メルクストーリア 半熟盟主と語られざる星々 作:へきごっとぅー
ユウメルは現在国別2ndの半分直前までいっている時空です
ギルドはもう、回答祭後編からいいとこどりはしつつも独自設定でいくつもりです(読破済……涙)
君の暮らす紹介所近くの街の近くには、癒されているモンスター達が種族を超えて憩いの場としている長閑な草原がある。
青々と陽射しを照り返す草花と、椅子代わりにも出来そうな岩とが混在しているそこは、街の人々が頻繁にピクニックなどの行楽目的で訪れることが多い。
そして、ついさっきまでそんな場所で家族と休日を満喫していた、さっき這々の体で駆けつけてきたお父さんが言うには。
「おいっ、あんたら一体何したんだ!? あのフランベア達、癒術がなくても割と自制出来るタイプだった筈だろ!? 何であんな気が狂ったように暴れ回ってる!?」
「す、すいません……彼らの巣の近くでピクニックしていたら、どこで買ったのかはわかりませんがチョコレートをうちの子達が勝手に与えていたようで、そしたら子供達は平気そうだったのに母親フランベアのほうがあんな風に……!」
「チョコだぁ? いやいやそれだけであんな風になるのかよ!?」
因みにこのお父さんの言うことの正しさは後日、財布を拾ってもらった子供にうっかり『一度食せば思考を鈍らせ噛んだ歯が虫歯になる』特殊な木の実の糖分をねりねり練り込んだチョコを誤ってお礼のお菓子詰め合わせの中に紛れ込ませて渡してしまったと、騒ぎを聞いて紹介所とご家族へ謝罪に赴いた植物学者の青年*1の説明で証明されることになるが
そんな真実のあるなしは今のところ、暴走して親子を追いかけるあまり街の近くまで接近してきていたフランベアを止める術にはなりはしないのだった。
先程のの悲鳴(母フランベア)を聞き、即座に席から立ち上がったのはラーテルであった。君もダレンもその後に続いた結果、何人かの有志でフランベアを足止めしているまさにその真っ最中に出くわしたのだ。
「……えーとすまんがラーテル君よ。それなりに仕事してるとは聞いてるが、あのサイズのモンスターを癒したことは?」
「そ、総計2回くらい、なら……」
[明らかに声が震えて……]
[因みに他に戦力になってくれそうな人は?]
「さっきお母さんが騎士団詰所のほうに状況を伝えに走ったらしいが、間に合うか微妙だな……新人クン、因みに聞くが最近剣のほうは」
『がるるるぅぅぅ!』
しかしダレンが最後まで言葉を言い切るよりも前に、無作為に振るわれたその爪が、近くに生えていた岩をバターのように削り、四方八方へ四散させる。
その破片は無論、君達のいる方角へも迫ってきていた。
「おい皆! 伏せ――」
「でりゃああああっ!」
その時――君は確かに見た。しなやかに空に跳んだ脚蹴と、流麗な曲線を描くルーレットの回転盤が、複数の破片を打ち砕くのを。
「おい、大丈夫かあんたら!」
「これは……単純に人間だけ狙ってくるよりも危険だな。モンスターの身もボロボロになりかねな――」
岩をたった今迎撃した二名の内の片割れが振り返った時。
君は固まったし、相手も表情が一瞬露骨に固まった。
忘れられる筈もない。君が割り振った依頼及び、同僚として派遣した人材のせいで大変しっとりした死ぬほど気まずい空気の中で仕事をする羽目になった冒険者のことを。
「……だ、大丈夫大丈夫。その……知らなかったものはしょうがないし」
ちょっと困ったように頬をかく、優男風ではあるが仕草も仕事ぶりもスマート(実際先輩が仕事を押しつけていたので尚心苦しい)と評判の西部の国のディーラーことヴァーディル氏は、フォローするようにそう言ってはくれるが、その優しさが却って心苦しい君である。
