あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える   作:鳳 雛

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第37話 授業

 長鳴実門《ながなきみかど》の専門学校生活が始まった。

 最初のプロ漫画家専攻の授業はキャラクターのイラストを描くというものだ。黒沢《くろさわ》先生がホワイトボードに描いたのは簡単な人体のあたりだけだった。真剣に描いた一枚を求めていた実門は失望した。また、前年度の生徒の絵が載ったプリントも配られた。当然ながらプロの腕前とは程遠い実力だ。

 今回の授業では、イラストを提出するためアナログで行われた。実門はデジタルよりもアナログが好きなので嬉しかったが、若い子の多くはデジタルに慣れているのか不満の声を漏らした。

 課題は一枚の原稿用紙に男女の顔のアップだった。周囲を確認すると苦戦している生徒たちが多い。実門は与えられた時間の半分で仕上げると教卓へ作品を持っていった。

 

「聞いているわよ。あなたが長鳴実門さんね。教務の白河さんが、一目置いていると言っていたわ。作品を見せてくれる?」

「はい。ご覧あそばせ」

「流石に上手いわね。いくつだっけ?」

「26歳になりました」

「……、恐らく3年生よりもずっと達者よ。人体の構造やバランス、デフォルメセンスが群を抜いている。確実に、イラスト専攻の上位クラスの生徒よりも魅力的よ。デッサンが狂っているとかそういうレベルじゃない。これは作品ではない。商品になる絵よ」

「ありがとう存じます」

「席に帰っていいです。好きなことをして残りの時間を潰してください」

「あの、黒沢先生の作品を見たいのですけど、どうかしら?」

「私の作品は見せません」

「なぜかしら?」

 

 先生は目を伏せると視線が泳いだ。揺れる眉毛に鼻をすする音が響く。唇を噛んでいる。

 

「とにかく私の絵は見せないです。これは一貫していることです。プロの漫画家だということで信用してください」

「プロだったら堂々と見せるべきじゃなくて? なんで見せてくれないの?」

「とにかく、私は先生であなたは生徒です。指示通りに行動してください」

 

 実門は納得できなかったが、仕方なく席に戻った。次の授業はいよいよ漫画制作だ。それまでに『ルームシェア×勝負フェア』のログラインを考えておこう。

 

 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴ると、赤羽龍姫《あかはねたつひめ》が実門の作品を確認しに来た。

 

「ミカ先輩すごいですー。みんなより早く描き終わったのにこのクオリティ。また、私の作品を添削してください」

「先生にしてもらえば良いじゃないの?」

「それが、この先生過去に生徒に絵を批判されて以降、作品を見せてくれなくなったんだそうですよ」

「批判があるのは当たり前じゃないの。そんなメンタルじゃプロ作家になれないわよ」

「だから、学校の講師をしているんじゃないですか?」

「ホームページに現役のプロが指導って書いていたわ」

「あれ眉唾ですよ。だって、ここの卒業生が講師として指導する授業もあるんですから」

「そうなの? なんかガッカリしたわ」

「でも、プロとして活躍した作家の経験は貴重ですよねー」

「そうね。あたしはどんどん作品を見せて、叩かれても這い上がるわ」

「作品を否定されるのは怖くないですかー?」

「全く。あたし、30作連続で落選してるのよ? 今更、何をいわれても気にしないわ」

「見習いますー」

 

 次の授業は漫画制作だった。最初に黄瀬《きせ》先生が自分の作品が載ったポートフォリオを生徒たちに回して見せた。確かに、プロというだけあって実力はある。ただ、実門が見たいのは絵ではなく漫画だ。漫画が面白くなければ意味がない。

 最初の課題は『始まり』だった。始まりをテーマに2Pのネームを描く。90分の授業の間に完成させるのが目標だ。実門は実体験から着想を得ようとしていた。自分が最近になって出会ったのは月狐だった。占い師の先生にアドバイスを受けた。それを使おう。

 神社でおみくじを引いた女性が『大吉 近々出会いアリ』と占われる。女性は喜ぶ。帰り道、男性にぶつかって、女性がこける。男性が手を引っ張って起こす。見つめ合う二人。運命の予感。

 2Pだとそれくらいしか描けない。だからこそ、一瞬でネームは描き終わった。

 黄瀬先生に作品を持っていくと、あまりの早さに驚いたようだった。ネームの添削。絵と違って物語が重要だ。実門は緊張して喉が渇いた。お酒が飲みたい。

 

「あなたが噂の新入生ね。聞いたわよ、白河先生が特別扱いしろって朝礼で、言っていたから」

「嬉しいわ。特別扱いしてください。期待に応えて結果を出しますわ」

「頼もしいこと。さてさて、作品を拝読させてもらおっか」

 

 先生の顔が真剣になった。厳しい瞳が一コマ一コマに向けられる。実門は肩を竦めた。

 

「よく出来てるわ。あなたは2P漫画だと、すごく良く描けてる。もちろん欠点もある。物語が予定調和すぎる。『大吉 近々出会いアリ』という結果が出て喜んで、そのままの展開になるのは退屈。逆に主人公は『当てにならないと鼻で笑う』くらいの方が、ギャップがあって面白くなる。でも、短時間でネームとはいえ、人物や背景もラフ程度に描き込まれているし、説得力がある。

課題は長編になった時に面白い作品が描けるかどうかね」

「言われてみれば、そうね。物語が一方通行で意外性がない」

「そう。起承転結を意識することが大事なのよ」

「初歩の初歩だけど、実践するのは難しいわ」

「型だから慣れると簡単にできるようになるの。今後の課題ね」

 

 実門は後ろを振り返ると、一生懸命に漫画を描いている若い生徒たちが目に入った。自分が上手いのは当然なのだ。周囲の生徒よりも7歳近く歳上だ。しかも、漫画歴も15年と長い。強い武器と同時に若い感性を失っている問題がある。

 この黄瀬先生はちゃんとアドバイスをしてくれた。信用できる。専門学校に来て良かったと初めて思った。

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