あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
母から定期的に送られてくるLINEには写真が添付されている。毎日の食事や顔の写真だ。貧相な食事に痩せこけた顔。心が痛くなる。すっぴんだからより老いて見える。
行きのバスの中でエアコンの風が髪を靡《なび》かせている。実門《みかど》は腕を伸ばしてエアコンの吹き出し口の角度を変えた。冷たい空気で冷や汗を乾かした。
漫画家になることを反対されている状況で、実門《みかど》は専門学校に行こうとしている。裏切り行為かもしれない。でも、実門には実門の人生がある。
墨塔《ぼくとう》病院にお見舞いに行く。総合病院なので大きくて、一階で受付を探すのにも迷った。面会の時間まで併設してある喫茶店で、ナポリタンをフォークで器用にくるくると回しながら、漫画のことを考えていた。
『魔女ソフィーの助手』の第三幕目だ。魔女ソフィーには大切にしている双子の片割れの妹がいる。ずっと彼女を探しているのだ。
それは禁術とされている魔術『生者探索《せいじゃたんさく》』。この世界にいる誰かを探す魔法は禁忌なのだ。なぜなら、恐るべき黒魔術師の『ヴァザリ』を探すことができてしまうから。彼を見つけて封印を解けば、世界は大混乱に陥る。
でも、ソフィーは禁忌を犯してまで、大切な家族を探したい。もしかしたら、既に死んでいるかも知れない。その恐怖を抱えながら、夜な夜な魔術を行っている。
主人公の少年は助手という名目だがスパイだ。彼女が黒魔術をしていないか観察している。禁忌を犯していると知った助手は、嘘の報告書を作って司法機関に提出する。そして、仕事を辞めて困ってしまう。
そんな中、全てを知ったソフィーは正式な助手として主人公を雇う。
ジャンルはファンタジー。ペルソナは中学生から20代くらいの男女。テーマは『世界の決まり事を破ってまで、信念を貫くことは許されるか』。作品内では『許される』という展開に運んでいる。
まるで実門の人生みたいだ。漫画家を許されていない中で、自分の力を証明したい。なんか主人公の助手と被ってる? なんて思ったりした。
予定の時間になり、母のいるすみれ棟に足を運んだ。
「ミカ、誕生日おめでとう。26歳ね。嬉しい……」
「ありがとう。お母さん。写真で見るよりも元気そうで安心したわ」
「ちゃんと吐かずに食べているからね」
母が頭上を見ると監視カメラが付いていた。摂食障害。命に関わる恐ろしい病気だ。精神的な問題なので、簡単に治るものではない。
「ミカ。何か欲しいものはないの? お金はあるの。何でも言って」
――漫画家になりたい。そう言いかけて、言葉を飲んだ。母をこれ以上傷付けたくない。あたしは既に幸せでなければ安心させてあげられない。
「最近、付き合っている人がいるの」
「本当!? 嬉しい。ミカにもようやく恋人ができたのね。それだけ聞けただけでも、ここ最近の退屈な生活が吹き飛ぶくらいよ」
「大袈裟だわ。あたし結構モテるのよ? お母さんに似て、二重で鼻筋も通っているし」
「ちゃんと寝てる? 目の下に隈があるけれど」
「なんで、お母さんが心配するのよ。逆でしょ? 患者はお母さんなんだから。とにかく、あたしは全部順調だから、自分のことだけ考えて、ね?」
「私ずっと言ってなかったけど、ミカの子供抱いていたいと思ってたの。できたら男の子がいいなぁ」
「話が早いわ。付き合っているだけだから、結婚とか出産とかまだまだ先よ」
「違うわよ。ミカ。一瞬だから。本当よ。私も付き合って一年でミカが生まれたんだから」
「そうね。とにかく誕生日にお母さんに会えて嬉しかったわ」
「私も頑張って病気治すからね。孫を抱けるなんて、夢の様だわ」
今日はあたしの誕生日。嘘みたいだけど4月1日。エイプリルフール。嘘が許されている。お母さんごめんなさい。好きな人はいません。それどころではありませんの。
病室を出たら医師に声を掛けられた。あたしよりも身長が低い人だった。
「お母さんの病状についてですが、摂食障害から派生して心臓と肝臓の数値が異常です。肝不全や心臓病など何があるかわかりません」
「はい。つまり、どういうことですか」
「予断を許しません。いつ連絡が入れるかわからない危険な身体な状態です」
「本当ですか? エイプリルフールではなく」
医者は真剣な顔をして眼鏡のブリッジを押し上げた。
「医者にエイプリルフールはありません」
実門は帰り道、バスに揺られながら漠然と過去を思い出していた。小学生の頃に最初に漫画を読んでくれたのはお母さんだった。
「将来、漫画家になったりして」
そういって舌を出して笑ってくれた。そのお母さんが今はあたしの結婚と孫を望んでいる。
でも、あたしは、迷わない。漫画を描ける。漫画に賭ける。漫画で駆ける。