あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
実門《みかど》が望む専門学校は電車を乗り継いで向かう必要があった。プロ漫画家専攻だけでなく、アニメ専攻、小説専攻、ゲーム専攻、声優専攻と幅広い層をターゲットにしている。
家から大体1時間弱の距離なのだが、実門はクロスバイクを飛ばして学校まで突っ走る。電車の窮屈な空間と違い、自転車だと風を感じられる。最短距離を選べば時間も15分も早く着く。
風になる。実門はそれが気持ち良かった。
「初めまして、この学校の教務、今回の面談を担当している白河と申します」
「こちらこそ。あたしは長鳴実門、プロ漫画家専攻を希望よ」
「今は紙媒体の連載だけでなく、WEB連載、さらにはコミカライズなどの豊富な選択肢があるので漫画は良いチョイスですね」
「生徒はやっぱり若い子が多いのかしら?」
「そうですね。社会人になってから入校する方は珍しいです」
実門は自分が縮こまっていることに気づいて胸を張った。仲の良い友達を作りに来たのではない。プロの世界に触れるために来たのだ。年齢なんか関係ない。
「将来はどんな漫画家になりたいんですか?」
「そうね。大ヒットして、アニメ化、ドラマ化、映画化、小説化、グッズ展開して有名な大作家になりたいわ」
「凄い啖呵を切りますね」
「夢は大きいほど、楽しいじゃない。……変かしら?」
「いえ、この学校には夢を持っている生徒がたくさんいます。良い刺激になるでしょう。それでは、入学金を月末までに振り込んでください。面談は終わり、合格です」
「もう合格なの? お喋りしていただけでしてよ」
「正直、大学のような厳しい試験はありません。しかも、長鳴さんは美大出身ですよね。高校時代も美術系ですし。他の生徒よりスタートするのが早い。有利な状況です」
「若い子には負けてられないわ。では、入学式で会いましょう」
「さっきの赤い服の眼鏡の女性美人でしたね。隈がありましたが、寝不足でしょうか? それにしても、美大出身とは、有望株でしょう」
「いや、意外と経験者は伸びない。余白が既に『誤った思い込み』で埋まっているからだ。形を作るよりも、1度作った形を変える方が遙かに難しい」
白河はデスクに座り、インスタントのコーヒーに口を付ける。後輩は追いかけて隣の椅子に座る。
「へぇ、そんなもんですか」
「彼女に柔軟性があるかどうか。信念がある作家よりも、スポンジのように何でも吸収する作家の方がテクニックを身につけられるし、時代の変化にも付いていける」
「生成AIの進歩も著しいですし、クリエイターの世界は複雑ですね」
「岩のような信念は意外と脆い。叩くと割れて形が崩壊する」
「かといって信念がなければふにゃふにゃですよね」
「だから粘土のようなクリエイターになるのが理想だ」
「粘土……ですか」
「状況に合わせて自在に形を変えられる。そして、決して崩壊しない」
「スポンジだったり粘土だったりクリエイターは大変ですね」
「ははは、その通りだ。」
「それにしても生成AIのウチも影響で打撃を受けそうですよね。作家志望者が減るような気がして心配ですよ」
後輩は険しい顔をして、白河の顔を覗き込む。
「あぁ。だが人間に承認欲求がある限り、ワナビの学校は存続し続けるさ。
年間150万も払って夢を追いかける。賢い生徒は学校を上手く利用する」
「愚かな生徒は?」
「――学校の養分になる。そして、俺たちの晩ご飯が1品増える。
さっきの彼女はどう転ぶかな」
「転ぶの確定ですか」
「彼女は早く走りすぎている。転んだら大怪我だ」
白河はコーヒーカップの取ってを持つと、先ほどの女性との面談を思い出していた。甘いバニラの香水の匂いが、未だに鼻の奥に残っている。
既に彼女の名前を忘れている自分に気づいた。