええ!?」
明久の叫び声が村中に響き渡った。
「どこ!? ここどこなの!?」
当然、答えはない。
「学校は!? 雄二は!? 姫路さんは!? 美波は!?」
いない。
誰もいない。
「……まさか」
明久の顔が青ざめる。
「僕……異世界転移した!?」
その結論に至るまで、わずか数分。
しかし。
「いやいやいやいや!」
すぐに首を振った。
「そんな漫画みたいなことあるわけない!」
現実的に考えよう。
何かの撮影かもしれない。
ドッキリかもしれない。
あるいは――
「……夢?」
明久は自分の頬をつねった。
「痛っ!」
もう一度。
「痛い!」
さらに。
「痛い痛い痛い!」
「何をやっとるんじゃ、お主は」
「うわぁ!?」
突然、近くにいた村人から声を掛けられた。
「……ここ、どこですか?」
「ベルナ村じゃ」
「ベルナ村……」
聞いたことがない。
「じゃあ、ここって日本ですか?」
「ニホン?」
「はい」
「知らん」
「ですよね!」
明久は頭を抱えた。
「やっぱり異世界じゃん!!」
◇
その後。
明久は村の中を歩き回った。
しかし、分かったことは少ない。
ここがベルナ村という場所であること。
自分が知らない世界にいること。
そして――
「モンスター?」
「ああ」
村人が当然のように答えた。
「この辺りにも出るぞ」
「…………」
明久は固まった。
「……え?」
「どうした?」
「モンスターって……ゲームとかに出てくる、あの?」
「ゲーム?」
「いや、なんでもないです」
明久は遠い目をした。
「……本当に異世界なんだ」
その事実を認めるしかなかった。
だが。
それ以上に問題なのは――
「僕、これからどうやって生きていけばいいの?」
金もない。
帰る方法も分からない。
頼れる人もいない。
「……詰んだ」
明久がその場にしゃがみ込んだ。
そのときだった。
「おい、兄ちゃん」
「……はい?」
声を掛けられて顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
年齢は三十代後半くらい。
若者というほど若くはない。
だが、老人というほど年を取ってもいない。
少しくたびれた服。
無精髭。
そして――
腰には巨大なハンマー。
片手には酒瓶。
「飲むか?」
「……何を?」
男が酒瓶を掲げる。
「酒」
「いや未成年ですけど!?」
「細かいな」
「細かくないですよ!」
「まあ飲め」
「だから!」
男は聞いていない。
杯を明久に押しつける。
「ほら」
「…………」
明久は困った。
しかし、ここは異世界。
右も左も分からない。
この男なら、何か知っているかもしれない。
「……一杯だけですよ?」
「おう」
ごくっ。
「……あ」
明久の顔が赤くなる。
「…………」
男がニヤリと笑った。
「もう一杯いくか?」
「……はい」
「よし」
「いや待ってください。今の『よし』は何!?」
そして――
しばらくして。
「うぃ~~~~」
「いい飲みっぷりだな」
「師匠~~~~」
「誰が師匠だ」
「師匠でしょ~~~~?」
「じゃあ今日から師匠な」
「はい~~~~」
「決まりだ」
こうして。
吉井明久は――
酔った勢いで弟子入りを決めた。
そして、パシリとなることが決定した瞬間だった。
本人は、そのことを翌朝まで覚えていなかった。
◇
「……頭痛い」
翌朝。
明久は宿屋のベッドの上で目を覚ました。
「……何ここ?」
天井を見上げる。
「僕、昨日何してた?」
「起きたか」
「うわぁぁぁぁ!?」
部屋の隅に、昨日の男がいた。
「誰!?」
「お前の師匠」
「…………」
明久は必死に記憶を掘り起こす。
酒。
酒。
酒。
――そして。
「…………」
「思い出したか?」
「僕、酔った勢いで弟子入りしました?」
「そうだ」
「……取り消しで」
「駄目だ」
「即答!?」
「弟子にした」
「契約書とかないですよ!?」
「必要か?」
「必要でしょう!」
「昨日、お前が『お願いします』って言った」
「酔ってたじゃないですか!」
「俺は覚えてる」
「そこだけ覚えてるんですか!?」
男は気にした様子もない。
「ほら、着替えろ」
「どこへ?」
「修行」
「…………」
明久は嫌な予感がした。
「……どんな?」
「弟子らしいことだ」
「具体的に言ってください」
「行けば分かる」
「その言い方、絶対ろくなことにならないですよね!?」
◇
そして――
「まずはこれを運べ」
「薪?」
「ああ」
「どこまで?」
「あっち」
「どこですか!?」
「自分で考えろ」
「指示が雑すぎる!」
薪を運ぶ。
終わる。
「次は水」
「はい……」
水を運ぶ。
「次は飯」
「はい……」
「次は掃除」
「はい……」
「次は酒」
「はい……って、僕はパシリですか!?」
「弟子だ」
「絶対パシリでしょ!?」
「似たようなもんだ」
「認めた!?」
男は笑っていた。
「細かいことは気にするな」
「気にしますよ!」
こうして午前中は雑用で終わった。
そして午後。
「よし、武器を持て」
「やっと修行ですか!」
「ああ」
明久はハンマーを手に取った。
「重っ!?」
「最初はそんなもんだ」
「これを使うんですか?」
「そうだ」
「僕、剣とかの方が――」
「お前はハンマーだ」
「なんで!?」
「俺がハンマーだから」
「理由が師匠と同じだから!?」
「弟子だからな」
「またそれ!?」
男は気にせずハンマーを構える。
「振ってみろ」
「はい!」
明久がハンマーを振り上げる。
「せーの!」
ブンッ!
