あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
長鳴実門《ながなきみかど》は昼休みに、事務所で買い弁を食べている従兄弟《いとこ》の長鳴垂加《ながなきすいか》に声を掛けた。
「今日、14時から夜までデートしない?」
「ミカちゃんとデートですか! それはめっちゃ嬉しいけど、仕事は良いの? それに学校の宿題とか漫画描かなくて大丈夫?」
「いいのいいの。たまには好きな相手と交際するのも大事じゃない?」
「好きな相手……。わかりました。デートプラン考えときます」
「ちゃんと仕事はしないとお父さんに怒られるわよ」
「今日の分はもう終わっています」
実門は昼からのデートに備えて、化粧をし直した。絵馬が作ってくれたお弁当を食べると、箸入れを落としてしまった。少し緊張している自分に気づいた。
あっという間に14時になり、垂加が机を片付け始めた。実門の側に来ると手を引いて誘ってくれた。
「どこか行きたい場所ありますか?」
「そうね。楽しいところかしら。なんか気持ちが盛り上がる気分になるところ」
「一応デートプランをAIと相談して決めました。その計画通りに進みましょう」
垂加はタクシーを止めて浅草に向かった。すぐ側だ。大きな雷門の横には風神雷神がいて迫力がある。観光客が多いのか、実門は垂加とはぐれそうになった。
しばらく観光した後に、隅田公園へ向かった。人が少なくて晴れやかな気分。実門は叫びたい気持ちを抑えて、ヒールの踵を外す。フラットシューズにして、走り回った。
垂加とはそれから周辺で食べ歩きをした。
「どら焼きはやっぱり、こしあんですよね」
「あたし、つぶあん派よ」
「なんか舌に残る皮が異物感あって嫌です」
「そこがつぶあんの可愛さじゃないの」
「可愛さ? そういうものですか」
しばらく散策して、スカイツリー方面に歩く。普段は仕事ばかりで特に話すことはなかったが、今時の大学生を知れて実門の勉強になった。
「今はみんなAIで調べてから行動していますね。友達よりもAIの方を信じている」
「そんなもんなのね。あたしは機械音痴だから、あんまりAI使わないわ」
「使わないとみんなに置いていかれますよ。うちの会社もキャラクタービジネス部門がありますけど、AIの進化に脅かされています」
「そっか、あたしにとっても危機的状況って訳ね」
「俺は運良く内定決まりましたけど就活にも大分響いていますよ」
「それは看過できないわ」
足を運んだ先は、スカイツリータウン内のすみだ水族館だった。実門は水族館のような暗くて落ち着く場所よりも、激しく身体を動かせる場所が良かった。でも、水の中の魚は光を反射して宝石みたいにキラキラしていた。
垂加は魚には興味がなさそうだった。椅子に座ってスマホを触っている。何かを調べているのかと気になった。
18時になり、若干空が濁り始めた。
垂加に付いていった先はスカイツリーだった。上空から観る景色は、戦国時代の天下人が観る景色よりも広く美しいだろう。
ただ、実門は既にスカイツリーには昇ったことがあった。引っ越してきて、すぐに絵馬《えま》と共に。今回は、初めての時と比べて感動はなかった。
「ミカちゃんにこの景色をプレゼントしたかったんだよね」
「――そう。とても嬉しいわ。記念に写真を撮るわね」
夕食はスカイツリーが一望できる店だった。高級店でもないので、肩肘を張らなくて済む。出てきたお肉はウェルダンで、実門はもっとレアっぽいのが食べたかった。でも、眼前の景色の美しさを考えれば悪くはない。
「足がしんどくなければ歩いて帰りません? もし、痛ければタクシーを止めるけどどうかな?」
「しんどくないわ。歩いて帰りましょう」
色んな話をしながら帰路につく。ふと、垂加が止まって訊いた。
「ミカちゃん、今日楽しかったかな?」
「もちろんよ。楽しかったし嬉しかったわ」
「そっか。なら良いけど。もしかして、浅草・水族館・スカイツリー、全部行ったことある?」
「うん。行ったことあった」
「そっか。やっぱ定番のデートコースだもんね。退屈させて悪かったです」
「全然謝ることないわよ。美味しい料理を何度食べても美味しいのと同じで、同じ場所も何回行っても楽しいわ」
垂加ははにかむと、足を前に進めた。景色が見慣れたものに移ろいでいく。実門と垂加は事務所の前で別れることになった。
「これ、今日のデート代。はい、2万円」
「いや、もらえないですよ。デートしてもらったの俺の方だし」
「でも、色々勉強になったから」
「そんな」
「じゃあ、今度は垂加君から誘ってちょうだい。その時の軍資金にしたらいいじゃない」
「そうですか。お言葉に甘えます。
あの……、昼の『好きな相手』っていう言葉は?」
「もちろん、従兄弟として『好き』ってことよ。今の段階ではね」
「やっぱそっか。わかっていたけどショックです。
これからもっと頑張ります!」
肩を落として去って行く垂加の後ろ姿を見ながら、実門は今回の体験をどう漫画に活かすか考えていた。
『ルームシェア×勝負フェア』。
猫系女子と犬系男子。2人はあらゆる点があべこべですれ違う。でも、実は心の奥で相手のことを大切に感じている。
ずっとそのことを隠していて、最後に明らかになる。しかし、無理矢理な展開だと読者は納得できない。唐突な感じをなくすにはどうしたらいいの?
実門は近くのコンビニで缶チューハイを買った。広い公園のベンチに座り、蓋を開ける。缶を傾け、顎を上げると空に月が浮かんでいるのが目に入った。まだ白い。