あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える   作:鳳 雛

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第40話 担当

 TCA専門学校の移動時間、長鳴実門《ながなきみかど》は赤羽龍姫《あかはねたつひめ》と一緒に歩いていた。教務の白河が実門に声を掛ける。

 

「長鳴さん、ちょっと」

 

 手招きされて、実門が向かうと龍姫も付いてきた。龍姫のことは呼んでいないと白河が断る。

 

「なんですの? 何か特別なことがあったのかしら?」

「そうですね。今、3年生を対象に作品を編集者に見ていただいています」

「編集者!? プロの方ですか?」

「もちろんです。少女漫画の担当編集の方ですので、長鳴さんの作品の批評をと思いまして。作品は持ってきていますか?」

「あの、前の作品なら完成原稿が出せます」

「良いでしょう。それを読んでもらってください」

 

 部屋の前の椅子に座ると、実門は強ばった顔を揉みほぐした。椅子の座り心地が悪い。今まで作品は投稿していたので、持ち込み形式は初めてだ。プロの世界で生きている人の視線が容赦なく突き刺さる。たくさんダメ出しされるかもしれない。

 でも、それで良い。改善点があるということは改善されて良くなるということ。実門は手を擦ると呼ばれるのを待った。

 しばらくして、目を赤くした女子生徒が部屋から出てきた。三年の生徒だろう。厳しく言われたのかもしれない。可哀想に思った。彼女はあたしよりも5歳も歳下なのだ。

 

「次の方」

「はい!」

 

 実門は部屋に入ると、思ったより若い青年が座っていた。天然パーマだ。

 カチューシャをしていて前髪を後ろに持っていっている。デッサンで描く彫刻のメディチみたいな顔だ。中性的。白い机の上にはノートとボールペンがあり、何やらメモした形跡があった。

 緊張して立っていると、座るように促された。

 

「君は3年生? 大人っぽく見えるって言われるっしょ?」

「あたしは4月1日に26歳になりましたわ」

「エイプリルフールじゃん。ウケるね」

「四捨五入したら三十路ですの。笑い事じゃないわね」

「ははは。ちなみに俺も26歳っすよ。じゃあ、作品見せてくだーさい」

 

 実門は欠点を自覚している作品を出すのを躊躇《ためら》ったが勇気を出してポートフォリオを開いた。

 作品は『魔女ソフィーの助手』。価値の最大化やクララ理論を習う前だったから、構成やストーリーに問題がある。キャラも予定調和で弱い。

 目の前の青年は大手の編集者、高学歴に違いない。一方で実門は、契約社員といいつつも、フリーターのようなもの。格差がある。

 編集者は凄い早さでページを捲る。32ページだから16回捲ったら物語は終わりだ。一読して、もう一度初めから丁寧に読み直している。実門はスカートの上で拳を作った。

 

「はい、これ俺の名刺。榊原迅《さかきばらじん》っすね。榊さんって呼んで下さい」

「えっ、あ、はい。榊さん、ごきげんよう」

「はい、ごきげんよー」

 

 前にネットで名刺をもらえるかどうかが重要って書いてあった。実門はすぐにもらえて拍子抜けした。喜びよりも、呆然とした感覚だった。なんか夢の中にいる気分。

 名刺を見ると、出版社・住所・名前・連絡先・メールアドレスが書いてあった。裏を見ると同様の内容が全て英語で書いてある。『月刊少女トライ』。震える手で、名刺を机の手前の縁に合わせた。榊原が漫画を捲りながら質問してきた。

 

「今までどこかで掲載された経験とかあったり?」

「いえ、ないわ。30回連続落選更新中よ」

「マジか。ウケるねー」

「おかしいかしら?」

「うん、おかしいっす。これだけ描けたら絶対に賞を取れる。取れないとしたら的外れなことをし続けているからかも」

「投稿先は『週刊少年アクティ』なんですけど」

 

 榊原は指を鳴らすと、「それが原因っす」と一言添えた。

 

