あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
「ミカちゃん、先にコート取ってくるね」
「うん!
あたしはナオっちと一緒に行くから!」
ボールを抱えて運動場に向かったクラスメイトに
カレーの匂いが漂う教室の中で、残りの休み時間が刻一刻と過ぎていく。
「ナオっちさー。
早く食べないとドッジボールできないよ?
ねぇ、もう噛まずに飲み込めない?
牛乳代わりに飲もうか?」
のんびりと給食を食べている友達の横で実門はペラペラと
「私、ドッジしない。
今日は漫画読もうと思って」
「漫画?
図書室にあるやつ?」
「違うよ。
『週刊少年アクティ』の人気漫画『花子物語』。
昨日買ったのを持ってきたの」
「剣道のやつだよね?
アニメなら知ってるけど、漫画もあったんだ!」
「逆だよ。
漫画が人気になったからアニメになったの」
「ふぅん。
じゃあ、ナオっちが食べ終わるまで待っててあげる代わりに読ませてよ!」
「え、食べ終わったら……」
「もちろん、一緒にドッジ行くでしょ?」
「もぅ。
ミカちゃん、強引なんだから」
実門が借りた漫画のページを開くと、周囲にいた他のクラスメイトが集まってきた。
「ミカちゃん、なに読んでるの?」
「長鳴がドッジ行かないなんて珍しいな!」
「ねぇミカ、みんなに分かるように声に出して読んでよ!」
いつの間にか、『実門劇場』が開幕していた。
実門は複数のキャラの声を演じわけ、みんなを楽しませるように身体を動かした。
ドッジボールに参加していないクラスメイトが続々と実門の周りに集まってくる。
黒板前の教壇の上で舞台女優のように立ち振る舞う実門を尚美は眩しそうに見つめた。
口に運ぶ予定だったスプーンからは、薄いカレーがボタボタと垂れている。
漫画の展開が盛り上がり、ページを一枚めくり、最大のクライマックスに達した時……、
踊るように動き回っていた実門は静かに止まる。
しばしの沈黙の後、実門は号泣してしまった。
急に声を上げて泣き出した実門にクラスメイト達は慌てふためく。
しばらくして、騒ぎに気付いた担任の先生が教室の扉を勢いよく開けた。
その音に驚いて部屋中の生徒が背筋を正す。
先生は眉を
実門は教室の隅でポツンと
周囲にいる生徒たちが盾となり先生は気付いていないようだ。
先生は教卓に置いてあった『花子物語』を取り上げると、「学校に漫画を持ってきてはいけない」と大声を発した。
いつものように「高学年は低学年のお手本になるべきだ」という説教を始めたのを機に、集まっていた生徒達は白けて散らばった。
食事を終えた尚美が嗚咽する実門の背中をさすっている。
いつも明るく楽しい実門のこんな姿に動揺しているようだ。
「ナオっち。
あたしのせいで漫画先生に取られてごめんね……」
「いいよ。
だって元はといえば私が漫画持ってきたのが悪いんだもん。
でも、最後どうなるのか気になるね」
ムードメーカーの実門に元気がないからか、教室の雰囲気もどこか湿っぽい感じがしていた。
気付いたら昼休みの終了と掃除を始める時間を知らせるチャイムが鳴っている。
雨の日以外にドッジボールをしなかったのは、実門にとって初めてだった。
漫画に感動したのも初めてだった。