あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
神社では月狐《つきこ》の授業が始まっていた。長鳴実門《ながなきみかど》は、絵馬と話していたので少し遅れてしまった。上芝結《かみしばゆい》が声を掛ける。
「最近、忙しそうですね。大丈夫ですか? オレは学校と個別指導の塾だけなので楽ですけど。ミカ姉《ねぇ》は大変でしょう?」
「そうね。仕事・学校・漫画・神社。大変っちゃ大変。しかも、最近有名作品のインプットもしないといけないと言われたの。自分のことで精一杯なのに辛いわ」
「いや、インプットは大事や。想像は過去の体験の組み合わせによって生まれることが多い。例えるなら料理やな。食材や調味料が多いほど、たくさんの料理が作れるやろ? それと同じで、色んな事を知っている方が情報という材料が多くなるからな」
月狐はそういうと、狐火で空中に大量の映画や漫画の作品のタイトルを並べた。
「ウチが10年間、勉強したんは創作論だけちゃうよ。こういった有名な作品は全部観たんや。だからこそ、言える。インプットはめっちゃ大事や」
空中には何千本という作品が並んでいて、実門は圧倒された。
「自分の体験からだけ作るのは無理があるのね」
「世界観のスケールが小さくなる理由にもなりそうです。オレが躓いているのも自分の体験をヒントに作ろうとしていることが関係しているかもしれません」
「結は小説少しくらい進んだかしら?」
「取りあえず、一行だけ書きました。『その日は晴れていた』だけです」
「まだ、面白いかどうか判断できないわね」
「物語創作論には換骨奪胎《かんこつだったい》という言葉がある。先人の作品や知恵を借りて、自分の作品に応用することやな」
「パクリじゃないですか」
「いや、パクリやない。ただ、隠してそのまま盗めば、盗作になる。せやけど、抽象《ちゅうしょう》度合いを上げると、もはや別物になるんや」
「チュウしよう!?」
実門の耳が赤くなった。月狐は呆れた顔で宙に『抽象』という文字を書いた。結は以前から、その言葉を知っているのかメモは取らなかった。
「抽象っていうのは、一つ上の次元から観ることや。具体の反対やな」
「その説明が既に抽象じゃない! わからないわ」
「せやな。簡単に説明すると。昔話ってあるやん。どんぶらこっこ どんぶらこ、と桃が流れてきて、桃を切ると」
「赤ちゃんが出てくる! 桃太郎ね」
「ふん。ほんでじゃあ次はこれ。お爺さんが竹取りに行くと光る竹があった。竹を切ると」
「ちいさな女の子が出てくる! かぐや姫ね。あっ、何か似ている!」
「なるほど。構造的には不思議な現象が訪れて、不思議な物の中に赤ちゃんがいる。類似した仕組みがある、ということですか?」
「せや、その構造は抽象的な要素やろ? 具体的ではない。だから、参考にしても問題ないんや」
「では、『父親にもらった懐中時計を落としてしまい、割れると中から不思議な妖精が現れた』みたいな展開は換骨奪胎できていますか?」
「うん。できてるよ。その話を聞いて桃太郎やかぐや姫を連想する人はおらんやろな。それくらい抽象度が高いということや。逆に低いと盗作扱いされるから気を付けや」
「もう少しわかりやすく、抽象と具体を教えてくれるかしら」
「せやな。ええよ。じゃあ、抽象から徐々に具体化する過程を教えたるわ。
『生物>動物>哺乳類>イヌ>柴犬>ポチ』こういうこっちゃ。
徐々に具体化されているのがわかるやろ」
「そうね。抽象と具体について、よく体感したわ」
「わかりやすいですね。階層で考える。月狐先生の教えは勉強になります」
桃太郎、かぐや姫。換骨奪胎。抽象。実門は勢いよくクロッキー帳に書いていた。