「この漫画は恋愛要素が強い。少年雑誌には合わない。少女雑誌に向けて描いているならわかるっすけど。でも、ふーん。いいじゃん。

 俺この物語結構好きっすよ。月例賞に出す気はあったり?」

「もう、週刊少年アクティに出しちゃいましたわ」

「あー、だからコピーなのか。でも、全然問題ないっすよ。コピーして、あとで教務室に提出しておいてください。俺が持って帰るので」

 作品を持って帰って読んでもらえると、実門は嬉しくて声を出して笑った。

 

「ただ、賞には出せないっすね。二重投稿になるので」

「そうなのね。せっかく描いた作品なのに賞に出せないなんて」

 

 実門は机の上に出していた手を下ろした。

 

「まあ、前向きにいきましょー」

「本当に面白かったですの?」

「そっすね。今日見た中では一番……かな。ただ、物語が整理されていない問題があるっす。特に視点キャラの助手が魔女のソフィーの秘密を暴く展開に緊張感がない。もっと、コマ数を増やして、読者の感情を操作して欲しいっすね。

 でも、良いところもあって特にコマ割りの大胆さ。魅せゴマがちゃんとサービスカットになっている。そこは読者として嬉しい加点ポイントになりますねー。

 もちろん、プロで連載ってレベルにはまだまだっすよ。

 ちなみに作画だけで連載ってする気はあるっすか?」

「ないっすわ。あたし、『花子物語』に憧れて漫画家を目指しているの。だから、物語も自分で考えたいわ」

「ははは、ないっすわって。いや、この作品はアクティじゃないっすよ。やっぱ、うちのトライでやりましょう」

「……」

「アクティだと相当路線を変えないと厳しいっすよ。時間の無駄かも」

「――そうね。あたしに向いているなら、そうしようかしら。時間もないし。でも、ストーリーもやりたいわ。そこだけは譲れない」

「そーなんっすねぇ。勿体ないなぁ。絵だけならプロレベルなのに、ストーリー、弱いっす。ちなみに、この漫画は何ヶ月で描いたんすか?」

「一ヶ月よ」

「へぇー、一ヶ月で? プロットから完成原稿まで? アシは使った?」

「そうよ。ただ、アシスタントは使ってないわ」

「君、天才?」

 

 実門は急に褒められて身体が熱くなった。今まで誰にもそこまで評価されたことはなかった。プロの編集者に才能が初めて認められた。心臓が鼓動する、痛い。思わず胸を手で押さえる。

 眼鏡を外して目を擦ると、涙でアイシャドウが溶けて手の甲に付いた。

 

「さっきの名刺、返してもらうっすね」

「え?」

 

 榊原は名刺の余白に何やらシールを貼っている。実門は不思議そうに眺めた。

 

「これ、俺の個人のLINEのQRコードっす。登録してください。なんか迷ったり悩んだりしたことがあれば、遠慮しないでどんどん訊いてくれて良いっすよ」

「良いのですか? そんな特別な扱いをして」

「早く賞取って、連載して、単行本にして夢叶えましょうよ! 月刊少女トライで!

 あと、浮気は駄目っすよ。担当は俺、榊原迅ということで!」

 

 実門は不安に思っていた気持ちが吹き飛び、空に浮いているかのような感覚になった。肘を脇腹に付けて両手の拳を顎の下に持ってくる。

 

「あたし、もっと頑張ります!」

「俺もっす。同い年同士、漫画業界に風穴を開けたいっすねー」

 

 盛り上がった気持ちを抱いたまま、授業中の教室へ向かう。階段を昇りながら、榊さんが自分には才能があると言ってくれたことを思い出す。ドキドキする。

 これって恋? あたし、榊原迅さんにときめいているの? わからない。家に帰ったら絵馬と話さないと!

 興奮して、今の体験を誰かに伝えたくなった。龍姫の隣が空いていたので座る。名刺を見せたら、とても驚いていた。

 

「このQRコードのシールって?」

「特別の証拠よ。あたし、認められたの」

「凄い! どんどん前に進むー。ミカ先輩に負けないように頑張りますー」

 

 背景効果の授業だったが、実門はさっきの持ち込みで頭がいっぱいだった。隣の席の龍姫のシャーペンの芯が折れたことにも気づかなかった。

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