あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える   作:鳳 雛

12 / 25
第12話 家族

「ミカ先輩~、今日は早いですねぇ!」

 

 チャイムを押すと同居人の向井絵馬がぶかぶかの部屋着で迎えてくれた。実門《みかど》が脱ぎ散らかしたハイヒールを綺麗に並べている。

 

「あたし、月が出ている日は遅くなるから」

「危ないじゃないですか。門限を決めるのはどうですかぁ?」

「門限とか決まりは嫌いだわ。あたしは自由に好きなように空を飛ぶのよ」

「ニワトリは飛べませんよ」

 

長鳴実門。長鳴とはニワトリのことだ。ことあるごとに絵馬は実門をからかう。実門はジャージに着替えると、絵馬が晩飯を作ってくれるのをこたつで待った。

 クロッキー帳には次の漫画の構想が描かれている。次はファンタジーに挑戦しよう。異世界転生や悪役令嬢が小説界隈で流行っているけど、コミカライズされて漫画業界にもその波は来ている。

 

「『魔女ソフィーの助手』ってタイトルの漫画を考えているんだけど、どうかしら?」

「魔女ですか。なんかとっても素敵ですね。私すごく読んでみたいです」

「本当? じゃあ、まずはログラインから考えないと」

「ログラインって何ですかぁ? 」

「一行に物語をまとめるの。そうすることで支離滅裂な漫画から脱却できるわ」

「それは大事ですねぇ。ミカ先輩はどんどん成長していて、側にいて楽しいです」

 

実門は早速キャラクターを書き起こす。ただログラインが思いつかない。

しばらくして絵馬がレバニラ炒めを作ってくれた。卵の入った中華スープもある。

 

「スタミナ付けて頑張ってください」

「おいひい。流石、絵馬ね。毎日料理ありがとう」

「レバニラ炒めのコツはですね。スーパーではなく精肉店で新鮮な豚レバを購入することです。新鮮で安い。しかも、とっても歯ごたえがあるんです。料理は食材選びから始まっているんですよ」

「流石ね。あたしは料理は食べるの専門」

「もし、漫画家になっても側にいさせてくださーい。飯スタントとして働きます」

「もちろんよ。あたしの胃袋を掴んでいるのは絵馬なんだから」

 

 実門のスマホが着信音を鳴らす。電話を取った実門の楽しそうな表情が一変する。絵馬は調理器具を洗っている。その音がうるさく聞こえた。

 

「ちょっとタクシー呼んで、病院に行くわ」

「お母さんですか?」

「えぇ。墨塔《ぼくとう》病院の緊急治療室に運ばれたみたい」

「すぐに向かわないといけないですね。」

 

実門は服を着替えると、タクシーに乗って病院に向かった。その間、心臓がずっと爆音の鼓動を刻んでいる。大丈夫だろうか。

お母さんは重度の摂食障害を抱えている。食べた物を吐いてしまう病気だ。過剰なダイエットと思われがちだが、心理的なトラウマや不安などが原因の場合もある。

 実門の母親は父の死以降、病気になってしまった。身長は150センチ。体重は30キロ代と重度だ。はっきりとした原因がわからない強迫症の一種でやっかいな病気だ。

 

「長鳴さんのご家族の方ですね。こちらへ」

 

そこにはチューブに繋がれて痩せ細った女性がベッドで苦しそうな表情を浮かべていた。母親とは思えなかった。まるで、ミイラのようだ。

 

 母親は漫画を描いている実門を認めてはいない。反対している。だからこそ弟、つまり実門にとっての叔父の元へ就職させたのだ。秘書とのことだが実質は雑用だ。

 仕事内容はキャラクターデザインやマスコット作成と漫画喫茶の店舗経営まで幅広い。

 実門は漫画家を目指していることを母親には隠している。その秘密には叔父も協力してくれている。もっとも、漫画家になんてなれないと思われているだろう。

 

「長鳴さんに大事な話があります」

「はい、母の病状のことですわね」

「そうです。ご存じの通り、お母様は摂食障害による過食嘔吐をしています。今回は、上手く食べた物を吐ききれなかった不安から、菜箸で喉を突いて、喉の粘膜を傷付けてしまいました。出血があることと、低栄養状態が続いていることから入院が必要になります」

「そうですの。あたしにできることはあるかしら?」

「今はなんとも。ただこのまま、過食嘔吐を継続すると死に至ります。また肝臓や心臓の負担も大きく、生命の危機的状態でもあります。1年持つかどうか……」

「1年!?」

「かかりつけ医によると、強い希死念慮もあるようです」

 

 母が死ぬ。漫画家の夢は否定されていたけど、父親がいない実門にとって大切な人だ。帰り道のタクシーでは、これからの人生について考えた。しかし、何も浮かばなかった。

 夜空を見上げると月にモヤが掛かっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。