「あれ? 誰かと思えば紹介所の兄ちゃんか。こないだは世話になったな!」
一方の砂漠の国の格闘家ことファム少年は、両者のちょっと何とも言えない空気を物ともせずに問いかけてくる。
先日宿命のライバルと巡り会ったこと自体は、彼にとってはそこまでトラブルと呼べる程でもなかったのなら幸いである。
「えーと、二人とも新人クンの知り合いか? ……なら丁度いい、細かい説明は省くが、あのフランベア一緒に足止めしてもらっても?」
「そのつもりじゃなきゃ、ここまで駆けつけてきてませんよ」
「街の外からあの悲鳴凄かったからな。野次馬根性で来ちまったが、結果的に正解だったぜ」
君が知る中でも、モンスターの撃退経験はそれなりにある二人はその拳を、戻ってきた飛輪を構え直して今も暴れ狂うフランベアに向き直る。
――どうしよう。
一応『得物』は持っているが、君は割とモンスターとの戦闘から離れて久しい。
一瞬腰元に提げたとある物に視線をやるも、数秒迷ってかぶりを振る。
「……おい、新人のにーちゃん。悪いけど、他の人達を避難させといてくれないか? さっきから、混乱したり腰抜かしたりで動けないでいる人たちが多いみたいなんだ」
そう静かに頭一つ分下の視界から、ラーテルがこちらを見上げるように声をかけてきた。
ダレンに問いかけられた時は震えを隠せなかった筈の彼が、今は強い眼差しでこちらを――次いでフランベアのほうを見つめている。
[……確認するけど]
[契約してるシードモンスターとかは?]
話で聞きかじった程度だが、大抵の癒術士は自分が癒したモンスターからティンクルシードを貰って、癒術の行使中に守ってもらっているパターンも多いという。
だが、君の問いかけにラーテルはかぶりを振った。
「大丈夫だ。ダレンさんもあれでただ者じゃなさそうだし、他の二人も頼れそうだ。だったら俺は守ってくれる奴らを信じて、癒術をかけるしか出来ることはない」
――君は、圧倒されてしまった。
さっきまで、有名な同世代癒術士への対抗心やらであんなに弱音を吐いていた姿なんて微塵も感じさせない程、目の前のラーテルはしっかり背筋を伸ばして、目の前の脅威を向き合っている。
その迷いのない姿に触発されたのか、護衛を任された他3人は、不適に笑ってラーテルの周囲を囲む。
そんな彼らの姿を見せられ、君は――パン!と己の頬を両手で叩いた。
一瞬瞠目したラーテルに一言挨拶をしてから、そのまま人々の避難誘導の為、足裏に力を込めて歩き出した。
――それから、どれくらい時間が経ったのかはわからない。
老人や子どももいる故に避難誘導は想像以上に時間がかかってしまった。
本来ならば、現在の戦闘力に自信がないのなら街で待機しているほうがいい。それでも尚――君の足は、さっきまでいた草原へ一直線に舞い戻ろうとしていた。
理由など、今は考えない。考えて、速度を落としてはいけない。
それだけを胸に、何に突き動かされているかもわからないまま。
そして戻ってきた時、既に戦闘は佳境へ入ろうとしていた。
フランベアの爪を、いなし、跳ね返し、時には懐に潜り込んでヘイトを稼ぐ護衛役達の後ろでは、ラーテルが目を瞑って輝く魔方陣のようなものの中央で癒術を使っていた。
円に刻まれ輝く輝く大輪の花は、職場のカウンターのクロスなどで普段から目にしている馴染み深いものでーー
[……ああ、そうだった]
[癒術って、こういう……]
かつての故郷の思い出を思い返し、ノスタルジックになりかけるのを慌てて頭を振って阻止する。
そのまま改めてフランベアのほうを見た時――
ふと、無視しがたい違和感のようなものが首元を掠めた。
大きく首と爪を振り、それでいて本能故なのかポケットの我が子を守りながら暴れているフランベア。
何かが、足りない。でも何が?
