クローン兵士の日常 異世界に転生したら危険と美女がいっぱいでした 作:仮名絵蛍蝶
入隊編1話 ローズガーデンへようこそ
空の旅は思ったよりも長かった。距離というより、司令が多忙で寄り道が多かったからだ。途中で中継基地に着陸して、そこでオレ達は軽食と休憩を取った。それからまた幾度か寄り道して、ようやくアスラ部隊の本拠地が見えてきた。ガッチガチに武装された要塞みたいなとこかと考えていたが、そうではなかった。
規模は研究所とは比較にならないほど大きいけれど、周囲にコンクリートの分厚い壁があるでもなく、迎撃用の重火器の配備もまばらだ。これなら研究所の方がよっぽど守りが堅いんじゃないか?
娯楽施設にばっかり力が入ってて、肝心の防御が薄いとか洒落にもなんないぞ? 大丈夫なんだろうか?
オレがヘリの窓から本拠地を眺めながら、そんなことを考えていると、見目麗しいサトリに内心を見透かされた。
「フフッ。『思ったよりも防御が薄いな。こんなんで大丈夫か?』といったところか?」
「うわっ、司令! 気配を殺して近づかないでくださいよ!」
「隠密接敵は軍人の基本だ。おまえも常に周囲に気を配れ。敵はどこにいるかわからんぞ?」
司令には敵が多そうだもんな。なんたって創設者の娘だ。しかもお飾りに甘んじるタイプではなく、カリスマ性と実力を兼ね備えている。
「いくらなんでも、このヘリの中にはいないでしょう」
「だといいがな。基地の防備に関しては心配するな。私の城を攻撃してくる命知らずがいたら返り討ちにするまでだ。私はもちろん、留守を任せた部下を倒しうるような輩はいない。仮にそれが可能な敵がいたとしたら、防御施設などあってもなくても同じだ」
「人は城、人は石垣、ですか」
「いいことを言うじゃないか。今度スピーチする時に拝借しよう」
そんな名言を残した戦国武将が元の世界にいただけです。受け売りの名言を拝借される、又貸しみたいなもんだな。そうこうしている間にヘリは着陸態勢に入った。研究所と同じで、基地の屋上はヘリポートになっている。ヘリを降りると4人の兵士が出迎えにやって来た。
「司令、お帰りなさいませ」
司令は敬礼する兵士達に向かって片手を上げながら、顎をしゃくってついてくるよう促す。オレは金魚のフンみたいに後に続いた。クランド中佐は出迎えの兵士に、なにやら指示を出している。屋上の専用エレベーターに乗り、ワンフロア下に移動。『司令室』のプレートが掲げられた部屋に到着した。
ゴージャス司令の部屋なんだから、さぞかしゴージャスなんだろうと思ったが、またしてもオレの予想は外れた。恐ろしく質素だ。部屋そのものが地味で、置かれている調度品はさらに地味。マホガニーの高級机どころか、どこにでもあるスチール机にパイプ椅子。書類を収めたキャビネットも見るからに安物っぽい。
「また予想が外れたな、ん?」
司令、お願いですから心を読むのはやめてください。
「ええ、またしても予想外です。もっとゴージャスな部屋かと思ってました」
「あえて居心地の悪い空間にしている。ここでは主にオフィスワークをやるのでな。早くこの部屋を出たくて執務が捗る」
司令の一番の敵は書類みたいだ。管理職の天敵だね。パイプ椅子ではなくスチール机に腰掛けた司令は、芝居がかった口調でこの基地の俗称を告げる。
「ローズガーデンへようこそ。ここが地獄になるか天国になるか。おまえ次第だ、天掛カナタ」
「ローズガーデン? 薔薇でも植えてあるんですか?」
「花はないがトゲはある、基地の周りにな」
なるほど、基地の周りの有刺鉄線を薔薇に見立ててるのか。
「正式名称もあるが、基地のゴロツキどもはローズガーデンと呼んでいる。カナタもそうしろ」
「はい」
無頼の兵士が集う、薔薇の園か。そう、オレも無頼だ。頼る者などいない。
「アスラ部隊は9つの大隊で構成されている。00番隊『インフィニティ』は私の親衛大隊だ。おまえは01~08番隊のどれかに配属することになるな。籤引きでもやるか?」
「命を預ける部隊を運任せにするのは……」
こっちは命が懸かってるんだ、真面目に考えてくださいよ。適性とか相性とかあるでしょ?……蛇蠍のように嫌われてた男の甥っ子って設定だ。どの部隊にも歓迎はされないか。
「籤引きがイヤなら……そうだな。現在、この基地には00番隊と01番隊しか駐屯していない。試しに01番隊に預けてみるか」
「他の部隊はどこにいるんですか?」
「世界各地だ。戦線が崩壊しかけた戦地に行って立て直したり、敗走する友軍の撤退を支援したりで忙しくてな。劣勢な戦地に赴くトラブルスイーパーが我々の主な任務だ」
