あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
今日は長鳴実門《ながなきみかど》が専門学校に通う日だ。最初の授業の『漫画制作』で講師の黄瀬《きせ》先生に報告した。
「あたし、名刺をもらって担当が付きましたわ」
「あら、榊原君じゃないの。良かったわね。QRコードも付けてある。評価されたのね。
だけど、名刺を渡されたからといって、編集者があなたに何かを約束したわけじゃない。可能性を信じているだけ。
編集者にとって、名刺を渡すこと自体に大きなリスクはないわ。対価は……時間ね」
「時間?」
「編集者の仕事は多いの。すでに連載しているプロ作家から、挑戦している新人作家まで何十人もの相手をしている。だから、あなたにどれだけ期待しているかは、どれだけ時間を使っているかで判断できる」
「あたしへの最初のメールは、たくさんの名作を観ろって内容でしたわ」
「そう。なら、まだあなたには期待はしているかどうか不明ね。わかりやすく言うなら、誰にでもしていることを、あなたにもしているだけなのよ」
「特別扱いしてくれているわけではないのね」
「そう考えられるということよ。それに26歳という年齢は若くない。もちろん30代40代でデビューする人もいるし、今は少女漫画の読者層が上がっているので気にする必要はない。
でも、覚えておいて。あなたが目指している世界には、10代で到達している人もいるってこと。名刺をもらって浮かれている場合じゃないの」
「はい。反省してますわ」
「でも、QRコードが付いているってことは、比較的早くやりとりをしたいって意志の現れでもある。つまり、じっくり育てるというよりは、早く連載まで持っていきたい。もしくは、あなたを囲っていたいって意思は感じられるわね」
「ホントですか!?」
「あくまでも可能性としての話です」
実門は顔を伏せて、視線を机の上のプリントに移した。
「反省する時間も勿体ない。あなたには3年生レベルの授業をしろと、白河先生に言われているの。今回は完成原稿を見せてくれる?」
実門は『魔女ソフィーの助手』を見せた。予想通りの感想が返ってきた。実門はそれよりも、今描いている漫画のネームを見てもらいたかった。その旨を先生に言うと読んでくれるそうだ。月狐に指摘されたことを反映したものだ。勝負を前面に押し出している。
『何かを決めるときは勝負するちぐはぐな二人の共同生活』。
この作品の狙いだ。
「『ルームシェア×勝負フェア』。面白い発想ね。ただ、これは少しベタな設定でもあるわ。喧嘩・正反対は、ほぼ全ての少女漫画の定番だし、同居もよくある。新鮮さがない」
「はい。競合となる作品、漫画や映画を参考にした結果、よくある展開だと気づきました」
「それで、どうするの?」
「バランスを調整しましたわ。被っている要素をなくすのではなく、被っていない要素を強く押し出すようにしましたの」
「『喧嘩したら勝負して決める』って部分ね」
「そうです。その要素は他の作品と違っていましたので、意識的に強調しましたわ」
「よく気づいたわね。その選択で問題ない。差別化することは大切です」
実門は先生の反応を見て、取りあえず及第点かな? と感じた。でも、及第点では賞は取れない。まだまだ、足りない要素があるかもしれない。先生はネームをぱらぱらと捲ると口を開いた。
「『ルームシェア×勝負フェア』ってタイトルがダサいと思うの。もっとキャッチーな方が良いと思うわ」
「キャッチーですか」
実門は予想外の不意打ちに言葉が詰まる。タイトルの検討はしていなかった。タイトル一つで読むかどうかは決まる。重要な要素ではある。勝負、しょうぶ、ショウブ。
「『ルームシェア×ショウブフェア』はいかがかしら? 呼び方は一緒だけど表記を少しポップな感じにしましたの」
「うん、良いわね。『勝負』という堅苦しさがなくなって、より若い感じがする。『ショウブフェア』って言葉の意味が最初わからないのも良いわね。読んでいるうちに理解できる」
「ありがとう存じます」
先生はページを捲る。実門の背中からは、課題に取り組む生徒たちのペンを走らせる音が聞こえる。
「物語の冒頭で、主人公の女の子の目的をハッキリと強調した方が良いわね」
お月ちゃんが言っていたことと同じだ!
「目的ですね。例えば何かしら?」
「それを考えるのは作家の仕事です。今のままだと、どこに行くかわからない車に乗せられているようなもの。だから、作品の方向性を早めに伝えるのが大事」
実門はヒロインの目的を未だ決められずにいた。この子は何を求めているのだろう。何に飢えているのだろう。
「ヒントをあげる。『私は漫画家になるのが夢です』、なんて普通の人は言い回らないでしょ?」
「あたしは言い回ってますけど」
「あなたは例外。自然に感じさせるには、展開を工夫する必要がある。彼氏が欲しい少女を主人公にするのであれば、付き合っているカップルを観て羨ましがるとか、恋愛漫画をたくさん読んでいるとか、エピソードで読者に伝えるの。言葉で直接伝えると伝わるけど、説明臭くなって重みがないでしょ?」
「台詞の重み……、考えたこともなかったですわ」
「『沈黙は金』。本当に見せたいシーンは、台詞をなくして絵だけで見せる。漫画なのだから」
「漫画ならではの特徴を活かすってことかしら」
「そうです」
「あと榊原君にはできるだけ早く連絡を取りなさい」
「作品が完成してからですか?」
「いや、名刺を貰ったということはネーム、もしくはプロットの段階で相談してくれるはず。逆にいえば、連絡しないとすぐに忘れられるわよ。漫画家志望者は増えることはあっても、減ることはないのだから」
「心に刻むわ」
席に戻ると、『台詞を減らす』とクロッキー帳に書いた。隣の席で赤羽龍姫《あかはねたつひめ》が今回の課題にうんうん唸っている。実門も今回の課題を始めた。テーマは『夢』だった。