そう思った時――先程のお父さんからの説明が、電撃のように脳裏に閃いた。
『子供達は平気そうだったのに母親フランベアのほうが――』
そう――フランベアは、ポケットに入りきらない子供は親にしがみついている。逆に言えば、子供一匹であった例が少ないくらいには、多産タイプが多いという通説があった。
なのに今、そのポケットには子供が一匹しかおらず――。
思考が結論へ行き着くその前に、君は見た。
魔方陣の外側から、のそのそと。しかし着実にラーテルの背後へ迫っている、白い毛皮の子供達2匹を。
どう見ても、母親のような狂乱状態ではない以上チョコの影響はなさそうだ。しかし、癒されていないフランベアから生まれている以上人間への攻撃衝動はある。
まして母親と対峙している人間なら、尚更――
何故気づかな
癒術に集中
ダレンさん達 母親への対応
今やるべきことは
バラバラの思考が駆け巡ったのはほんの一瞬で――気づけば君は、これまででも史上最速ではないかと自画自賛する程の脚力で走り出していた。
「っ!? にーちゃんなんで」
その言葉に答える余裕がある筈もなく、君はただ黙って、鞘に収めたままの愛剣で、ラーテルの背中目掛けて飛びかかってきた子供達の身体を受け止めた。
小型とはいえ結構な衝撃だったが、何とか踏みとどまる。
だが、結果として事態は更なる混迷を極めた。
この事態に流石にラーテルの癒術の集中が途切れ、ダレン達もまた予想外の不意打ちに攻撃の手が緩み――何より。
剣を手にした人間と、我が子達が向き合っている状況を目にした母フランベアの身体から、最早チョコレートの混乱によるものではない明らかな怒りが迸った。
『がぁぁぁるぅぅぅぅっ!!』
ラーテルと君目掛けて振るわれた爪は、辛うじてダレンの槍によって軌道こそ逸れたものの――地面を抉り、想像以上の風圧を伴い二人へ襲いかかる。
「うわあああっ!!」
びろびろと頬がめくれる程の風圧を、君は数回たたらを踏みつつ堪えたが、ラーテルの小さな身体は思い切り吹き飛ばされ――そして。
気づいてしまった。その身体が行き着くであろうその地点に、どっしりと生えた大岩を。
「ラーテル!!」
それを目にしたダレンの呼びかけは絶叫に近かった。
ファムが恐らく、君以上の脚力を以てラーテルを受け止めるべく走り出し、再び振るわれる爪をヴァーディルが必死に阻む。
そして――
幼なじみにもうっかりこぼしてしまう位には迷っていた筈のその言葉が、君の口からこぼれていた。
[――来てくれ!!]
[エニグマ!!]
