あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
夜の神社を月光が照らす。いつもの時間に長鳴実門《ながなきみかど》と上芝結《かみしばゆい》は到着していた。実門は缶チューハイを既に飲み始めている。
夜の21時、神社が膨張して広い空間が現れた。
「ほな、始めよか」
月狐は現れるなりそういうと、尻尾を筆にして宙に文字を書いた。
「これは何かしら?」
「物語のジャンルですね。
ラブコメ・ドラマ・コメディ・職業モノ・サスペンス・ミステリー・歴史・時代劇・スポーツ・アクション・ホラー・パニック・SF・ファンタジー・グルメ・日常・ドキュメンタリー・成人向け。
思ったよりも多いですね」
「やろ? 細かく分類したらもっとあるよ。ほんで物語を作る際には、予めジャンルを決めておくと強い!」
「そーなの? その瞬間に描きたい物を描いてちゃダメってことかしら?」
月狐は首を振ると尻尾を揺らした。
「長期連載なら、途中でジャンルが変わっても問題ない場合もあるけど、基本的には変えない方が無難やな」
「そうですね。ところでジャンルってそもそも、なんなのですか?」
「提供する娯楽的な価値ってとこやな」
「また、難しいことを言うわね」
「ラーメン食べたかったらどこ行く?」
「もちろん、ラーメン屋よ! にんにくマシマシ!」
「お寿司が食べたかったら?」
「銀座の寿司屋ですね」
「あたしは回転寿司!」
「せやろ。つまり、それがジャンルや」
「なるほど、ジャンルがわかるということは、どういった感情をもたらしてくれるかが明確ということですね。情報伝達価値が高いかどうかがジャンルを基準に判断できる」
実門は話についていけていないのかお酒を一気飲みした。二本目の缶を開けると、近くの床几《しょうぎ》に座った。
「今回伝える事はライバルと差を付けるためには必要な考え方や。それはハイコンセプトとソフトストーリーってヤツや」
「どちらも聞いたことがないわね」
「ハイコンセプトは面白い企画ってことやねん。つまり、ログラインを聞いただけで『面白そう!』ってなる設定があるかどうかや。最近のラノベのタイトルが長くなっているのは、このハイコンセプトのログラインをそのまま持ってきているってことやね」
「まさに本屋でログラインのようなタイトルの小説をよく見ますね」
「ハイコンセプトの勉強がしたければ、既存の売れているタイトルを参考にしたらええ。もちろん既に売れている作家は短くてもええんやけどな。作家の名前で本が売れている訳やから」
「強いハイコンセプトってどうやったらわかるの?」
「それはな、前に教えたログラインの三行目を隠して相手に伝えるんや。相手が『で、最後はどうなるの?』と訊いてきたら成功や」
「なるほど。一幕目と二幕目までを説明することで、そのコンセプトに求心力があるか測るのですね」
「その通りや。その時にジャンルの雰囲気を織り交ぜると効果的なハイコンセプトになる」
「お月ちゃん、ソフトストーリーっていうのはハイコンセプトどう違うの?」
「せやな。ソフトストーリーはハイコンセプトの強い企画力に対して、じっくりゆっくり浸透するような物語。いわゆるフランス映画みたいな作品や」
「まさに純文学のようなものですね」
「流石、結。鋭いな。こっちはジャンルをあまり意識しなくていい。強いていうなら、現代感覚を強く入れたらええやろな」
実門は『現代感覚』とクロッキー帳に記した。
「――で、現代感覚って何?」
「今感や。今の時代、今の空気、今の流行、そしてこれからくる未来の予感。そういったものを入れるとソフトストーリーも強くなる。ただ、流行のモチーフや言葉を安易に入れると陳腐になるから要注意やよ。爆発力はあっても賞味期限が短くなるんや」
「今時だと生成AIですかね。確かに芥川賞を取った女性作家がAIをモチーフにしてました」
「ええこと言うやんか。そのモチーフというのはジャンルと結びつきが強い。実門は『魔法使い』って聞いたらどんなモチーフが浮かぶ?」
「モチーフって何?」
「題材のことですよ」
「そうね、ファンタジーかしら」
「せやろ。ジャンルにはお決まりのモチーフがあるんや」
「じゃあ、あえてチグハグにしたらハイコンセプトを作れそうね!」
「その通りや。でもな、お客様はジャンルに期待しているものがあるんや」
「ファンタジーなのに魔法使いが出てこないと、失望するということですか」
「せや。だから、タイトルとかでそういった誤解が生まれないようにする必要があるんよ」
「ラーメン屋に入ったのに牛丼しかない、みたいな感じは最悪ね」
「そ。だから、ジャンルとモチーフの関係はしっかりと考えておかなアカン」
結がメモ帳を開いた。オレンジ色のブロックロディアNO.11だ。
「ログライン・テーマ・ペルソナ・四則演算・ジャンル・ハイコンセプト・ソフトストーリー・モチーフ……、結構全部繋がっていますね」
「それが大事やねん。前も言ったけど、創作論は点で覚えても使い熟されへん。だから、線にして面して覚えていかないとアカン。結局雑学みたいになったら意味ないんよ」
「そう考えたら創作論を勉強せずに作品を書いている作家は化け物ですね」
「せやな。特に連載作家は怪物や。過去の設定や情報と矛盾なく物語を構築する。これは、下描きなしに一発本番で絵を描いているようなもんや」
「本屋に行ったらたくさんの漫画や小説があるから、つい簡単にプロになれると思うけど全然違うのね」
「せやな。さらに何冊も書いてヒットして生活できるんは僅かや。今は量が多いから安易に消費されてるけど、本来は敬意を持って読まなアカンな」
実門は自分がハイコンセプトの作品を描かなければならないと思った。取りあえず明日、会社が運営している漫画喫茶でタイトルと表紙を眺めて自分の引き出しに入れようと決意した。赤羽龍姫《あかはねたつひめ》と行った店とは異なる事務所から近い店舗だ。
流行の作品を学ぶことで無駄なアイデアを大量生産しなくて済む。これは引き算だ。
「ミカ姉(ねぇ)、今回の講義をまとめました。良かったら使ってください」
「あら、ありがとう。優しいわね」
「オレは一度書いたら覚えられるので」
「結はソフトストーリー?」
「そうですね。これからはネットニュースを読んで、現代感覚を鍛えることにします。今まで自分の中からだけで生み出そうとしていました。もっと社会に目を向けるべきでした。どんどん吸収していきます。四則演算の足し算です」
「良いわね。お互い学校の新学期が始まるもの同士、色々あると思うけど頑張りましょうね」
「当然です。ところでミカ姉は何か欲しいものはありますか?」
「そうね。物語創作能力かしら?」
「それはお互い自分で努力しましょう」
「なら、腕時計かしら。これからは時間を意識しないといけないし。ただ、購入する機会がなくて、スマホで代用してるの」
「そうですか」
結は万年筆『ペリカンのスーベレーンm800』を胸にしまうとハッカパイプから吸って、息を吐いた。