クローン兵士の日常 異世界に転生したら危険と美女がいっぱいでした 作:仮名絵蛍蝶
試練は入隊初日にいきなりやってきた。
オレのオリジナルである『氷狼』アギト。彼の素行の悪さのとばっちりはクローン体であるオレに見事に命中、配属を断られそうになったものの、司令の話術というか詐術で事無きを得た。事情はわからないけど、自分が断ればシグレさんって部隊長に話が行き、マリカさんはそうはさせたくないみたいだ。
アギトとシグレさんの間でなにかあったんだろうけど、だったらシグレさんも配属を拒否すればいいだけだよな? 叔父の所業と甥っ子は無関係と割り切る人格者で、貧乏クジを
今、考えることじゃない。マリカさんの入隊テストをパスできなけりゃ、研究所に返品されちまうんだ。ま、最強部隊にテストも無しで入隊なんて美味しい話はないよな。寝技主体の格闘テストとかだったら嬉しいんだけどねえ。
「アタイについてきな」
最強の敵である書類と戦い始めた司令を置いて、マリカさんは司令室を出た。例によってオレは金魚のフンみたいに後をついていくだけだけだ。背中の蜘蛛のエンブレムがカッコいいな。01番隊に入れたら、オレも蜘蛛の徽章を付けることになるんだろう。
カメラ機能で撮影しておいたローズガーデンの見取り図を網膜に表示して確認すると、向かってるのは訓練場だと思われた。
「え~と、その……」
「
「上官をファーストネームで呼ぶ訳には……」
心の中では『マリカさん』って呼んでたけどね。ファミリーネームを知らなかったし。
「まだおまえの上官になると決まっちゃいない」
「そ、そうですね。ではマリカさん。入隊テストってどんなことを?」
「軍人に必要な能力は決まってるだろ。おまえの力を見せてもらおうか、仮にも氷狼の甥だろ?」
甥じゃなくてクローンなんですけどね。試験官はオレがどんなに健闘しようが、力不足と断じることもできる。なにせオレは、曰く付きの新兵だ。叔父の悪評を覆すには健闘以上が求められるが、今のオレにできるだろうか?
到着したのはやはり訓練場だった。かなり広い、大学の体育館よりも一回りは大きいな。マリカさんは無造作に壁に掛けられた訓練用の刀をオレに投げて寄越した。
「さ、実戦だと思ってかかってきなよ、坊や」
「あの、マリカさんは刀を使わないんですか?」
「坊や相手に武器なんぞ要るか」
お言葉に甘えよう。必要なのは見栄ではなく結果だ。
「じゃあ、遠慮なく……」
行きますよ、とは言えなかった。オレは地面すれすれを平行に吹っ飛ばされて、訓練場の壁に激突していた。口から苦い胃液をしたたかに吐き出す。夕飯の前でよかったぜ。飯の後だったら間違いなくオールリバースしてたな。
しかし……速いなんてもんじゃねえ。マリカさんがまっすぐ片脚をこっちに向けて一本足で立ったままだから、キックを喰らったんだとわかった。そうじゃなかったら、なにをされたかもわからなかっただろう。
「もうお終いかい、坊や?」
「……マリカさんが手加減してくれたので、まだやれます」
「ふぅん、そのぐらいはわかるンだねえ。まだやれるンなら、サッサと立ちな!」
あてずっぽうで言っただけなのに、本当に手加減してやがった。オレは刀を杖に立ち上がる。たった一撃で足にキテやがる。回復の時間を稼がなければ。
「叔父の悪評は知っています。だから、どんなに健闘しても力不足だと断じられる可能性を心配していました」
言葉に呼吸を合わせながら息を整える。
「ほう。アタイがそんなセコい真似をするとでも?」
「杞憂でした。なぜならマリカさんから見れば、あらゆる兵士が『力不足』なんですから」
博士が言っていたな。アスラ部隊には二人の完全適合者がいるって。マリカさんは司令やアギトより動きが速い。つまりは……
「会話で気を引き、回復の時間を稼ぐ。小賢しさは及第点だな」
お見通しか、まあいいさ。よし、踏ん張りが利くようになった。
「戦場で真っ先に死ぬのは弱い兵士ではなく、馬鹿な兵士でしょ?」
集中しろ、強化されたオレの動体視力なら集中すれば見えるはず。オレはジリジリと摺り足で前に出る……いつ動く……絶対に目を離すな。残像を残してマリカさんの姿が消えた。右だっ!