――ティンクルシードが鳴らすは心の音。
そこに自身のものが含まれるなら、それがどんな風に響いて広がったかなど。
戦闘の鉄火場で確かめるにはささやかすぎるそれを、その時の君には確かめる余裕もなかった。
ただその代わり――
『――GVRAaaaaaaaaaaaaッ!!』
地底から轟く邪神の唸り声と評しても差し支えなかろう、腹の奥まで響く重低音が君の鼓膜を貫いた。
……結論から言えば。
一応『相棒』が現れてからは、割とスムーズに場を持ち直し、自分も申し訳程度に剣を振るい――ショートカットにも程があるが、何とかフランベア達はラーテルによって癒された。
とはいっても母フランベアは現在、駆けつけた歯科医*2によって、混乱する程の痛みをもたらしたチョコレートによる虫歯を絶賛治療中。因みに子供達は問題のチョコにあたらなかったらしく、癒された現在は街の子供達と草原でゴロゴロして遊んでいる。
「おい、もっと肉食べとけよ肉! 兄ちゃんやっぱり顔色悪いぜ?」
ファムに差し出された紙皿いっぱいの串焼きを引きつり笑いで受け止めつつ、君は周囲を見渡した。
あのあと避難した人々を始めとする街の人々が、フランベアを先頭切って癒してくれたラーテル達にお礼をしたいと、やいのやいのと色んな案を出した結果――あとから事態収拾の為にやって来た紹介所職員たちも含め、何故か件の草原でバーベキュー大会が始まった。紹介所職員の一人が以前プライベート魔法の国から取り寄せたはいいものの、休みが取れなさ過ぎて倉庫の隅で埃を被っていた魔宝石入りコンロセットを使って。
ちゃっかり来ていた先輩もまた再会したヴァーディルに『お願い』を――しようとしたところで昔からの旧知であるダレンに笑顔でストップをかけられ膨れていた。
「にしても、兄ちゃんがそんなデカブツシードモンスターと契約してるなんて知らなかったぜ。一体どこで知り合ったんだよ」
『……』
デカブツ、と呼ばれたことなど歯牙にもかけない風に、先程君に召喚されたシードモンスター……エニグマは、『冥界の竜』と渾名されるその偉容そのままの悠然とした態度であった。そのつぶら(外殻とでもいうべき部分の本体のほう。多分)な眼で悠然と周囲を見渡し、串焼きを串ごと口()に放り込んでは串だけまた同じ口から放出する、という食事行為を繰り返している。
巨大な体躯を覆う黒紫の霧は、日没寸前ということもありお化け屋敷にでもいたら相当な迫力だったろうが、前脚後ろ脚全てで串焼きを握っている様が実にシュールである。
傲岸不遜な態度だが、ラーテルが岩にぶつかる前にしっかりキャッチし(本人はいきなり眼前に現れた竜種に気絶しかけたが)、召喚時の咆哮で以てフランベアを怯ませイニシアチブを握るなど、十分過ぎる程貢献しているのだ。肉尽くしで感謝を示しても足りなかろう。
「にしてもすごかったよなあの声……さしものおれですら一歩引いちまったしよ」
「まあ、西部じゃああいう野生動物同士の威嚇なんて日常茶飯時だけど……聞いた瞬間の悪寒は確かにすごかったよな。確かに当分夢でうなされそうだ」
若干青ざめた顔のファムと、冗談か本気かわからない素振りでサラッと宣うヴァーディルである。
[……まあ一言で言うなら]
[行き倒れているところにご飯をあげた縁で]
端的には言うけれど、事態はもう少し複雑であった。
出張した先で、癒されてはいるものの結構な怪我を負っている筈のモンスターが治療もそこそこに逃げだし、放っておいては衰弱死の危険もあったという話を聞いて捜索に駆り出され。
他の冒険者達と共にやっと見つけた時には相当危険な状態であり、その後は他の冒険者達と共に何とか薬やらパンやらを詰め込んで応対したドタバタした記憶しかなかった。
その後、持ち直して完全回復したエニグマは、癒した癒術士にも渡さなかったティンクルシードを雑にポーンと君に渡した後、そのまま旅立っていった。
その時同行していた、曰く『モンスターの言葉がわかる』女性によれば、友達を探して旅をしているようだ、とのことだった。
