あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
墨塔《ぼくとう》病院に着いた実門は、母のいるすみれ棟へ足を運んだ。途中でキャスター付きの医療用ベッドで別の場所へ移動している老人がいた。男性が女性かわからない程に、歳を重ねていた。
入室管理の用紙に名前を記入すると、病室に向かった。カーテンを捲ると母が座って本を読んでいた。少女漫画だ。
「こんにちは。実門。疲れた表情をしているけど大丈夫?」
「病室のお母さんに言われたくはないわね」
「ふふふ」
「何か必要なものがあったら、何でも言ってね。持ってくるから」
「じゃあ、彼氏くんに会いたいな」
「それは、ちょっと難しいわね。でも、ついこの前デートで、スカイツリーに昇ったわ。近くの店でディナーも食べたわよ」
「実門が幸せなのが一番嬉しい」
実門はずっと心に秘めていた質問をした。
「お母さんは何であたしが漫画を描くことに反対してるの?」
「それはあなたのお父さんが亡くなった理由と関係があるの。お父さんは小説家だったのよ。初めは売れていたのだけど徐々に人気がなくなって、睡眠時間も削って必死になって取り組んで」
「でも、成功しなかった。それを苦に自殺したの?」
「自殺といってもいいわね。何日も寝ないで集中して、体も心も消耗して最後は体調不良で死んじゃった。だから、漫画家を目指すのは自殺みたいなものなの」
「そんなことがあったなんて知らなかったわ。てっきり、上手くいかないかもしれないから反対していると思っていた」
「実門は成功すると思う。だから、反対なの。小学生の時に徹夜で作品仕上げたでしょ? とても誇らしい反面、父親の死を連想したの。だから、趣味で描く分には賛成だけど、仕事にするのは反対ね。緩やかな自殺と変わらないから。漫画家って急死とか若くして死んだりするでしょ? だからお母さんは反対してるの」
「お父さんが死んだ時、どう感じたの?」
「早く私が止めてあげれば良かったと今でも後悔している。ある意味で原体験なの。だから実門には同じ道に進んでもらいたくない。でも、彼氏もいるし弟の会社で秘書として働いているんでしょう? 何も心配していないわ」
「……うん。安心して。あたしは大丈夫」
「また会いに来てね。ここだと漫画を読むくらいしか楽しみがないし、お喋りする相手もいないし」
「もちろんよ。彼氏の話もたくさんしてあげるわ。期待していて」
病院から帰り道のタクシーで父親の職業と死因を初めて聞いた。ずっと隠していたのだろう。今まで曖昧にされていたからだ。
見慣れぬ景色を滑るように眺めながら、『ルームシェア×勝負フェア』の設定を考えていた。犬猿の仲の猫系女子と犬系男子。二人のキャラの設定の核に『原体験』は使えないだろうか?
お互い高校生になっても忘れられない経験を共有している。だから、離れたくても離れられない。表面的には争っていても、深い部分で信頼している。
猫系女子が主人公で一匹オオカミ気質。犬系男子は人懐っこくて甘えん坊。でも、猫系女子にだけはキツく当たる。それは大切に思っているから。
お母さんがあたしの夢を否定するのは悪意があるからではない。愛してくれているからだ。犬系男子も不器用だから、猫系女子に直接気持ちを伝えられない。
小学生時代からの腐れ縁というのはどうだろう? 幼馴染みだから相手のことをよく知っている気になっている。でも、根っこで勘違いしている。
犬系男子はハイスペで女子にモテる。頻繁にデートもするし、よく遊ぶ。頭も良くて、人気者。だけど、影で苦労している努力の人。弱点はそう。頑張りすぎるところと、弱みを隠そうとするところ。α男子。
猫系女子は主人公視点だから、そんな犬系男子にイライラしている。モテないし、勉強も得意ではない。でも、歌うのが好きとかどうだろう? でも聞かせる相手がいない。一人でも問題ないと強がっている。ちょっとツンデレ?
そんな凸凹コンビが、強制的なルームシェアで勝負する。
車が停車した。もう家の近くだ。料金を支払うと、実門は家に向かって歩き出す。途中で公園によりクロッキー帳にアイデアを書き殴った。
自分のしていることは母の想いを裏切っているかもしれない。でも、実門は父親とは違う。ひたすら、がむしゃらに自分を追い込まない。実門には月狐も結もいる。支えてくれる仲間が助けてくれる。母にはいつか伝えよう。秘密の神社の授業を受けてきたことを。
実門は空を見上げて呟いた。
「今回こそ賞を取れるわ」