博士が心配する訳だよ。助っ人派遣部隊だったのか。
「……大変そうですね」
「だからこそ見返りも大きいのさ。優勢な友軍のダメ押しに行って感謝されるか? 劣勢な状況から救い上げてこそ、恩なり貸しなりを作れるというものだろう」
司令のワガママが通るのは創設者の娘ってだけじゃないな、上層部に貸しを売りつけて回ってるのか。重々わかってたことだけど、やり手で怖い人だよなぁ。
「火中の栗こそ甘味が強い、ですか」
「そういうことだ。今から01番隊の部隊長を呼ぶから頑張って気に入られろ。どの部隊も一癖あるが04番隊なんぞに入る羽目になったら、葬儀屋の予約が要る」
こっちの世界でも4は不吉な数字らしい。一番風当たりが強そうなアギトの古巣には配属されたくねえな。
「04番隊の前任部隊長は伯父ですよね。今の隊長はどんな人なんですか?」
「アギトも大概だったが、まさかアギト以下がいるとは思わなかったな」
うわぉ、絶対入りたくねえ! 司令は卓上の電話を取って頬と肩で受話器を挟む。空いた手で細長い煙草に火を点け、紫煙を燻らせながら会話を始めた。
「マリカ、今戻った。おまえに面倒を見て欲しい新入りがいてな。ちょっと司令室まで来てくれ」
マリカ……01番隊の部隊長は女性みたいだ。どうか司令みたいな怖い人じゃありませんように。せめて司令の半分ぐらいの怖さでお願いします。こんな時だけ信じてもいない神サマに祈ってみる。暫く待っていると、ノックもせずに司令室のドアが勢いよく開かれた。
「おい、イスカ! アタイに留守番させといて、面倒事まで押し付けようってのかい!」
司令室にズカズカ入ってきた部隊長は、ありがたいことに司令に負けず劣らずの凄い美人だった。ありがたくないことに司令と似た雰囲気の怖そうな人でもあった。ぱっと見だけど龍ノ島の出身らしく、長い黒髪を後ろでまとめている。ポニーテールって言うんだっけ。尻尾の部分が腰まで届きそうだから違う呼び名があるのかもしれないけど、そんなのボッチが気にすることでもなかったしな。
「そう怒るな。いろいろ事情があってな」
イスカと呼び捨てにされてるのに、怒るどころか宥めている。司令が一目置く人物なのは間違いない。身長は165センチ前後で司令と同年代っぽい。際立った美貌にも目を引かれるけど、一番の特徴は左目だけがルビーのように赤いことだ。スタイルも良く、胸元を見せつけるように軍服をかなり着崩している。
「で、この新入りが面倒事って訳だ。どこで拾ってきたンだい?」
司令に全く物怖じしてない。神サマからすりゃ、困った時しか祈らない不信心者の願いなんて叶える義理はないか。
「マヌケなコウノトリがキャベツ畑に落としたらしい」
スチール机に司令と並んで腰掛けた女軍人は、新入りの顔を眺めるうちに目が細まり、眉間に皺を寄せる。
「イスカ!……まさかコイツは……」
睨まないで、言いたいことはわかってますから。この世界には怖い女しかいないのだろうか?
「そのまさかだ。アギトの甥っ子さ」
「天掛カナタといいます。階級は伍長、出身は……」
暗記した経歴を言い終える前に、セクシー軍人はスチール机を拳で叩いた。灰皿さんが垂直ジャンプし、見事に着地成功。よかったね。
「これは面倒事じゃなく厄介事だろ! 忌み子をアタイに押しつけようってのかい!」
「カナタはアギトと会ったこともない。マリカ、おまえは坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって類の人間か?」
「なんにせよ、アタイはイヤだね」
「わかった。ではシグレに頼んでみよう」
シグレ? 女の名前だよね、普通。預けるってことは部隊長だよな。ここの部隊長って女ばっかりなんだろうか。だとしたら……最高じゃないか!
「待ちな!……本気で言ってンじゃないだろうね?」
「数字の若い順から打診しようと思ってな。変に気を使われるのは、それこそシグレも不本意だろう」
気を使う? アギトとシグレって人の間でなにかあったのだろうか。セクシー軍人は軽くため息をついた。
「わかったよ。アタイが引き受けてもいい。だがコイツが仲間の足を引っ張らないかテストさせてもらうよ」
「いいだろう。カナタが弱卒なら、どの隊にも必要ないからな」
口を挟める訳もなく、オレはセクシー軍人の入隊テストを受ける羽目になった。
またしても崖っぷちですか、そうですか。もう慣れましたよ。せっかく研究所を脱出したってのに、即座に返品なんぞされてたまるか。
どんなテストか知らんがやったろうじゃないか! 草食系男子ナメんなよ!