あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
春の深夜。僅かに積もっている名残雪に轍が伸びている。見応えのない景色をリムジンに乗った少年は眺めていた。彼の名前は
「じいじ、通学と下校にリムジンを使うのは止めてくれませんか?」
「結坊ちゃまが、そういうなら仕方ありませんな」
「学年も変わります。オレはもっと目立たない車が良い。あと、学校から少し離れた所に車を止めてください。新入生に偏見を持たれたくありません」
「もちろんですとも。目立たない車といえば、ベンツのBクラスはどうです?」
「それで良いです。あ、そこの公園前に寄せてください」
「はて、珍しいですな。公園など子供が遊ぶ場所ですぞ」
「確認したいことがありまして」
外に出ると、冷たい空気に全身が包まれる。毎日通るこの公園。そこから聞こえる奇声。
『漫画家になりたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあい!!!!』
一ヶ月間毎日聞こえていた、不審者の叫び声が聞こえなくなった。
結は大きな公園をゆっくりと一周すると、小さな祠を見つけた。目立たない場所にある廃れた神社。石柱には『月見神社』と彫られている。こんな小さな神社でも、誰かにとっては必要だったのだろうか。今夜は月が雲に隠れていた。
たくさんの絵馬があるが、いずれも漫画家になりたいと書かれていた。書体から同一人物の者だと判断できる。
結は懐から札束を取り出すと賽銭箱に入れた。たった100万円だ。自分の夢が叶うとは思えない。
『上芝グループ』の御曹司として、跡継ぎを期待されている。父親はいない。離婚して母もいない。だから祖父の財産も全て相続することになる。だが、結はレールに乗った人生には興味がなかった。自分という存在がなんの後ろ盾もない状態で、世界に通用するのか試したかった。
その道の一つが小説家になることだ。小説に自分の思想信念をぶつけて、社会に叩きつけたかった。ライトノベルではなく、純文学で勝負がしたい。
しかし、執筆作業は難航し、一行書いては消すの繰り返し。この神社で叫んでいた女性のように『小説家になりたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあい!!!!』と口に出せたらどれだけ楽だろうか。
「じいじ、お待たせしました。家に帰りましょう」
「坊ちゃま、これをどうぞ」
温かいコーヒーを手渡され、ホッカイロのように両手の平で擦った。じいじはまさか、神社に100万円をお布施したとは思わないだろう。
窓から流れる景色を眺めながら、コーヒーを啜った。微糖だった。