クローン兵士の日常 異世界に転生したら危険と美女がいっぱいでした 作:仮名絵蛍蝶
闘技場に入ってきた10号は眼球だけ動かして、周囲を観察しているようだった。気味が悪いのは黒目の部分が別々の方向に動いていることだ。口から涎を垂らしている事といい、元の世界で顔を合わせたなら一目散に逃げ出しているところだ。姿形がオレと瓜二つなのはあまり気にはならない。
なにせ今のこの体自体が、オレにとっては他人のようなモノだ。
10号の眼球がオレに焦点を合わせて止まった。殺し合いが………始まる。
「オアァァーーー!」
10号は叫声を上げながら、極端な前傾姿勢でまっすぐにオレに向かってダッシュしてきた。武器の使い方は知っているようで、刀をオレの左肩辺りに振り下ろしてくる。
「おっと!試合前にグローブぐらいは合わせようぜ」
後ろに跳んで躱す、この体は元の文系学生と違って反応も動きも速い。ちょっと跳びすぎたか。離れ過ぎて反撃できない。元の体とのギャップが激しい、軽自動車からF1マシンに乗り換えたみたいなもんだ。ったく、試運転もしないでいきなりコレだからな。
「オアッ!」
10号はすぐに距離を詰めてきて、下段から刀を振り上げてくる。オレは左手をかざして障壁を形成し、刀を受け止めようとしたのだが……失敗した。障壁の形成より速く、10号の刀が左手に当たる。鈍い痛みがオレを襲う。
「いってえな!」
これ以上のダメージはマズい。オレはバックステップして距離を取った。左手を見ると指は全部ついていたが、中指の骨が露出している。かなりのダメージのはずなのに、もう痛みをあまり感じない。生きた兵器であるこの体には、アドレナリンコントロールという機能が搭載されていて、痛みはすぐに和らぐからだ。
とにかく攻撃しないと話にならない。狙うべきは……頭だ。
「オアッ!ホアッ!オアァァ!」
10号は遮二無二攻撃してくる、闘争本能のままに。急所狙いの知恵はない。最悪相打ちになっても構わない、腕の一本ぐらいはくれてやる!同類だろうが動けばエサ、10号はブラックバスさながらに最短最速で距離を詰めてくる。繰り出された払い斬りを左腕を上げてカバーしながら、オレは10号の頭部めがけて刀を振るった……つもりだった。
「……しまった」
実戦で躊躇は命取り、頭ではわかっていたのに……オレは躊躇してしまった。
『このまま全力で打ち込んだらコイツはどうなるんだ?』
そんな考えが頭の片隅をよぎったのがいけなかった。左腕に衝撃が走ってオレは体勢を崩してしまい、そこに10号の殴打の嵐を喰らった。
「オアァァーー!オアッ!」
「うぐっ!クソッ!マズったぜ!」
地を這ったオレの目に博士のオロオロした貧相な顔が映る。なにが『危なくなったら停止させる』だ!サッサとタオルを投げやがれ!
……セコンドに見殺しにされるボクサーってのは、こんな気分なんだろうなって思いながら、意識が遠のいていった。
* * *
目が覚めたら例のガラスポッドの中だった。オレは生きてはいたらしい。左手を見ると骨まで露出していた傷がかなり塞がっている。生気のないシジマ博士がオレの意識が戻ったのに気が付いてポッドに近付いてきた。
「あ~~もう!頼むからしっかりしてくれよ!」
「わかったわかった。とりあえずポッドから出してくれ。喋りにくくてかなわない」
泡をガボガボしながら答えると、博士はポッドから薄紫色の治療液を抜いてくれた。
「やれやれ、酷い目にあったぜ」
「……12号、キミはね。いいとこナシで惨敗したんだよ? 困るんだよ、自我のある実験体が自我のない実験体にボロ負けするようじゃさぁ! この実験の根本が問われる事態になってるんだよ、わかるかい!」
考えてみたらこの男の実験のせいで、平和な学生生活を奪われたとも言えるんだよな。そもそも、いつ死ぬかもわからない状況でなんでオレがこの男に気を使わなくちゃいけないんだ? だんだん腹が立ってきたぞ!