「遅い」
「え?」
「もう一回」
「はい!」
ブンッ!
「遅い」
「もう一回!」
「はい!」
ブンッ!
「遅い」
「僕の人生、さっきから『もう一回』しかないんですけど!?」
「もう一回」
「やっぱり!」
◇
「よし、見てろ」
男がハンマーを構えた。
さっきまで酒を飲んでいた姿からは想像もつかないほど、空気が変わる。
「……」
明久は息を呑んだ。
男は一歩踏み込む。
身体全体を使い、巨大なハンマーを振り抜く。
――ズドォン!!
地面が震えた。
「……すごい」
思わず明久が呟く。
無駄がない。
力任せでもない。
巨大な武器を、完全に自分のものとして扱っている。
「これがハンマーだ」
「…………」
「力だけで振るな。身体全体を使え」
「はい!」
明久は気合いを入れる。
「こうですか!」
ブンッ!
「違う」
「はい!」
ブンッ!
「違う」
「はい!」
ブンッ!
「違う」
「はい!」
ブンッ!
「……師匠」
「なんだ」
「僕、上手くなってます?」
「少しな」
「少し!?」
そのときだった。
「もう一度、振ってみろ」
「はい!」
明久がハンマーを振り上げる。
男が横からハンマーを振った。
「こうだ」
ゴッ!!
「うわああああああああああ!?」
明久の身体が宙を舞った。
「…………」
「…………」
ドサッ。
地面に落ちる。
「…………」
「どうだ?」
「……今、僕を殴りましたよね?」
「手本だ」
「手本で弟子を吹っ飛ばすなぁぁぁぁ!!」
「飛び方は悪くなかったぞ」
「褒めるところ、そこ!?」
◇
修行は、とにかく理不尽だった。
「師匠! 今日は何をするんですか?」
「狩りだ」
「おお!」
明久の目が輝く。
「ついにハンターらしい修行を!」
「これを腰につけろ」
「……生肉?」
「ああ」
「なんで!?」
「いいからつけろ」
「嫌ですよ!」
「弟子だろ?」
「その理屈やめてください!」
結局。
明久は腰に生肉を括りつけられた。
「よし」
「よしじゃないですよ!」
「行ってこい」
「どこへ!?」
「森」
「何をするんですか!?」
「逃げる」
「…………はい?」
「全力で逃げろ」
「何から!?」
その直後。
遠くから鳥竜種の姿が見えた。
「…………」
「…………」
明久の顔が引きつる。
「師匠?」
「走れ」
「え?」
「全力で走れ」
「ええええええええええ!?」
鳥竜種が明久を追い始める。
「うわああああああああああ!!」
明久は必死に走った。
「師匠ぉぉぉぉぉ!!」
「頑張れ!」
「助ける気ゼロじゃないですかぁぁぁ!!」
「いい修行になるぞ!」
「弟子を餌にしてるだけですよねぇぇぇ!?」
必死に走る。
転ぶ。
立ち上がる。
また走る。
「死ぬ! 僕これ死ぬぅぅぅ!!」
だが。
鳥竜種が明久へ飛びかかった、その瞬間。
――ドゴォン!!
横から巨大なハンマーが叩き込まれた。
鳥竜種が吹き飛ぶ。
「…………」
明久が振り返る。
そこには師匠が立っていた。
「……今の」
「ああ」
「助けてくれたんですか?」
「弟子を死なせるわけにはいかねぇだろ」
「師匠……」
少しだけ感動した。
「……じゃあ最初から助けてくださいよ」
「修行にならんだろ」
「感動を返してください!!」
◇
それでも。
理不尽な修行の日々は、明久を少しずつ変えていった。
ハンマーの扱い。
攻撃を当てるタイミング。
モンスターとの距離。
相手の動きを読むこと。
そして――
何よりも、生き残ること。
「……ここだ!」
明久がハンマーを振り抜く。
――ドンッ!
