あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
クロッキー帳にメモをした長鳴実門《ながなきみかど》は缶チューハイを開けると飲み出した。上芝結《かみしばゆい》はハッカパイプを吸っている。月狐《つきこ》は二人の間にちょこんと座っている。
「換骨奪胎《かんこつだったい》を意識しながら作品をインプットすることで、自分のストックがどんどん増えていく気がするわ!」
「まさに料理の食材ですね。多ければ多いほど良い。但し、肝心なことがありますね」
「肝心なこと? 何かしら?」
「全部使わないってこっちゃ。必要な時に必要なものを必要なだけ使う。そうせな、実門が陥りやすい足し算になってしまうからな」
「そっか。あとはその作品に馴染むかどうかも大事ね」
「色んな作品から欲しい要素だけ持ってくるんや」
実門は長財布の中から編集者からもらった名刺を取り出した。
「じゃーん。これ、あたし専門学校でもらったの!」
「すごいやん、実門。ようやく努力が報われたんや」
「ほら、このQRコード。特別な証なのよ。多分……」
「やはり、行動することは大事ですね。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」
「下手で悪かったわね」
「いや、これは上手やからもらったんや。実門の勲章やね。大切にしとき。ただ、その編集者の言葉に耳を傾けなアカンけど、信念を曲げたらアカンよ」
「信念?」
「自分の気持ちや考えに素直にならなアカン。単に消費される作家になったらアカンねや」
「そうね。あたしの目標は、有名になって、多くの人に楽しんでもらうこと。それはデビューとか連載とか単行本化とかアニメ化とかより先にあるもの。
作画だけの漫画家じゃなくて物語を自分で作りたい!」
「相変わらず、ミカ姉《ねぇ》は欲張りですね」
「当たり前じゃないの。お月ちゃんが神通力を消費してまで教えてくれていることを活かさなくちゃ」
「グサリと来ました」
「結は結のペースでええねん。無理したらアカン」
「いや1年以内には成果を出しますよ」
実門は現在の『ルームシェア×勝負フェア』の案を話した。
「取りあえず似たコンセプトの作品をインプットすること」
「コンセプト?」
「企画のことですよ。つまり、同一構造の作品を読むってことでしょう」
「『同居』『正反対の性格の二人』『喧嘩』『勝負』『実は両思い』ここらへんの要素を持った作品を検索して、集中的にインプットするんや」
「そんなに観てたら似てきちゃうんじゃない?」
「似て良いねん。問題は、差別化や。独創性や。違う所を見つけるねん。そこを作品の武器にするんやよ」
「観たら影響を受けて似てしまって、パクリになりそうだと思ったけど逆なのね」
「せや。パクリにならへんために、観るんや」
「そして、参考になる構造は換骨奪胎で盗む。抽象的だから盗作にならない」
「何かワクワクしてきたわ」
「差別化は難しいから気をつけや。ちゃんと作品のテーマと繋がってないと意味ないからな。どうでも良いところで違いを出しても作品の魅力にはならんのや」
「イエッサーよ」
月狐は空中に主人公になるヒロインと同居人になる男子キャラを狐火で描いた。
「物語で重要なのはキャラクターや。もちろん、世界観・ストーリー・ドラマと色々なスタイルがあるけど、実門が描いている漫画はキャラクターが命や」
「同じ事を絵馬にも言われたわ。もっと強いキャラが見たいって」
「せやろ? だから、似ている作品を参考にする際にはキャラクターをどうやって立てているかを意識せなアカン」
「キャラ立て?」
「前に習った期待値のキャラクター版ですね?」
「結のいう通りや」
「読者がそのキャラを応援したくなるだけの強い理由を設定して欲しいんや」
「猫系女子だけじゃダメってこと?」
「アカン。具体的にどこが猫系なのか? なぜ、猫系女子になったのか? 彼女らしいエピソードや信念があるか?」
「猫っぽくて気まぐれ、友達いない、歌が好き、実は犬系男子が好き。――くらいしか考えていなかったわね」
「全然ルームシェアが完全には活かされてへんね。しかも、勝負も死んでる。何でやと思う?」
「ミカ姉がまだ、ログラインを物語に反映させられていないからですかね」
「それもあるな。やけど、それだけやない。テーマと主人公が一体化してへんことや」
「テーマとキャラの一体化?」
「せや。強いキャラクターを物語の中で動かすと、自然とテーマが浮かんでくる。それはキャラの信念や核がストーリーに反映されてテーマになるからや」
「テーマ→キャラではなく、キャラ→テーマということですか?」
「あ、今の結のわかりやすいかも」
「まぁ、半分正解。真の答えはテーマとキャラの反復や」
「反復? 何度も往復するってこと?」
「せや。『テーマ⇄キャラ』の関係やな。
キャラの信念を読者に忘れへんように、形を変えて何度も伝えなアカン。ちゃんと上手くできれば『キャラの信念が行動を生み、その行動がストーリーを動かす』になるんや」
「今の所あたしの『ルームシェア×勝負フェア』はキャラとテーマが分離しているということね」
「そうや。そのためにも、他の作品を見て、自分の作品の強みを理解して、キャラに反映させるんや。換骨奪胎と差別化。そして、実門の作品ならではの主人公の信念」
「信念ね。難しいけど頑張ってみるわ」
「『信念・欠乏・夢・欲求・核』、呼び方は色々やけど、ここでは全部まとめて、そのキャラを動かす中心として考えたらええ。そのキャラの何が何でも欲しいものを作る。そして、そのために行動させる」
「これも期待値ね」
「おっ、正解。それもキャラの信念を読者の立場から観たものや。信念から生じる行動の一貫性が期待値を作るんよ」
「ミカ姉の作品がどんどん明確になってきましたね」
「嬉しいわ!」
実門は目を潤ませて缶チューハイを飲むと、いつものロボットダンスを踊った。結は白けた目で、実門を眺めている。
「あんまりはしゃぐと転けますよ」
「転けても大丈夫! 何度でも立ち上がるから!」
「何度も転ぶ気ですか? ……はぁ」
結は床几《しょうぎ》に置かれている名刺を見ると、静かに瞳を閉じた。顎を上げて夜空の星を見ると、少し微笑んだ。