「あのな、自分でも言ってただろ! 時期尚早だって! 結果を欲しがって実戦を強行したのはアンタらだよな? それでマズい状況になったら全部オレのせいか!」
「い、いや、僕は反対したんだよ、だけどね……」
「言い訳はいい!もう結果は出ちまった、時間は巻き戻せねえんだよ! それよりどの程度マズい状況なんだ? 今すぐ実験中止って訳じゃないだろ? まだアンタがそうやって研究所をウロウロ出来てるんだからな!」
決めた!オレが死ぬ時は、絶対に博士も道連れにしてやるからな!オレは根に持つタイプなんだぜ!
「あ、ああ。だけど次の実戦で今回と同じような結果だと実験中止って話になるかも……」
「次の実戦はいつだ?」
「キミの傷が癒えるのに後2日、再戦の期日はまだ決まってないよ」
「一週間、準備に時間をくれ。そうすれば次は完勝してやる」
「ホ、ホントにかい? 信じていいんだろうね?」
「その代わり博士にもやってもらいたいことがある。どうせアンタらの事だ、以前にも実験体同士で戦わせてるんだろ? その時の録画データを用意してくれ。ある分全部だ」
「それは簡単だよ。ライブラリにあるから、キミの部屋で見れるようにしておこう」
「まだある。オレは戦死した優秀な兵士のクローンだって言っていたな。その兵士の戦闘データ、出来れば実戦の映像を用意してくれ」
「そ、そんなモノを見てどうするつもりなんだい?」
説明しなきゃわかんないかね、この男。ああ、名門だった中学にもいたな、こういうタイプ。俗にいう勉強の出来るバカってヤツだ。
「その戦死した兵士みたいなヤツを量産したいって実験なんだろ? つまりソイツはこの体を最も効率よく使って戦果を上げた訳だ。つまりだ、最高の教本なんだよ」
「な、なるほど!なんとか用意してみるよ」
「なるべく早く、確実に入手してくれ。博士もこの実験が中止とか嫌だろ?」
「も、もちろんだよ」
この男、実験中止になれば自分も口封じに遭うかもしれないってわかってるのかねえ。勉強の出来るバカって勉強以外は抜けてるからなぁ。釘を刺しておくか。
「頼みたいのはその二つだ。アンタの命も懸かってるんだから、すぐに動いてくれ」
「え? 僕の命?」
やっぱりわかってなかったか。
「実験中止ならアンタも用済みってことさ。ここは秘密研究所なんだろ? オレがお偉いさんなら機密を知ってるアンタは真っ先に始末するけど?」
「い、いやいや!僕は飛び級でリグリット工科大学に進学して、首席卒業した天才だよ」
「博士、いいことを教えてやるよ。飛び級する学生はアンタだけじゃない。首席卒業する学生は毎年1人、確実に誕生する。貴重かもしれないが唯一無二の存在って訳じゃない。だいたい博士、オレが12号って事は最低でも11回は実験に失敗したんだろ? 挙げ句、成功したオレが失敗作に勝てないとかいう結果に終わったとしたら、偉いさん達は博士に対してどんな評価を下すだろうね?」
シジマ博士はペンキで塗装したみたいに青ざめた。わかりやすいな、この男。
「12号!次は本当に勝てるんだろうね!」
「完勝してやるって言っただろ。だから博士もデータの件はしっかり頼むぜ」
「わ、わかった!とにかくまだ傷が癒えていない。医療液を再注入するから眠っててくれ。僕はすぐにデータの準備にかかる」
また足元から薄紫色の液が注入されてきた。まずは傷を癒やさないとな。
完勝してやるってのは大言壮語ではなく、オレなりの確信がある。もし読み通りにいかなかったら本当に殺処分されてしまうだろうが、その時はその時だ。
今、オレに出来る事は休むことだ。目が覚めたら行動を開始しよう、生き残る為に。