あと1年で漫画家になる。新人賞30回落選のあたしを、消えかけの稲荷神が鍛える   作:鳳 雛

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第8話 要約

「ログライン……?」

 

 聞いたことがある言葉に胸がざわついた。物語の勉強をしようと思って買った本に書いてあった言葉だ。ちゃんと読むのが面倒で本棚に挟まっているはず。

 

「創作論は参考書みたいなもんや。買っただけで満足してしっかり読まへん。それでは、身にならんやろ。お金の損失と空間の圧迫を生み出すだけや」

「――で、あたしの漫画はどうだった?」

 

 実門《みかど》は恐る恐る尋ねる。両手が組まれている。内股気味の足は不安定だ。

 

「漫画の題材自体は平凡で退屈や。物語の流れがめちゃくちゃで、展開が支離滅裂。主人公は唐突に変化するし、ジャンルも不明。作者が何を言いたいかわからん」

「そんな……」

「だから、『ログライン』やねん」

「ログラインを意識したら漫画は面白くなるの?」

「はっきり言って、めっちゃ面白くなる。実門は話作るのは壊滅的に下手くそや。ただ、絵はめっちゃ上手いし、コマ割りも読みやすい。これは作家の原石や」

「原石。……あたし、宝石になりたい!」

「そうやな。

 だから今の贅肉だらけで背骨のない状態をなんとかせなアカン。

 まずは今描いている漫画のログラインを考えてみ」

「ログラインって結局どういう意味なの?」

「そっからやな。

 ログラインは物語を一行から三行くらいにまとめたもののことや。つまり、あらすじをさらに圧縮したもののことやね」

「32ページもある漫画を一行で表現するのは難しいわ」

「ログラインは決めておくだけで、迷子にならへんコンパスのようなものや。書いている途中に迷ったらログラインに立ち返ったらええ」

 

 実門は頭を抱えると床几(しょうぎ)に座る。缶チューハイを一気に飲み干すと、クロッキー帳に何やら書きだした。すぐにページは埋まったが、まとめることはできなかった。

 

「いつも実門がやってるのは足し算や。ログラインは引き算。とことん贅肉を落として骨格だけを抜き出す」

「ログラインってそんな大事なの?」

「めっちゃ大事や。物語の方向性・他人への説明・他作品との差別化。全部できる」

「一行で説明するなんて考えたこともなかったわ。一気にアイデアを爆発させてページを埋めるのがあたしの流儀なの」

「せやろな。だから後半になるにつれて、物語が肥大化して設定の羅列になる。最初から全体像を俯瞰して、適切な配置を意識すれば解決できる問題や」

「小学校の時はできたのに、なんでできなくなったのかしら」

「それは色々と思いつくことが多くて、整理整頓ができなくなってるからや。逆にいえば、その弱点を克服すれば、一気に多作の連載作家になってもおかしない」

 

 実門は自分の可能性を想像してむずむずした。居ても立ってもいられなくなり、スマホで機械音のBGMを鳴らすと踊り出した。

 普通の踊りではない。アニメーション、つまりロボットダンスだ。もやもやした時は身体を動かす。実門の習性だ。

 

「なんやそのカクカクした踊りは。最後にログラインのコツを一つ教えたるわ」

 

実門は空になった缶を踏んで潰す。

 

「ログラインのヒント教えてちょうだい!」

「まず、物語の最初と最後を決める。これで二行。ほんで、その途中を考える。これで三行や」

「……、そう聞くとあたしにもできそう! 簡単じゃないの」

「せや、ちょっと練習しよか。じゃあ、まず『アンパンマン』」

 

 実門はクロッキー帳に文字をたくさん書いていき、必要のないものを塗りつぶしていく。

 

「できた!

 最初はアンパンマンというキャラクターが出てくる。最後はバイキンマンを倒す。その途中は、子供を助けたり、ご飯を食べたり、パトロールしたり、しょくぱんまんやカレーパンマンと修行したり、他にも色々する。」

「もっと具体的に考えるんや。今のままやと初めて聞いた人は意味わからんで。アンパンマンはどんな人物なんや? 物語の最後はどんな世界になるんや? しかも、途中は詰め込み癖が発揮されてるし、色々ってなんや?」

 

 実門は床几に腰を落とすと、再びクロッキー帳を開くと色々と書き始めた。月狐は実門の隣に座るとその様子を覗いている。

 実門は額の汗を紺のスカーフで拭う。

 

「できた!」

「よっしゃ、聞かせてみ」

「正義感の強いアンパンマンは、

 バイキンマンにいじめられて困っている人を助けて、

 平和な世界を維持するために奮闘する……物語」

 

 実門はどや顔で腕を組み、潰れた空き缶を蹴飛ばした。

 

「やるやん。これをたくさんの物語で練習するんや。これは物語創作に役立つだけやないで。人生においても役に立つんや。

 物事の本質を抜き取り要約する技術やからな。他人とのコミュニケーションにも応用できる」

「あたし、今の漫画のログラインも考えて描き直してみるわ」

「偉いやん。途中まで描いた作品を作り直す覚悟は普通は持たれへん」

「30作品連続で落選しているあたしからしたら、簡単よ!」

 

 実門は先ほど蹴飛ばした空き缶を拾うと嬉しくて再び踊り出した。

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