正直そんな重い目的を抱えて今も放浪するモンスターを、そこまで友誼を結んだような覚えもないのに呼んでいいのか、と今日の今日まで呼ばなかった訳だが……。
「……でも、今回来てくれたんなら案外君のこともちゃんと友達と思ってるのかもね」
[そうは言っても……]
[食料詰め込んでた時パンチでぶっ飛ばされたんですが]
ヴァーディルは『まあツンデレってやつでしょ』と言ってサラリと流した。
「しかし新人クン、本当に大丈夫かぁ? 現役の頃も別に強いって訳でもなかったが、あの程度でスタミナ切れする程じゃなかったろ」
「……やっぱ新人のにーちゃんって冒険者とかだったのか?」
一応軽く首肯して、ごく短い期間だったことは付け加えておく。
ダレンの表情はニヤニヤしつつも心配の色も確かに見受けられ、そんなに顔色が酷いならまずここ最近のデスマーチなのでは、と口には出さないが紹介所の面々を見る。
同じ業務内容だった筈なのに、降って湧いた宴会の機会にバンバン酒と肉を摂取している。 あのレベルになるにはまだ遠そうだ、と思った。
そのままのんべんだらりと周囲と雑談している内にエニグマは旅路に戻り、宴もたけなわといった雰囲気になってきたところで――
君が座っている岩場のすぐ横に、ラーテルが静かに腰掛けてきた。
「……さっきはありがとうな、新人のにーちゃん」
そう言って、コップに注がれたお茶を差し出してくる。無造作に受け取り喉を潤したそれは、肉の脂とソースのしつこさをさっぱり洗い流してくれた。
「そんで助けてもらっといて言うのもあれだけどさぁ……あんな鬼強モンスターと契約してるんなら、もっと早く喚んでくれたら話早かったんじゃねえの?」
そんな不満げなラーテルの表情に、君はさもありなんと内心頷いた。作戦の要であり一番危険なのは癒術士なのだから、ああいう事態になる前にエニグマがいればもっとスムーズだったと思うのは当然だろう。
[正直な話]
[エニグマが本当に来てくれるかあまり自信がなかった]
――あの女性が言うことが確かなら、あんなボロボロの身体になっても探し求める友達に必死なエニグマが。
あの時助けた面子と比べればそこまで恩義を向けられることもしてない自分の呼びかけに、本当に答えてくれるのか。
紹介所の内勤である以上、エニグマが必要になる事態が早々なかったのもある。
自分がエニグマをどう想ってるのかもわからないのに、信頼の証でもあるティンクルシードを託してくれたことが逆に怖くて。
その癖彼がそこまでの情を以て鈴を与えたのでなく、ホントにただの気まぐれだったと突きつけられてしまうのが、勝手ながら怖かった。
……今にして思えば、エニグマが返してくれた気持ちに対して失礼極まることだ、と今更ながら君は深く自己嫌悪の真っ最中である。
あとついでに言うと、初対面のボロボロの印象が先立ってこういう荒事に喚んでもいいのかわからなかった、というのも本音の一つだ。
「いやいやいや冥界の竜とまで呼ばれてるモンスターにそんな……――まあ、あんたも必死だったんだな」
呆れ顔の後に少しだけ、共感を示したようにラーテルは微笑む。
「自分で言うのもなんだけど、俺って結構いいとこの坊ちゃんでさ」
ラーテルは手にした串焼きの肉を、豪快に歯で丸ごと引き抜いて口に収めるという実に豪快な食べ方で腹に収める。しかし、その表情は実に憂いを帯びていた。
「いい家に生まれるってことはさ、その暮らしを支えてくれている人達の為にも、果たすべき責任を果たさなきゃいけないってことだ。毎日仕事を頑張ってる父う……親父の姿を見てて、ガキなりにそう思ってた。でも、勉強もマナーも頑張ってみたけど、俺は色々要領が悪すぎて……」
パチパチと燃える炎を見つめるラーテルの様子には、昼間愚痴っていた時のような捨て鉢な感じはしない。しっかりと、彼にとっては苦い過去を受け止めている。
「癒術の力があるってわかって、初めて自分に自信が持てた気がした。でも、慕ってくれる弟がこれぞ理想の跡継ぎって感じに何でも出来る奴だったから……いつの間にか、家にいるのがどんどん息苦しくなって」