モンスターの頭部に直撃する。
「よし!」
モンスターが倒れた。
「……やった」
明久は息を切らしながら、その姿を見る。
少し離れたところでは、師匠が酒を飲んでいた。
「……まあ、形にはなってきたな」
「本当ですか!?」
「ああ」
「やった!」
明久は嬉しそうに笑った。
理不尽だった。
滅茶苦茶だった。
何度も逃げ出したくなった。
それでも。
この男が本物のハンターであることだけは分かっていた。
そして――
自分を強くしてくれていることも。
◇
季節が巡る。
一年。
明久はベルナ村で、一人前のハンターへと成長していた。
身につけているのはベルナシリーズ。
そして腰にはハンマー。
「……最初は、本当に酷かったな」
明久が呟く。
「そうだな」
「師匠も大変だったでしょうね」
「まあな」
「僕、ちゃんと成長しました?」
「ああ」
師匠は酒を飲みながら頷く。
「最初はハンマーを持つだけでふらついてたからな」
「そうでしたね」
「鳥竜種から逃げるだけで泣いてたし」
「……それは言わないでください」
「薪も三回落とした」
「細かいところまで覚えてる!?」
「あと――」
「もういいです!」
いつもの調子。
いつもの師匠。
だが――
その日の夕方。
師匠は突然、酒瓶を置いた。
「明久」
「……はい?」
明久は顔を上げた。
師匠の表情が違う。
いつもの酔っぱらった顔ではない。
真剣だった。
「龍歴院が、ハンターを募集している」
「龍歴院……?」
「ああ。このベルナ村の奥にある」
師匠は村の奥へ続く道を指差す。
「そこで新しいハンターを募集している。お前も参加してこい」
「僕が……?」
「ああ」
師匠は明久を真っ直ぐ見つめる。
「もう俺から教えることはねぇ」
「師匠……」
「お前はよくやっている」
「……!」
その言葉に、明久は目を見開いた。
今まで。
まともに褒められたことなんて、ほとんどなかった。
だからこそ。
その一言が嬉しかった。
「これからも頑張れよ」
「……はい!」
明久は笑った。
「ありがとうございました!」
「じゃあな」
師匠は背を向ける。
そして、ベルナ村の中を歩いていった。
「師匠!」
明久はその背中に声を掛ける。
「ありがとうございました!」
師匠は振り返らず、片手だけを上げた。
その姿が見えなくなる。
「…………」
明久はしばらく、その場に立っていた。
「……僕、頑張ります」
◇
――翌朝。
「吉井さん」
「はい?」
宿屋の店主に呼び止められた。
「昨日の師匠さんのことなんですが」
「師匠?」
「ええ」
店主が申し訳なさそうに言う。
「宿代の未払いがありまして」
「……はい?」
「それと、酒代も」
「…………」
「それから、食事代もいくつか……」
「…………」
明久は固まった。
「全部合わせると――」
告げられた金額。
「…………」
「吉井さん?」
「…………」
明久は無言だった。
昨日。
感動的な別れをした。
師匠に感謝した。
これから頑張ろうと思った。
――なのに。
「……なんで?」
「え?」
「なんで僕が払うんですか?」
「師匠さんが『弟子に請求してくれ』と」
「…………」
沈黙。
「…………」
そして。
「……あの酔っぱらい~~~~!! 」
宿屋に明久の絶叫が響き渡った。
◇
その後。
明久は何とか宿代と借金の話を片付け、宿屋を出た。
「…………」
無言で歩く。
腰にはハンマー。
背中には荷物。
そして――
頭の中には、さっき告げられた借金の金額。
「……どうしよう」
思わず呟く。
「僕、これから異世界で生きていかなきゃいけないんだよね……?」
食事も必要。
宿に泊まることもある。
武器や防具の手入れも必要になる。
なのに――
「借金まである……」
明久は頭を抱えた。
「そもそも、師匠の酒代をなんで僕が払わなきゃいけないんだよ……」
昨日までなら。
師匠との別れを惜しんでいた。
これから頑張ろうと思っていた。
少し寂しい気持ちさえあった。
それなのに。
「……最後まで理不尽だったなぁ……」
明久は深いため息を吐いた。
しばらく歩いたところで――
ふと顔を上げる。
ベルナ村の奥。
そこへ続く道の先に、大きな建物が見えている。
――龍歴院。
モンスターや自然を研究する施設。
そして今日。
そこで新たなハンターを募集している。
「……龍歴院のハンター募集、か」
明久は腰に下げたハンマーを見る。
師匠の言葉を思い出す。
――お前はよくやっている。
「……行ってみるか」
明久は歩き出した。
だが。
数歩進んだところで、再び足を止める。
「…………」
そして――
「……借金、どうやって返そう」
明久の苦悩は、まだ始まったばかりだった。
それでも。
明久は龍歴院へ向かって歩き続ける。
ベルナ村の奥へ。
自分の新たな人生を始めるために。
そして――
そこで待っているのは。
同じように異世界からこの世界へやって来た三人の少年たち。
別々の場所で。
別々の師匠に鍛えられてきた四人が。
今、初めて同じ場所へ集まろうとしていた。
19号です!
最後のメンバーの明久編です。
バカテスといえば、ギャグだと思ったので、ギャグ要素を他の3人より強めにしました。