あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
――現在。神社境内。
「ウチが幸せにしたる」
白い狐の細い目が僅かに開き、黄色く輝く瞳が覗いた。希望の光だと
「それって、……告白?」
真面目な顔の実門を見て、月狐は三本ある尻尾を揺らした。
「なんやそれ。一ヶ月の間、雨の日も晴れの日も、祝日も休日も毎日参拝してくれたやん。こんなボロくて小さくて何の御利益
「え、御利益ないの!?」
「そこかいな。まぁ、ないっちゃない。御利益はある程度、人気のある神社の神様の能力があって初めて生まれるものやからね。安産祈願・学業成就・厄除守とかな」
「じゃあ、あなたは何の能力もない唯の白い稲荷神ってことかしら?」
「いや、ちゃんと神様の端くれとしてアドバイスはできるよ。幸せになりたいんやろ?」
「うん! あたしを幸せにして!!」
「ほな、今すぐ漫画家目指すんやめ」
実門は、小さく何度も『漫画家を目指すのを止める』という言葉を反芻する。
「なんで、そんなこと言うのよ! 一ヶ月間信じていたのに! 嘘つき狐!」
「嘘ちゃうやん。ほなスマホで調べてみ。
デビューして漫画家になれる確率だけやないで。
それだけで食っていける確率とそれを継続できる確率」
実門はパンドラの箱を開くように、ネットで検索する。
「あるサイトではこう書かれている――0.003%……」
「正確な数値やないやろけど、それだけ厳しいってこっちゃ。
もっとわかりやすく、いうたろか?
満員電車10本の内、たった1人しか漫画家だけで生活できひんのや」
「あたし、毎日何度も乗るわ!
早速定期を買いに行かなくっちゃ!!」
「例え話やっちゅうねん。
ちなみに東大の定員は約3千人や。
大学進学を志望する全国の受験生がおよそ60万人。
ほんなら、3000を60万で割ると、わずか0.5 %になる。
漫画家の方が遙かに厳しいっちゅうこちゃ」
「なんで月狐はあたしの夢を砕くようなことばかり言うの?」
「これは優しさやねんよ?
毎晩毎晩、来てくれてたお礼やねん。
あと余計なお世話かも知らんけど、倍率1000倍の新人賞を取ったとしても、
ほとんどの場合は5年以内に消えてしまうんやよ」
「妙に詳しいわ」
「そら、毎晩叫ばれとったら、調べたくもなるやろ。
どの数値も確実なものではなく、変動するから目安にする程度やけどな」
黒い涙が実門の瞳から零れ落ちる。圧倒的な事実が、夢という柔らかい希望の塔を叩き潰す。狭き門であることは知っていたが、認めるわけにはいかない。
何故なら、既に人生の15年以上を夢にベットしているのだから。
「損切りって言葉あるやろ。それと同じや。早く諦めて次行った方がお得やよ」
「損切り……、そんな風に割り切れない。叶うまで何度も挑戦するわ」
「そんなんいうてる間に、友達は恋愛して結婚して子供産んで、家建てて、自己実現していくんやよ? 実門はずっと同じ所で足踏みし続けるんか? 夢やなくて、趣味でええやん」
「趣味だなんて、嫌よ。あたしは、漫画家になりたいの!
時間を無駄にしたわ。コンビニでお酒買って、徹夜で漫画の続きを描く。もう、神社には来ない!」
実門は落ちていた書籍やコスメをバッグにしまうと走り去って行く。
あまりにも急いで帰ったので、何か落としていった。
「幸せにしたろ思たのに失敗してもうたわ。
ん、クロッキー帳とスマホ忘れて帰っとるやんけ」
月狐がクロッキー帳を開くとたくさんのイラストやデザインがびっしりと描かれていた。絵柄の幅は広く、デフォルメの強いものからリアルのものまでたくさんある。
デッサンもしっかりしていることから作画レベルの高さが窺える。
「ちゃんとしてるやん。努力。こんだけ上手いのに漫画家としてデビューできひんってことは、問題はストーリー方面ってことやね」
落ちていたスマホの液晶画面には、仲の良い女子グループの集合写真が写っていた。尻尾で一撫ですると、パスワードが解除された。
神通力の使用。毛が一本抜けた。
「成功する確率の低い夢を応援することはええことやろか。神様として」
月狐は自分の尻尾を数えた。三尾ある。父は八尾。母は九尾ある。
自分は三尾しかない。これは神通力が乏しいことを意味する。
「二尾くらい使ったら、あの子の夢叶えられるかな……」
空を見上げると、雲が月に被さり三日月になっていた。漫画家になりたいという彼女の夢を叶えられなければ、実家の京都を飛び出してきた意味がない。
「ウチも覚悟決めよか。
すまん実門、スマホ借りるで」
そういうと、月狐は闇の中に溶けるように消えていた。