あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
上芝学園グループは、多くの時代に即した職業人を教育する理念がある。学園の総長である初老の上芝縁寿《かみしばえんじゅ》の長い話を聞きながら、これから始まる専門学校の1年に期待を胸に抱いていた。
長鳴実門《ながなきみかど》は広い会場の中でも浮いていた。高身長な女性というだけでなく、学園グループの男女の雰囲気が馴染んでいなかったからだ。上芝学園では漫画やアニメだけでなく、ダンスやミュージックや声優などと多岐に渡って運営している。
会場でルックスを見れば、陽キャのパフォーマンス系と、陰キャのクリエイター系に分かれる。自分を作品にするタイプと自分の作品で勝負するタイプだ。並んでいる場所ですぐにわかる。
実門は外見に気合いを入れているので、一見パフォーマンス系と間違われてもおかしくない。だが実際は東京クリエイティブアクティヴ専門学校(TCA)の生徒だ。
周囲の視線を浴びても、実門は何も感じなかった。中高校時代に生徒会長だったし、ダンス部の部長だったし、ヒールを履いていることもあって背も高いので目立つのは承知の上だ。赤いスーツも目を惹くだろう。
隣の椅子に座っていた小さい少女に袖を引っ張られた。
「先生は、やっぱり才能のある生徒を贔屓するんですか? 私今まで全然漫画とか描いたことなくて、素人なんですけど。勇気出して漫画描きたいなって思ってるんです」
「あら、じゃああたしのライバルね」
「ライバル? どういうことですか?」
「あたし先生じゃなくてよ。生徒なの」
「えーっ、失礼しました。お姉さんの先生だとばかり」
「年上だからしかたないわ。5歳以上も離れているのだから」
「そうなんですね。同じクラスみたいですし、頑張りましょうね!」
「そうね。それにしても上芝グループって凄いわね。ダンスに医療、ペットブリーダーだなんて」
「専門学校を目指すなら知らない人はいませんよ。実績歴史共に第一ですから。でも、この中で何人がプロになれるのか気になりますね。どこも厳しい世界ですし」
会場には何千という夢を抱いた若者達が集まっている。
そんなことはどうでも良いと実門は思った。自分がプロになればそれでいい。そのためにはこの1年は無駄にはできない。この少女だって利用してやる。若い感性を学ぶチャンスになる。
「私、赤羽龍姫《あかはねたつひめ》」と言います。お姉さんは?」
「あたしは長鳴実門。25、いえつい最近26歳になったわね」
「凄いですね! 私も夢を諦めません。でも早くプロになりたいですねー。少女漫画は感性が近い方が有利ですから!」
「……その通りね」
「これ入学面談で言われたのですけど、30代の少女マンガ家志望の女性がヒロインにガラケー持たせてたみたいですよ。面白いですよね。そんな女子高生いませんよ」
「個性付けとして考えればおかしくはないけど、少し引っかかるわね」
「そーなんですよ。だから、歳を取れば取るほど、若い感覚や常識から離れていくみたいなので、正直焦ってます。『マジ卍』とか古くさい言葉使わないようにしないと」
「そうね。気を付けるようにするわ。ありがとう、色々教えてくれて」
「いえ、こちらこそ。長鳴さんは絵も話も上手そうな気がします。直観ですけど、仮想ライバルにしてもいいですかー?」
「もちろんよ。あたしはプロ作家全員がライバルだと感じていたけど、近くに同じ立場のライバルがいるのも悪くないわ」
「嬉しいですー。では、一泊研修でも仲良くしてくださいね」
初心者だというけど、ああいった純粋無垢な学生の方が実力は伸びやすい。ダンス部でも下手に経験があるよりも、初心者の方が変な癖を持っていなかったりした。
この会場の何人が夢を叶えて幸せになるのだろう。夢が叶わなくても幸せになる人は多いと感じる。でも、あたしは夢を叶えるために、ここにいる。
月狐に教えてもらった四則演算を自分の人生にも応用するんだ。何を増やして、何を減らすか。何を加えて、何を要約するか。
ここにいる多くの生徒が3年間から4年間在学する。あたしは1年しかない。無駄なことをしている暇も猶予もない。他の生徒の3倍で頑張らなくちゃ。
長かった総長の淡々とした演説が終わった。ところで上芝縁寿総長って結のお爺さんだったりして。同じ上芝だし、お金持ちだし。
ま、そんなことはないか。実門は会場を見渡し自分より歳上であろう生徒を数人見つけて安堵した。そんな自分がどうしようもなく情けなかった。