あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
月光が参道を照らし、ハイヒールの音が静寂を叩く。久しぶりの満月に長鳴実門《ながなきみかど》のテンションはMAXだ。今日は会社を辞めた初日。自由になった喜びに、いつもより酒が進む。
21時から23時までの2時間が、月狐との創作講義の時間だ。
「あたし、今日から無職なの」
「ほぉん、覚悟した訳やな。ただ、時間を確保できたんはええけど、生活できるん? 漫画の専門学校も行くんやろ? 何百万って掛かるやん」
「ちょっとは貯金してるし、退職金も出ると思うから多分大丈夫!」
「随分と甘い見通しですね。そんな杜撰(ずさん)な計画で何が大丈夫なんですか?
実門は後ろから聞こえた声に振り返る。
紺の角帽を被り、青いジンベエに緑の羽織を着た短パンの少年が立っていた。
首からはメモ帳と万年筆をぶら下げ、懐中時計を引っ掛けている。
上芝結《かみしばゆい》と名乗った。
「毎晩、奇声を発していた主はあなたでしたか。いつもここの通りを車で走っていたので気になっていたのですが、喋る小狐もいるとは。不思議な空間ですね」
実門は月狐の正体がバレたことを気にしたが、当の本人は嬉しそうに目を細めた。
「前に100万円くれた参拝者がいるって言ったやろ? それ、この子や」
「出来ることは何でもするのが合理的ですからね。神に願うのも悪くはないと考えただけです。それにしても前回はいなかったですね。何故、今日は出てきたんですか?」
「ウチは月が出ている時しか実体化できひんねん。神通力が弱まってしもてるからな」
「――で、オレの願いは叶えてくれるんですか?」
「どんな夢や?」
「小説家になるという夢です」
結はメモ帳と万年筆を手に持ち、すらすらと何かを書く動作をした。実門は結の元へ走ると手を取り、月狐の側にやってきた。
「あたしと同じ作家志望じゃない! 丁度良いわ。一緒に教えてもらうっていうのは、どうかしら?」
「ウチはええけど……」
「オレは特別な力を期待しているんですけど。レッスンって結局、この小狐の知識や知恵を教わるってだけですよね。それならプロで実績のある講師に習った方が合理的です」
「……言われてみればそうね。でも、月狐は物語の勉強のために神通力を投資して10年間も頑張ったのよ? 信じる価値はあると思うわ」
「信じる? 感情論ですね。それにあなたはもう立派なご年齢とお見受けします。退職金とか言ってましたけど、数年働いただけの会社からもらえる金なんか僅かでしょう。全体的に甘いですよ。このバニラの香水も鼻に付きます」
「あなたこそ、大人に向かって生意気ね。中学生なのに、こんな夜に出歩いて悪い子だわ」
「これでも高一ですよ。塾の帰りです」
「塾なんてこの近くにあったかしら?」
「正確に表現すると個人的に、知人の学者に勉強を見てもらっているんです」
「へぇ、凄いじゃない! でも、高校生の割には小さいのね」
「早々に判断すべきではないですよ。これから背が伸びる可能性は高いですから」
「待機万歳ってやつ?」
「大器晩成です。それにしても、小狐の形状をしているとはいえ、こうして神様に
出会えたのは奇跡かもしれないですね。しかも、物語の神様だとか。オレの夢を叶えるのに役立つかもしれない」
「多分、めっちゃ役に立つで。期待してええと思う」
「ただ、時間は有限です。オレもこの勉強会に参加します。が、期間は1年としましょう」
「面白いやんけ。1年で結の小説家への道を照らしたるわ」
月狐は神通力が消えるまで1年。
実門は母親の寿命まで残り1年。
結は月狐に付き合う期限が1年。
「あたしの名前は長鳴実門《ながなきみかど》。友達にはミカって呼ばれているわ」
「オレは上芝結《かみしばゆい》。結と呼んでください。あなたのことはミカさんと呼びます」
「ミカさんかー、何か堅いわね。『ミカ姉(ねぇ)』っていうのはどうかしら?」
「ミカ姉ですか。別に構いませんが、姉のように慕うつもりはありませんので」
「ウチは月狐でええからね」
「いえ、月狐先生と呼びます。但し、役に立たないと思ったら、もうここには来ませんので」
「あたしはお月ちゃんって呼ぶから!」
「何て呼ばれてもかまへんけど、ちゃんと尊敬しぃや。一応神様なんやから」
「御利益のない神様よね!」
「創作術が御利益や。月見神社やない。今日から月見物語神社や!」
「なるほど。
安産祈願・学業成就・安全祈願……そして、この神社は『創作成就』ってとこですかね」
「流石、結。すぐに思いついたわね!」
「考えるのが得意なだけです」
その時、花火が上がった。小さいが色鮮やかだ。側の公園で若者が打ち上げて遊んでいる。実門は自分の物語が始まるオープニングだと瞳に火の華を映した。
それぞれ残り1年。3人の偶然が絡まり合いながら進んで行く。