気持ちが分かる、なんて安易に言ってはいけないが共感は出来た。仕事を始めたての頃なんて、紹介所の先輩どころか自分に出来ないことを出来る同僚全てに劣等感故に空回りしていた君としては、割と他人事じゃない話である。
「ある事が切っ掛けでついに父上とも大喧嘩になって、『大癒術士になってやる』って家を出たんだ。自分一人で生きてくのってすごく大変で、でも紹介所の人達にも助けられながら仕事をして、やっと自分だけで生きる力を身につけられた、この調子でいつか夢を叶えてやるんだって有頂天になってた時に……『エノ村のユウ』のこと知っちまってさ」
……一瞬だけジト目になった瞬間、彼の手の中の串がボキリと折れる。
「俺と同い年で、旅に出た時期も同じくらいなのに外国の行く先々ですごい事を成し遂げる奴がいるとかなんてさ。鼻を折られた気になったのもそうだったけど……あんな啖呵切っておいて、一瞬『どうしよう』なんて逃げ腰になっちまった自分が許せなかった。家を捨てても追いかけてる夢の筈なのに、また自分より凄そうな奴に息が苦しくなって逃げようとしてんじゃねえよって」
――でもその結果、自己否定だけで終わらず最初のやり方はどうであれ『白黒つけたい』に行くのはある意味前向きだと思う。そう呟く君に対し、ラーテルは力なく笑いながら、
「いや、今にして思えばダレンさんの言う通りだったよ。フランベアを癒そうと踏ん張って、やっとわかった。
きっとそいつも、同じだったんだ。目の前のモンスターを癒す為に出来ることをしていたってだけで、俺が勝手にイメージして怖じ気づいた、冒険譚みたいな後からの結果だけ聞いて点数と差を、俺自身がつけようとしてたんだ」
昼間にユウの話を聞いていた時とは違って、君もその言葉をスルッと飲み込むことが出来た。
彼が成長して、何かすごいことをするのが当たり前になった、ではなく。
自分のやるべきことをして、それがたまたま冒険のように『すごい事』となった。――そちらのほうが、確かに彼らしいと。
「なあ、聞かせてくれないか? ……最近会ってない、っていうのは知ってるけどさ。あんたから見た『ユウ』って、どんな奴だ?」
問われて、ふと意味もなく瞬きをした時。
最初に浮かんだのは、木漏れ日の差し込む故郷近くの森と、転がるバスケットだった。
――な、泣くなよぉ、お前ら……!
途方に暮れたような声が聞こえたと思ったら、先程おつかいに出て行ったお隣の少年が、足元を見下ろしているのが見えた。
何だか小さなびゅいびゅいという鳴き声も微かに耳を掠めてきたので目をこらしてみれば、何か泣きそうな顔でお団子のように重なり合っているラビューン達が複数体いた。
――そりゃ大の大人も一口食べたらモンゼツするってウワサのなすっごい苦い木の実うっかり食べちゃったのは大変だろうけど、毒とかないから大丈夫だって!
ころん、と足元に転がる木の実の皮の色は、確かに知っている。割と前に、熟すまでは採らないほうがいいとエノ村の回覧板でも注意を促されていたものだった。
因みにそれを実証した最初で最後の人間の犠牲者は君の父だった。
何だか後ろに目が生えててこちらに向かって話しているのでは? と疑いたくなる程の説明口調だったが、恐らく君に気づいてはいなかった。多分。
――うぅ……でも、そーゆーの口直しがないときついよな……おれも母さんににっがい風邪薬飲まされた時、この世のオワリを予感したもん……
そして、バスケットとラビューン達との間で少年は瞳を彷徨わせる。そして、意を決したように中をゴソゴソ探ったと思えば、中から赤いジャムの瓶を取り出した。
……おつかいの品を勝手に消費したら何を言われるかなど、この年にしては利発なこの少年が、わからなかった訳はないだろうに。
――ほら、これ食べたらきっと苦さなんて吹っ飛ぶぞ! 言っとくけど、毎回こんな風に助けてあげられるホショーなんてないんだから、次からは気をつけろよな!
