あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える 作:鳳 雛
「ログライン……?」
聞いたことがある言葉に胸がざわついた。物語の勉強をしようと思って買った本に書いてあった言葉だ。ちゃんと読むのが面倒で本棚に挟まっているはず。
「創作論は参考書みたいなもんや。買っただけで満足してしっかり読まへん。それでは、身にならんやろ。お金の損失と空間の圧迫を生み出すだけや」
「――で、あたしの漫画はどうだった?」
実門《みかど》は恐る恐る尋ねる。両手が組まれている。内股気味の足は不安定だ。
「漫画の題材自体は平凡で退屈や。物語の流れがめちゃくちゃで、展開が支離滅裂。主人公は唐突に変化するし、ジャンルも不明。作者が何を言いたいかわからん」
「そんな……」
「だから、『ログライン』やねん」
「ログラインを意識したら漫画は面白くなるの?」
「はっきり言って、めっちゃ面白くなる。実門は話作るのは壊滅的に下手くそや。ただ、絵はめっちゃ上手いし、コマ割りも読みやすい。これは作家の原石や」
「原石。……あたし、宝石になりたい!」
「そうやな。
だから今の贅肉だらけで背骨のない状態をなんとかせなアカン。
まずは今描いている漫画のログラインを考えてみ」
「ログラインって結局どういう意味なの?」
「そっからやな。
ログラインは物語を一行から三行くらいにまとめたもののことや。つまり、あらすじをさらに圧縮したもののことやね」
「32ページもある漫画を一行で表現するのは難しいわ」
「ログラインは決めておくだけで、迷子にならへんコンパスのようなものや。書いている途中に迷ったらログラインに立ち返ったらええ」
実門は頭を抱えると床几(しょうぎ)に座る。缶チューハイを一気に飲み干すと、クロッキー帳に何やら書きだした。すぐにページは埋まったが、まとめることはできなかった。
「いつも実門がやってるのは足し算や。ログラインは引き算。とことん贅肉を落として骨格だけを抜き出す」
「ログラインってそんな大事なの?」
「めっちゃ大事や。物語の方向性・他人への説明・他作品との差別化。全部できる」
「一行で説明するなんて考えたこともなかったわ。一気にアイデアを爆発させてページを埋めるのがあたしの流儀なの」
「せやろな。だから後半になるにつれて、物語が肥大化して設定の羅列になる。最初から全体像を俯瞰して、適切な配置を意識すれば解決できる問題や」
「小学校の時はできたのに、なんでできなくなったのかしら」
「それは色々と思いつくことが多くて、整理整頓ができなくなってるからや。逆にいえば、その弱点を克服すれば、一気に多作の連載作家になってもおかしない」
実門は自分の可能性を想像してむずむずした。居ても立ってもいられなくなり、スマホで機械音のBGMを鳴らすと踊り出した。
普通の踊りではない。アニメーション、つまりロボットダンスだ。もやもやした時は身体を動かす。実門の習性だ。
「なんやそのカクカクした踊りは。最後にログラインのコツを一つ教えたるわ」
実門は空になった缶を踏んで潰す。
「ログラインのヒント教えてちょうだい!」
「まず、物語の最初と最後を決める。これで二行。ほんで、その途中を考える。これで三行や」
「……、そう聞くとあたしにもできそう! 簡単じゃないの」
「せや、ちょっと練習しよか。じゃあ、まず『アンパンマン』」
実門はクロッキー帳に文字をたくさん書いていき、必要のないものを塗りつぶしていく。
「できた!
最初はアンパンマンというキャラクターが出てくる。最後はバイキンマンを倒す。その途中は、子供を助けたり、ご飯を食べたり、パトロールしたり、しょくぱんまんやカレーパンマンと修行したり、他にも色々する。」
「もっと具体的に考えるんや。今のままやと初めて聞いた人は意味わからんで。アンパンマンはどんな人物なんや? 物語の最後はどんな世界になるんや? しかも、途中は詰め込み癖が発揮されてるし、色々ってなんや?」
実門は床几に腰を落とすと、再びクロッキー帳を開くと色々と書き始めた。月狐は実門の隣に座るとその様子を覗いている。
実門は額の汗を紺のスカーフで拭う。
「できた!」
「よっしゃ、聞かせてみ」
「正義感の強いアンパンマンは、
バイキンマンにいじめられて困っている人を助けて、
平和な世界を維持するために奮闘する……物語」
実門はどや顔で腕を組み、潰れた空き缶を蹴飛ばした。
「やるやん。これをたくさんの物語で練習するんや。これは物語創作に役立つだけやないで。人生においても役に立つんや。
物事の本質を抜き取り要約する技術やからな。他人とのコミュニケーションにも応用できる」
「あたし、今の漫画のログラインも考えて描き直してみるわ」
「偉いやん。途中まで描いた作品を作り直す覚悟は普通は持たれへん」
「30作品連続で落選しているあたしからしたら、簡単よ!」
実門は先ほど蹴飛ばした空き缶を拾うと嬉しくて再び踊り出した。