あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
「じいじ、この辺で大丈夫です」
「走ってはいけませんぞ」
「当然です。心配なく」
上芝結《かみしばゆい》は学校の少し手前でベンツから降りた。50メートル先に学校がある。私立光難高等学校《しりつこうなんこうとうがっこう》。あまり周囲から目立ちたくなかった。左足を引き摺りながら、校門へと向かう。
途中で周囲の声が聞こえる。
「あれ、上芝グループの。跡取りらしいよ。この学校の理事長の孫」
「じゃあ、付き合ったら大金持ちじゃん」
「思ったより小さいね。160センチくらいじゃない?」
「高二でそれはヤバイw」
「でも、一年生の時から生徒会長なんでしょ?」
「まぁ、うちの私立も上芝グループだからね。忖度的な?」
「それにしても学校にベンツって嫌みだよね」
「わかるw 見せびらかすなって感じ」
周囲の称賛も侮蔑も聞き慣れた。結は無視して、ロッカーでサンダルに履き替える。
今日から二年生だ。生徒会長は継続するつもりだ。もちろん選挙に当選したらの話だが。階段を昇ろうとすると一年生の時に同じクラスだった下村解《しもむらかい》が頭をポンポンと叩いてきた。振りほどく、彼の悪気のないえくぼが飛び込んできた。
「今年も同じクラスだぜ。良かったな! よろしく」
「オレの学力についてこれるとは、良かったのはキミの方だろう」
「流石、上様《うえさま》はツンデレですなー。下っ端はとにかく、嬉しいよ」
「そうですか。まぁ、1年仲良くしましょう」
「……足、まだ痛む?」
「痛みはないですが、上手く動かないですね。時間薬だと考えています。やがて治りますよ。気にしないでください」
「俺のせいだもんな。ごめんな、上様」
「上芝で良いですよ」
「いや、みんな上様って呼んでんじゃん」
「オレたちは友達でしょう。対等な関係です。上芝でも結でも好きな方で」
「じゃあ、二年生からは上芝って呼ぶな」
「ご自由に」
ロッカーから今日使う教科書を選び鞄に入れると、エレベーターで3階に向かった。結は去年左足を大怪我した。
理由は、半年前に下村がふざけて車道に入った際に車に轢かれそうになったのを守る為。反射的に下村を押し出した時に左足が車に轢かれたのだ。すぐさま病院に運ばれたが骨折していた。それ以降、走ったり階段を昇ることができなくなった。いずれ治ると結は信じているが、それがいつかはわからない。
『行動を起こす際には熟慮しなければならない。決して反射的に動いてはならない』
結はこの事故から、そういった教訓を学んだ。だからこそ、どんなことにも熟考する癖が付いた。それまでは気軽に文章を書けていたのが書けなくなった。慎重なのに身長は伸びない。
車で通学するのも長い距離歩けないからだ。周囲からは後ろ指を指されるが気にしていなかった。そんなことはどうでも良い。ただ、下村が罪悪感を覚えていることが気になっている。昔のように対等に接して欲しい。数少ない友人の1人なのだから。
私立の二年生。エリートコースは30人。下村は頑張ってそこに滑り込んできた。地頭は良いが勉強嫌いな彼がここに入れるとは思わなかった。隠れて努力したのだろう。
教室に入ると生徒達がざわめきだした。
「上様、一緒のクラスになれて嬉しいです。私は○○○○です。一年間よろしくお願いします」
名前は聞き取れなかった。どうでも良いことだ。オレは今年1年、小説と向き合う。神社で出会った不思議な白狐と年上の赤い服の女性。3人が夢を追う。
月狐には失敗しても良いから行動をしろと言われた。そして、行動ばかりして失敗しているミカ姉《ねぇ》が側にいる。
物事の本質は常に中庸だ。過剰も欠如も問題になる。そのバランスを取るのが肝要なのだ。オレは長考する悪癖がある。思い切って新しい価値観を取り込まなければならない。
ミカ姉に足りないのが引き算なら、オレに足りないのは足し算だ。
先ほど声を掛けてくれた女子の側に行った。
「すまない。名前を聞き逃してしまった。もう一度教えてくれないか?」
「あ、はい上様。私は中嶺緩《なかみねゆるむ》です」
震える声で身体を縮こませている。さっきは勇気を出して声を掛けてくれたのだろう。その気持ちをオレは無下にした。
「生徒会に興味はないか? もし関心が湧いたら声を掛けてくれ。推薦しよう。その代わり、上様と呼ぶのは控えてください」
「ありがとうございます! 上芝君。是非、立候補します」
「早い判断ですね」
「だって、この学校の生徒会って内申に響きますよね。めっちゃ有利ですよ」
「動機はどうでもいいです。ちゃんと成果を残すことが求められます」
結は自分の言葉で傷付いた。まだ、小説が一行も書けていない。成果を出せていない自分にその鋭利な言葉は突き刺さった。