あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
退職し、専門学校に通うことに決めた実門《みかど》。どこの学校ならまだ入学できるか調べたが、学費の約140万円が用意できずにいた。
同居人の絵馬に紹介してもらって働いているカフェ『カフェ・ソラシド』でアルバイトをしている。だが一日6時間(内休憩45分)で時給1500円。学費を貯めることは厳しかった。ちなみに退職金はなかった。
「ミカ先輩、笑顔はとっても素敵ですけど、目の下の隈が酷いですよ。眠れていますか?」
向井絵馬と一緒にホールを担当し、レジの後ろに立っている。実門はここで働きながら副業でネットの仕事もしている。主にキャラクターデザインとイラストの仕事だ。
働いていない時間は漫画を描いているので、睡眠時間は削られる一方だ。
「絵馬が紹介してくれたここの仕事も慣れてきたし大丈夫よ。ただ、急がないと」
「あんまり、無理しちゃダメですよぉ。いざとなったら私が出します。私50万円くらいなら用意できますから」
「50万円。大金ね。嬉しいわ。……でも、自力でなんとかならないかと思って。絵馬には何でもかんでも頼りすぎなのよ。この職場も絵馬が紹介してくれたし、ネットのビジネスの案内も絵馬が教えてくれたし」
「私、ミカ先輩の役に立ちたいんです。先輩を推してるんです。何でもするので言ってください。キャバクラで働いてでも用意しますよ。140万円ですよね? 今、いくら貯まってるんですか?」
「……30万」
「え、30万ですか!? 正社員で働いていたのに全然貯金してないじゃないですか?」
「うん。あったら使わないとって思うのよね。こんな日が来るなんて思わなかったわ」
絵馬はレジで数字を打ち込んだ。140-50-30=60。残り60万円。
「提供お願いします。16番テーブルです」
「はい」
実門はキッチンから受け取った食事を運ぶ。
「お待たせしました。アボカドとサーモンのサラダとハンバーグプレートでございます。ごきげんよう」
「……ご、ごきげんよう」
キッチンからレジ横に店長がやってきた。実門の仕事ぶりを観察しているようだ。
「短期のアルバイトということだが、彼女は優秀だ。笑顔も心の底から出ているし元気で、はつらつとしている。フリーターなのに、悲壮感がない。器用で調理もできるし正式に雇いたいくらいだ。彼女を手放した前の職場は見る目がなかったようだな」
「そうなんです。ミカ先輩は何でもできるんですよねぇ。漫画以外は……」
「ただ、変な喋り方をしているが」
「高校の頃に国語の先生が指導した影響みたいですよ。その先生がお嬢様言葉で、クラスの女子の間で真似するのが流行ったそうです」
「その時の癖が抜けないのか。まぁ、方言みたいなものだとして許してやるか。そういえば、向井さんのマンションの付近に出没しているという不審者は捕まったか?」
「いえ、それがまだ、うろうろしているみたいです。1階の掲示板に写真が貼ってあるのですが、マスクとサングラスで正体不明なんですよねぇ」
「そうか。二人とはいえ女性なのだから、気を付けろよ」
「ミカ先輩は合気道できますよ」
「それでも相手が刃物を持っていたら危険だ。戦うのは止めた方が良い」
「気を付けます」
実門がバンダナを取ると腰まである長い髪がふわっと広がる。指定されているサンダルからハイヒールに履き替えて店を出た。絵馬が追いかけてくる。
『カフェ・ソラシド』はオリオンタワーの一階にある大きな喫茶店で、従業員は大学生が多く活気がある。主に主婦や若い女性をターゲットにしている。近くに広い公園があり、そこに小さな神社もある。
「ここが例の神社ですか。小さくてみすぼらしいですね」
「失礼なことを言わないの。あたしの今後1年は全てこの場所に託されているのだから」
財布から小銭を取り出すと、賽銭箱に入れた。
「そうやって散財するから、大事な時にお金が足りなくなるんですよ? わかっていますか?」
「わかっているわよ。でも、神頼みも重要よ。運を引き寄せる神通力があるかもしれないでしょ?」
「神通力ですか。うーん、よくわかりません。でも、財布の整理だと思って」
絵馬も小銭をチャリンと入れた。
「根本的な疑問なんですけど、ミカ先輩は専門学校に行く必要ありますか?」
「何を求めるかによるわね。あたしはプロの作家に作品を見てもらいたいの」
「それなら出版社に直接持ち込みしたら良いじゃないですか?」
「もちろん、いずれはそうするつもりよ」
「でも、まずは基礎的な部分を固めておきたいの」
「今でも充分面白い漫画だと思うけどなぁ」
「あたしはデビューを目指しているのではないの。それでずっと働き続ける一流のマンガ家になりたいの」
「それで、専門学校なんですね」
「学生は若い子ばっかりだから、浮くと思うけど本気だから」
「大丈夫ですよ、応援していますっ!」