あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える   作:鳳 雛

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第30話 神無

 昨年の11月の末。神無月。京都のとある神社。

 

「月狐や。一週間ほど出雲へ行くさかい、氏子さんの面倒見ておいてや。ただ、神通力を授けて、祈願を叶えようとするのはあかんで」

「なんでやの。ウチちゃんと神通力使えるようになったやん」

「あれはたまたまや。

 宝くじが当たったようなものや。再現性がないやんか」

「ウチかて立派な神様になれるよ」

「まだまだ実力が伴わへん」

「そうやで月狐。お母さんに逆らわん方がええ」

 

 母の尻に敷かれている父親が間に入る。腰が低く、上目遣いだ。

 

「ウチちゃんとできるもん」

「まだまだ、人間のこと理解でけてへんわ。神さんに祈っとる氏子さんに失礼やんか。絶対に神通力なんか使たらあかんで。ほなな」

 

 九尾の狐である母親に月狐は諫められた。神通力とは神社にいる神様の能力で不可思議なことを起こす力がある。ちょっとした魔法や因果律の変化、つまり物事の確率を変動させることができる。

 神社の参拝客の願いに神通力を与え、成功する確率をあげる。そして、願いが叶えば神通力は何倍になっても返ってくる。しかし、失敗したら与えた神通力は無駄になる。

 そして、全ての神通力を失うと神ではなくなる。

 母、天狐は九尾。父、空狐は八尾。まだ子供の月狐は一尾だった。狐の神様は能力の強さが尻尾の数に表れる。

 

「今日から、留守番をしっかりすること。氏子さんの話を聞いて人間の悩みや苦しみを理解すること。神通力を授ける相手としてふさわしいかを経験して学ぶこと。それが宿題や。」

 

 日本中の神様が集まる出雲へ向かって去って行く両親を月狐は睨み付ける。自分の実力は高いと自負している。今まで数十年、参拝者の悩みを聞いてきた。母と父がどれだけ神通力を与えるかも見てきた。悩みの本質、解像度の理解は深いはずだ。

 ガランガラン。小さな女の子がお祈りしている。

 

「喧嘩しているお父さんとお母さんが仲良くなれますように……」

 

 こんなん簡単や。喧嘩なんか誰だってするし時間が経てば解決する。神通力を与えても確実に返ってくる願いや。

 月狐は尻尾を振ると毛が三本抜けて少女の身体に吸い込まれていった。初めて使った神通力。身体がふわっと軽くなる感覚がある。

 やった。再び氏子に力を与えた。これで一人前の稲荷神や。

 その日の夜。尻尾がびりびりとした。よく見ると一尾しかなかった尻尾の横に新たな尻尾が増えている。二尾になった。まだちょっとやけど。

 月狐は自分が神様としてふさわしいと自慢げに尻尾を揺らした。両親が帰ってくるまでの一週間。もっともっと尻尾を増やすんや。

 

「テストで良い点取れますように」これは1000本。

「好きな人に告白されますように」これは30本。

「明日も世界が平和でありますように」これは500本。

「推しのコンサートチケットが当たりますように」100本。

「入院しているお爺ちゃんが安らかに眠れますように」10000本。

「明日の初めてのデートが成功しますように。告白が上手くできますように。雨が降りませんように」

 

 月狐は青年の顔を見た。優しく誠実そうに見える。デートのことを神社に祈る。空を見る。明日は晴れるだろう。きっと上手くいくはずや。100000本。

 月狐は一週間の間に20万人近くの参拝者の願いを捌いた。月狐の判断は、的中することが多かった。願いの達成率は9割を越えている。

 月狐の戦略は緊急性が高く、重要度が強いものを狙って神通力を使ったことだ。これにより短期間で結果が出る。『将来、パイロットになりたい』みたいな願いには投資しなかった。月狐なりに戦略を立てて行動したのだ。

 

「ただいま。月狐や。今日からまた仕事。不景気続きやから大変な一年がまた始まるわ。あらまぁ、月狐! 尻尾増えとるやないの」

「せやねん。ウチ、神通力使って三尾になったんや」

「アカン言うたはずや! 悪人の願いを叶えてしまうかもしれんのや! 経験がない月狐が氏子さんを見極めるなんてできへん」

「でも、結果的に願いが叶った人が多いから尻尾が増えたんや。褒めてや」

「アカン! これからも数十年は人間を知る経験をせな。あんたはどう思う?」

 

 空狐は天狐の言葉をそのままなぞった。

 

「全て母さんの言う通りやで。月狐はもっとお母さんを尊敬せな」

「尊敬してるわ! でもウチの賢さを認めてくれてもええやんか!」

「あんたは賢いわけやない。自分のことしか考えてないずる賢い狐や。自分に返ってくる願いしか叶えなかったやろ? そんな浅はかな神様がいる神社は廃れる! 見返りが少なくても大切な願いやと叶えるのが筋や。あんたは全然人間を理解しておらへん」

 

 褒めてもらえていると考えていた月狐は酷く失望した。

 それと同時に、尻尾が増える時の快感が忘れられずにいた。

 

「オカンもオトンも認めてくれへんのやったら、ここ出て行くわ」

「好きにしいや。でも、神様が不在の社も見つけなあかんし、神通力も三尾しかないで。失敗するのは目に見えてるわ」

「ウチは才能あるんや! だから機会があったら絶対に成功するわ。ほんで」

「……ほんで?」

「数年で出雲大社にウチも行く。ちゃんとした神様として呼ばれて行くんや」

「大口叩くのもええかげんにし。そんな簡単ちゃうよ」

「ウチはオカンとオトンの子や。才能を受け継いでいるはずや。頑張れば何でもできる!」

 

 天狐は尻尾を扇のように揺らして風を浴びている。空狐は側で緊張しているのか尻尾が逆立っている。

 

「ほな。頑張りなはれ」

「言われんでも頑張るわ!」

 

 月狐は満月の夜に、京都の神社から東京へと旅だった。

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