あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
長鳴実門《ながなきみかど》の通う専門学校は最初の授業を始める前に一泊二日の協同実習が行われる。今回は他県にバスで赴いて、牧場にいる豚や牛の観察をしたり、公園で遊んだり、料理を作ったりするというものだった。自由にグループを作る際に、すぐに赤羽龍姫《あかはねたつひめ》が側に来た。実門がポツリと呟いた。
「あたし生きている豚肉初めて見たわ」
「あの子を豚肉と呼ばないであげてくださいよー。可愛い豚さんです。思ったよりも顔が小さくて身体が大きいですね。家畜化の結果ですか。凄いです」
「こんなとこで活動することが漫画家の役に立つのかしら?」
「多分、立たないと思います。でも、みんなで仲良くなれて嬉しいじゃないですか」
「そうね」
近くに3人組がやってきた。好きな漫画やアニメの推しについて話す。探り探り自分の趣味と好きな作品を話していく。だが、癖の決定打になる話題は避ける。持っているバッグについているぬいぐるみやキーホルダー、Tシャツのイラストなどで自然に嗜好をアピールしている。
豚肉の腸詰めを手作業で作って、焼いて食べた後に宿泊ホテルへと向かった。一部屋五人。龍姫は別の部屋だった。彼女は実門と同じ部屋に交換して欲しいと、クラスメイトに頼んでいたが断られたようだ。
同じ部屋の4人とは、漫画について熱く語り合った。少年漫画志望が2人、少女漫画志望が実門を入れて3人だ。
誰かが絵を描こうと提案した。実門は持ってきていたクロッキー帳を破ってみんなに配る。
「アナログですか。私普段デジタルなんで、厳しいですね、正直」
「私もです。左手デバイスないだけで無理。ツール使うのに慣れているし」
「うん、そうだよね」
「私IPAD持ってきてるからそれで描いていい?」
実門はデジタルをほとんど使わないので驚いた。みんなデジタル派だった。でも取りあえず描こうと声を上げる。
「じゃあ、みんな同じモノを描かない? その方が違いがわかって楽しいわ」
「私男しか描かないんで、男のキャラにしてくれませんか?」
「えー、私は男描くの苦手です。女の子が良いです」
「じゃあ、動物にしますか?」
「さっきの豚?」
「いやいやいや、あり得ないでしょ」
「そうね。なら、既存作品の好きなキャラを描くっていうのはどうかしら?」
「それならオリジナルと比較できるし良いかも」
「さすが先輩、良い案出しますね」
「先輩は止めて欲しいわね」
「ミカさんで良いですか?」
「そうね。ミカさんと呼んでちょうだい」
各々が机で絵を描き始めた。音楽を聴きながら描いている子もいる。実門は何を描くか迷った結果、『ドラえもん』の『源しずか』を自分の少しリアルな絵柄にして描いた。バイオリンを弾いている絵だ。
実門は30分くらいで描き終わったが、他のみんなは苦戦している。結局1時間半かけて描いた子もいた。みんなで、作品を見せ合う。
まず、絵をほとんど描いていない子が1人いた。専門学校から初めて絵を学ぶつもりだろう。本人は顔を真っ赤にしていたが、初心者なのだから仕方ない。
他の3人はまぁまぁの出来映えだ。何のキャラかはわかる。でも、目を惹く魅力ない。当然デッサンは狂っているし、解剖学の知識もない。龍姫のイラストのような繊細さや華やかさがない。
この子たちは、まだまだ成長途中の段階だなと実門は思った。
「ミカさん、流石に上手いですね。全身絵でしかもバイオリンを弾いているって難しいポーズを短時間で」
「既にプロじゃん」
「しずかちゃんってバイオリンが下手って設定なんですよね」
「でも、この絵のしずかちゃんは上手く弾きそう」
「そうそう」
「やっぱり、昔から絵を描いているんですか?」
昔から、という言葉が少し引っかかる。嫌みな言い方ではないが、少しちくりとした。
「そうね。15年くらいは描いているわ」
「そりゃ、勝てない訳だ」
「仕方ないね」
「でも、一番先にデビューしそうですね」
「そうかしら、ありがとう」
実門は思ったより他の生徒の実力がなかったので失望した。やはりライバルになるのは龍姫だろうか。
隣の布団の子が手を上げた。口を一文字にして強ばった顔だ。何度も瞬きしている。
「この中で『ふ』が付く女子います?」
「ふって何かしら?」
「私『ふ』付きます」
「……私も」
「私は『夢女子』です」
「え、ふって何かしら」
「『腐女子』のことですよ。BLが好きかってことです」
「ボーイズラブ? えー、みんなそうなんだ」
「正直、告白するタイミングは早い方が良いと思って」
「あたしBLはわからないけど、男子キャラ同士でバトルしているのは好きよ」
「親友同士のバトルって熱いよね!」
「わかる。推しが負ける展開とか超好き」
「一周回ってるじゃん」
「そうかも」
BL談義についていけない実門は、改めて年齢差を感じ始めた。だが、逆に考えるとこういった話題に付いてこれるようになれば若者向けの作品が描けるのだ。感性を研ぎ澄まそうと、黙って耳を傾けた。