そう言って蓋を開けようとして――
十秒。
二十秒。
三十秒。
……ぷるぷると涙目になってきた少年を見ていられなくなり、君は一歩踏み出してその名を呼んだ。
[……癒術士になる前から]
[優しい子だよ]
結局うまく言葉を出てこずに、それだけ言うのが精一杯だった。
「そっか。……だけど」
スタン、と軽やかに立ち上がって伸びをしてから、ラーテルは高らかに胸を張り、君に誇らしげに告げる。
「やっぱデッカい夢を追う以上、ライバルの一人や二人いなきゃ張り合いがないからな! 俺もいつかは外国に旅に出て、『ユウ』と会えたらまずは挨拶代わりに一勝負してやりゅじぇ!」
最後の最後でお帰り噛み噛みモード。内心でだけそんなことを思いつつもついつい沈黙を保ってしまった君は、しかしやがて耳まで赤くなったラーテル本人に吠えられた。
「……いっそいじれよぉぉぉぉっ! あんたもダレンさんも大人の対応でスルーしてくれたけど、流石にこの場面でそれされるほうが居たたまれないんだにょぉぉぉぉっ!」
……過度な配慮も却って良くないのかも知れない。
君はそんな風に思いつつ、宴会の中央で盛り上がっているバーベキューの火の煙を、ボーッと視線で追っていた。
「――ええ、確かに攻撃が妙に軽くなってたような気はしますね」
「俺もそこは引っかかってたが……まあ、あれだけ俺らで足止めしてた訳だし、フランベアも疲労が重なってたんじゃないのか?」
ヴァーディルとダレンへのさりげない『聴取』を終えて、彼女は『CLOSED』の看板が掲げられた深夜の紹介所の扉を潜る。
違反行為とはわかっていても、膨れ上がった『もしかしたら』は止められるものではなく。
気づけば彼女は資料室へと踏み入り、そっとモンスター史の本を取り出していた。
ランプに照らし出され日焼けしたページをそっとなぞり、
「……シードスキル……テラーロアー……」
その後、彼女の中で如何なる逡巡があったかわからない。
ただ、ぱたむと本を閉じ、書架へと戻してから――
「――いやいやいや、まさかねえ」
「……それは、本当ですか?」
軽やかな子猫めいた愛嬌ある笑顔を絶やさない、世界を巡る受付嬢はここ最近でもあまりないであろう、クールな顔つきで目の前の『事務局長』に問う。
が、その内心は『え、マジで……?』と割と緊迫感のない感想を浮かべていた。
「
「……宛名が浮かんだからといって、確定ではないよ。あと、正確には彼を入れて五人」
それまで腰掛けていた猫脚の椅子から立ち上がり、『事務局長』はやんわりと窘めるように言った。
「スミシー氏の署名までしっかりあるからな。まさか、いきなりこんなハッキリと意思を示し出すとはね。正直共通点が見出せないし、どういう基準なのやら是非聞いてみたいところではあるんだが……ウッキー君のように日常での意思表示はしてくれないからな」
「……そ、そうですねえ。あははは……」
額に汗を浮かべて相槌を打っていると、傍らで浮かんでいる愛しの相棒が、こっそりページを開いて自己主張してくる。
――『フラグ回収、乙』。
その一言で、ロトゥンは自分がうっかり先日言ってしまった『アレ』が、夢幻でも何でもなかったと突きつけられた。
和の国で古くから伝わる『言霊』の概念、あるいは俗にフラグと呼ばれたりするそれ。
本当にそんなことが有り得るのかはわからないが……
『――だって欲しい人材って、そのトップの
そんな風に、『数日前』では第三者だった彼に愚痴ったそれを一言一句、(情報漏洩的な意味で)頭を痛めながら回想し。
心の中で、決して口には出せない絶叫が迸った。
――いやだからって、流石に近海漁業なんじゃないの!?