「もう目が慣れたのかい。動体視力も及第点だ」
右に向かって構えた時には、マリカさんはもう目の前にいた。
「そりゃどうも!」
オレは最速の払い斬りを繰り出したが、マリカさんはしゃがんで躱し、即座に跳んだ。跳び越し際にオレの首を両手で掴んで、そのまま空中で一回転して獲物を投げ飛ばす。高々と投げられたのが幸いして、オレは空中で体勢を整え、無事に着地。
「ん、なかなか身軽だな。頭を掴んで首を捻ってやればよかったか」
やめてください、死んじゃうから。
「……マリカさんは完全適合者なんですね?」
「違う、言っとくけどアタイはアスラ部隊じゃ最弱の部隊長だ」
「うっそでしょ! 嘘だと言ってお願いだから! お願いお願いお願い!」
マリカさんは反っくり返りそうな勢いで豪快に笑った。
「嘘だよ。リアクションが面白いねえ、坊や」
手〜のひら~でこ~ろころ。面白いように転がされた。会話だけじゃなくて、その後の戦闘でも。訓練刀はかすりもせず、マリカさんの拳打は面白いように命中する。スピードとテクニックが違いすぎるんだ。やれやれ、5分も経たずにズタボロにされちまうとな。
「タフさとリアクションの面白さも評価してやってもいい」
リアクションを評価されても嬉しくない。お笑い芸人なら本望だろうけど。どうやったらマリカさんに入隊を認めてもらえるだろうか? 考えろ。まず分析からだ。
その① 絶対に勝てない。
その② 勝つどころか一矢報いるのも無理。
その③ マリカさんもそんなことはわかっているはず。
……よし、方針は決まった。念真障壁を全力展開! ドーム状のシールドで体を囲え。
「ぶっつけ本番だけど……できた!」
アギトはこれで迫撃砲の直撃すらも防いで見せたんだ。
「ない知恵を絞ったみたいだけど、下手の考え休むに似たりって言葉、知ってるかい?」
「ここからがオレの本気ですよ! さあこい!」
そこからは防戦一方だった、オレの狙い通りに。マリカさんは念真力を一度も使ってない。ハンデ戦だと封印してるんだ。念真力を使えば素手でも、オレはあっという間にノックアウトされているだろう。
「もう一つのハンデに気付いたみたいだねえ」
「ええ。血反吐を吐いた甲斐がありました。いくら部隊長でも念真力を纏わせていない打撃では……」
「分厚い障壁を割るのは難しい。おまえは観察力が高く、機転も利く」
そう、マリカさんはオレを倒そうとは思っていない。オレがどういうヤツかを見てるんだ。それに対するオレの答えがこの念真ドームだ。頼むから正解であってくれ。
「だけど覚えておくンだね。絶対的な力の差の前には……創意工夫も無力だと!」
マリカさんのマッハパンチが炸裂、一撃でドームに亀裂が入る。
「ウソだろ!」
純粋な腕力だけでこの威力、パワーも抑えて戦ってたのかよ!
「戦場では想定外なンて当たり前に起きる! さあどうする、アギトの甥っ子!」
一撃で木っ端微塵にはされなかったんだ! ドームの上部障壁を解除、バク転して脱出!
「想定外には臨機応変に対処し、新たな想定の中に組み込めばいい!」
バク転と同時に背面の壁を変形させて、新たなドームの展開起点にする! 名付けて『椀子障壁戦法』だ!
「おかわり無限の椀子蕎麦、ユニークな発想だねえ。だけど、その戦法じゃ永遠に勝てない。『僕ちゃん痛いのもうイヤなの!』ってことかい?」
「マリカさんは最初に言いましたよね、『実戦だと思ってかかってきなよ』って。実戦ならオレはこうします。お気に召しませんか?」
「……話を続けな」
「実戦で明らかに勝ち目のない格上と戦わざるを得なくなった場合、オレは時間稼ぎに徹します。そうすればマリカさんや他の仲間の救援が間に合うかもしれない。生き残る可能性を少しでも上げる為ならオレは体裁なんかにこだわりません。カッコよく死ぬより、無様に生き延びます!」
マリカさんは色の違う左右の瞳でオレをじっと見つめた。
「合格だ。天掛カナタは本日付で01番隊の隊員、アタイの指揮中隊に入ンな」
「ありがとうございます!」
やった、返品を免れたぞ! 確か一個大隊は100名で、20名の中隊5つで構成される。で、一個中隊は4名の小隊5つで構成される、だったな。指揮中隊ってことは部隊長のマリカさんが中隊長も兼任してるってことだ。
「おまえは考え抜いてテストをパスした。それを忘れンなよ、アタイは考え無しのバカは嫌いだ」
「はいっ!」
認めてもらう為に考えて行動して、報われた。オレは今モーレツに感動している! 全米ならぬ全オレが泣いた!
