あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
「あなた死ぬわよ」
長鳴実門《ながなきみかど》がデスクで案件のイラストを描画していると右の肩を叩かれた。死神の手かと思ったら、占い師のおばさんだった。
「あたし、死にたくありません……ううっ」
「泣いても無駄です。人はいつか死にます。大抵の場合、心が先に死に、体は遅れて死にます」
「先生、難しいですわ。どういうことかしら?」
「手を見せて」
「ご覧あそばせ」
両手を差し出した。おばさんの名前は占(せん)星(せい)青葉(あおは)。60代前半。副業で西洋占星術の仕事もしている。たまに、近所のシャッター街で仕事をしているのを見かけた。お客さんはお婆さんだった。
彼女は苗字から『先生』とも呼ばれている。手相占いも人相占いもできるベテランだ。
この先生のお陰で、月狐に出会うことができた。『毎日一ヶ月の間、神社にお参りに行け』というとんでもない処方箋だったが、結果は大成功。大吉だった。
専門学校に通うことにもなったし、こうして社員(契約社員)に戻ることになった。待遇も良くなっている。
社長の祝詞(のりと)叔父さんも少しだけ優しくなった。なのに、死ぬってどういうこと!?
「あなたは両利きだったわね」
「そうね。でも、左手は高校生から使えるようになったので多分、右利きだわ」
「凄いわね。前回と全然ちがう。運命があなたを殺しに来ている」
「えぇっ!! なんでですの!?」
「ほら、右手の生命線が途切れているでしょう。一ヶ月前にはなかった」
「それってマジでヤバイってことかしら?」
「こんな短期間で変わるということは蛹が蝶になろうとしているようなもの。上手くいけば空を舞える。失敗すれば……」
「蛹のまま……死ぬってこと?」
「えぇ。この指し棒をあげるから、生命線が上手く繋がるように定期的に擦りなさい。次は舌を出して」
実門は金色の指し棒を握りしめて、ベロを出す。デスクにある鏡に映った自分のマヌケ面を見て、鏡の角度を変えた。
「小さく短い。これはあなたの個性が死にかけていることを表している。つまり、あなたは今まで使っていた武器を捨てるか、使い方を変える必要があるってこと。
西洋占星術でいうとあなたは太陽星座も月星座も牡羊座になります」
「4月1日生まれです。よくエイプリルフールってからかわれますの」
「あなたは裏表のない真っ直ぐな人間ってこと。良くも悪くも」
「で、死ぬっていうのは」
先生は鏡を動かして実門の顔を映した。
「どう感じる? 自分の顔を見て何を思う?」
「目の下の隈が酷いと思いますわ」
「そう、これはね」
「……はい」
先生は、ゆっくりとした口調で言った。
「寝不足よ」
「へ、それだけですか?」
「えぇ、毎日ちゃんと睡眠時間を取りなさい。あと、占星術と手相と人相を全て総合すると、頑張り方を頑張って工夫して、ちゃんと結果を出す」
「死ぬっていうのは?」
「心が死ぬの。この1年の間頑張って、結果が出なかったらあなたは無気力な人間になる。空っぽな藁人形。燃え尽きて夢も希望も未来も失う。だから……」
「ただ頑張るだけじゃダメで、頑張り方を頑張るってこと、ですの?」
「はい。そう言っています」
ひたすら頑張って猪突猛進するつもりだったが、考え方を改めなくてはならない。先生が手を差し出した。熱く握手を交わしたが、「鑑定料八千円、指し棒二千円、合計で一万円」と言われてしまった。ビビットピンクのプラダの長財布からピン札を取り出した。
自分の人生が全てこの1年に掛かっている。
『頑張り方を頑張る』、これは月狐と相談して考えよう。自分で考えても同じ事を繰り返してくるくると回るだけだ。
黒猫のマネキがデスクの上に乗ってきた。お腹を上にして、くねくねしている。正直、邪魔。でも気分転換にコンビニへ行こう。栄養ドリンクを飲んで、夜の授業に備えよう。
『あなた死ぬわよ』
事務所から出て歩道を歩く。コツコツというヒールの音が車の騒音にリズムを刻む。死んでたまるか! あたしは不死鳥よ。仮に死んでも死んでも蘇る! ただのニワトリじゃない。負けるもんか!
地面に転がっていた空き缶を蹴り飛ばしたくなった。