「イスカに入隊の報告でもしてきな、アタイはシャワーでも浴びてくる」
「オレも汗かいちゃったんで、一緒にシャワーでも……」
「それが人生最後の光景になる覚悟があるならかまわないけどね?」
「……やめておきます」
「いま迷ったろ? 命と引き替えにしてまでアタイのカラダが見たいのかい?」
「命が一つしかないのが残念すぎて泣きそうです」
ドラゴンボールで生き返れるなら、迷わずマリカさんと一緒にシャワー浴びて殺されるルートを選択しただろうになぁ。残念無念。司令も巨乳だけど釣り鐘型なんだよ、でもマリカさんはロケットおっぱい。ストライクゾーンのど真ん中に直撃である。おっぱいソムリエのオレは乳に関してだけは一切の妥協はしないのだ。
「もの欲しそうな顔でアタイの乳を眺めてないで、さっさと報告に行ってきな!」
「イエス、マム!」
後ろ髪を引かれながら辿り着いた司令室。紳士なオレは当然ノックする。
「カナタです、入ってよろしいですか?」
「入れ」
灰皿から吸い殻が溢れてる。司令はヘビー&チェーンスモーカーらしい。
「まったく……暫く留守にしただけで、仕事と書類はすぐ溜まる」
「金もそうならいいんですけどね」
「同感だな、その顔だとマリカに認めてもらえたようだな」
「血反吐と胃液を吐きながらですが、どうにかこうにかね」
正直、今にも倒れそうだ。右足を達成感、左足を高揚感が支えてるから立っていられるだけ。
「個人的には複雑な気分だ。どっちに転んでも損はないのだが」
「オレが使えそうだから引っ張ってきたんじゃないんですか?」
「使えるなら戦力が上がって結構、使えないならあの胸糞の悪い実験をやめさせる口実になる」
ヒデえ話だ。でも司令はクローン実験には反対なのか。ホッとしたぜ。
「司令はあの実験には反対なんですね?」
「その実験で造られたカナタにこんなことを言うのは酷だが、あの実験は人間の尊厳を
まったくですよ。よかった、怖い人だけど倫理的には真っ当だった。
「そのお顔、『まだ名誉が残っていれば、の話だがな』と言いたげですね」
「私の真似か、賢しい小僧め。計画段階ならどんな手段を使ってでもやめさせたんだが、私と叔父上には隠していた。ここまで計画が進むと黙認せざるを得ない。統合作戦本部のバカどもにつける薬があるなら、悪魔と取引してでも手にいれてやる」
叔父上? アスラ元帥に兄弟はいなかったはずだ。ってことは、元帥に娘の後見を命じられた要人だろうな。おそらくは軍の高官で、司令の後ろ盾だ。ここの図書館は研究所のように情報制限はされちゃいまい。後で調べておこう。上官の上官が置かれた状況を知っておく必要がある。
「是非そうしてください。さしあたってオレは今からどうすればいいですか?」
「ああ、話が逸れたな。おまえの部屋をすぐ用意させる。ちょっと待て」
司令は卓上電話で関係各所にテキパキと命令を下した。シゴデキ上司は仕事が早い。
「独身兵舎6号棟、649号室にいけ。今日からそこがおまえの部屋だ」
649ね。無欲なオレにはピッタリ。
「了解です。司令、一つ聞いていいですか?」
「なんだ? 言ってみろ」
「マリカさんってどんな人なんです?」
「火隠マリカ大尉、01番隊隊長でアスラ部隊のエース。異名は『
なーにが最弱だよ、最強部隊のエース様じゃないか。それに緋色、か。やっぱあの眼にはなにか特別な力があるんだろうな。
「はい、マリカさんの部下になれてよかったです。それでは失礼します」
こうしてオレはアスラ部隊のエース、緋眼のマリカの部下になった。敬礼してから司令室を退室し、居住エリアに向かう。達成感と高揚感で踏み出す両脚に、懸念の影がまとわりつく。
……軍の上層部と創設者の娘には溝がありそうだ。オレが、上層部の造ったクローン兵士が、軍閥の権力闘争に巻き込まれるなんてことがなきゃいいんだが……