クローン兵士の日常 異世界に転生したら危険と美女がいっぱいでした 作:仮名絵蛍蝶
博士の予想通り、ダメージは2日で回復した。残された時間はあと5日。医療ポッドから出て2日ぶりに自室に戻ると机の上に新しいパソコンが置いてあった。博士はちゃんと仕事をしてくれたようだ。スイッチを入れて起動させる。OSは違っているが、元の世界のパソコンと使い方は似たようなものだった。
よしよし、元の世界じゃパソコンだけが友達みたいなモノだったしな。これがないと落ち着かない。開いた添付ファイルの中には、クローン実験体同士の戦闘の動画が入っている。この体のオリジナルの戦闘データはまだのようだ。先にクローン同士の戦闘動画を見てしまおう。
……動画に目を通し、インスタント珈琲を飲みながら考える。
なんとかなりそうだ。やっぱり実験体には弱点がある。そこを突くのは難しい話じゃない。今までは自我のない実験体同士しか戦わせていなかったから、弱点が露呈しなかっただけだ。自我を植え付ける実験が優先されていて、実験体の実戦での有用性の検討は後回しにされていたんだろう。動画を見終わったのでさっさと寝ることにする。明日もやる事は沢山あるのだし。
* * *
翌日の朝、シジマ博士を呼び出してトレーニングルームに向かう。先に来ていた博士は不安そうな顔で訊ねてきた。
「実験体同士の戦闘データは用意してみたけど、参考になったかい?」
「ああ、オレの考え方で問題ないと確認出来た。オリジナルの戦闘データはなんとかなりそうか?」
「どうにかお偉方を説得した。夕方には手に入るはずだよ」
へえ、やるじゃん。弁が立つ男には見えないけど、尻に火が点きゃどうにかしちまうもんだな。
「オーケーオーケー、順調だな。いや、一つ問題があるな」
「な、なにが問題なんだい? 僕に出来ることならなんでも言ってくれ」
「珈琲なんだけどね、インスタントでいいけど、もうちょっと濃いヤツにしてくれない?」
アメリカンは好きじゃないんだ。この星に合衆国はないけどな。
「……珈琲を用意してあるだけマシだと思ってくれよ」
ちょっとした要望はさておき、トレーニングルームでは、ずっと念真障壁の展開訓練をした。これは防御の要だ、おろそかにはできない。半日のトレーニング時間の全てを費やし、少しコツが掴めてきた。手をかざすのはイメージの補助だ。試しに手を使わずに形成してみたが、一応は成功した。
だが時間がかかる、とても実戦では使えない。これでは前みたいに展開する前に攻撃を受けてしまう。今のオレには補助動作を行ってでも早く展開する方がいい。だから補助動作を繰り返しながら、スピードアップにだけに集中した。刀に念真力場を纏わせるのも試したが、こちらも難易度が高かったので今は切り捨てる。時間が限られてるんだ、高度な技術は後回しでいい。
夕方になったのだろう、シジマ博士がやってきた。
「あれ、昼食のサンドイッチに手をつけてないね」
「訓練に集中してて忘れてたな。思い出したら腹が減った。例のモノは手に入ったか?」
「もちろんだよ」
博士はポケットから取り出したメモリーチップを振って見せた。
「ありがとう、博士。これでなんとかなりそうだ」
オレの自信あり気な態度のせいか、頼まれ事を終えた安堵感からか、落ち着きを取り戻した博士は持参したハンバーガーの包み紙を剥がしながら話しかけてきた。
「集中するのはいいけどちゃんと食事は摂ってくれ。バイオメタルのカロリー消費は生身の僕らとは違うんだ」
なるほど、そういうことか。この体になってから食事量が随分増えた。ムキムキボディになったからかと思っていたけど、そういう造りの体らしい。サンドイッチを頬張りながら頷くと博士は話を続けた。
「キミは中量級だから食事量も常人の倍くらいで済むけど、重量級だとそりゃ凄い量なんだよ」
「バイオメタルにも等級があるのか?」
「うん。ざっくり言えば三つ、軽量、中量、重量級に分類される。実際はもう少し細分化されてて、キミは正確に言えば中軽量級のバイオメタルだ」
「どんな違いがあるんだ?」
「一般的には軽いほどスピードがあって、重いほどパワーがある」
「シンプルだな」
「あくまで目安だよ。実際には適合率や念真強度によって個々人の能力は大きく左右されるんだ。左右ではなく上下するって言うべきだね」
適合率に念真強度、知らない単語が出てきたな。飯も食い終わったしマズい珈琲でも飲みながら、詳しく聞いてみよう。
「博士、念真強度ってのはなんだい?」
「そうか、その辺りもまだ教えてなかったなぁ」
そんな基礎知識も教えずに実戦に放り込んだのかよ。せっかちすぎだろ。知は力なりって言葉はこっちの世界にゃないのかね。
「念真強度というのは念真障壁の展開スピードやパワーに直結する数値だ。高いほど早く、強力な障壁を展開できる、持続時間も高いほど有利だ。単位はニューロン、もちろん高い程いい」
はいはい、超人プロレス漫画に出てきたアレね。理解した。
「オレの念真強度はどのぐらいなんだ?」
「100万nだね。一般的なバイオメタル兵士の平均は30万nと言われているから、キミはかなり優秀と言える」
「オリジナルが優秀だからこその数値なんだろ。適合率ってのは?」
「戦闘細胞の適合率だよ。キミの身体能力の高さは、戦闘細胞の働きによるところが大きい」
念真強度と適合率、この数値が能力の高低を示す指標か。
「そっちはどのぐらいの数値なんだ?」
「50%、これもかなり高い。一般兵士なら20%そこそこが平均だね。」
「その数値は変化するのか?」
「念真強度は生涯変わらないとされている。だけど適合率は上昇するよ」
「どうやったら適合率が上がるんだ?」
そこで博士はニヤリと笑った。薄気味の悪い笑みだった。爬虫類が笑えばこんな感じだろう。
「単純さ、戦えば上がる。適合率上昇の詳細なメカニズムは、まだ解明されていない。わかっているのは戦えば上がる事だけ。最新の研究データでは、激戦であればあるほど上がりやすい傾向にあるって話だね」
「現在は50%……最終的には100%までいくのか?」
「人によって上限値、いや、限界値がある。ほとんどの兵士は100%どころか50%にも達せずに頭打ちになるんだ。……だけど極々稀に100%に到達する者がいる。適合率100%に到達した兵士は完全適合者、ハンドレッドと呼ばれる。まさに一騎当千の
100%だからワン・ハンドレッド、略してハンドレッドか。オレには日本語の方が馴染みやすいな。
「完全適合者ねえ。……会いたくないな、そんなモンスターには」
「戦場で出会う確率はかなり低いね。機構軍、同盟軍の兵士を合わせれば数百万の兵士がいるけれど、完全適合者は10人いるかいないかだ。」
10万人に1人もいないのか。そりゃ中には完全適合者の才能があっても途中で戦死するヤツもいるだろうけど、それにしても凄え希少種だな。はぐれメタルどころじゃない。
「兵士の頂点、完全適合者は極々一握り、か。凡夫にとっては朗報だな」
「だけど12号、キミなら完全適合者になれるはずだ」
「自分の作品だからって買い被らないでくれよ。……いや!まさか!」
博士は不精ヒゲを撫でながら頷いた。
「そうだよ、12号。キミは
クローン実験であり、再現実験でもあるってことか。部屋に戻って兵士の頂点の戦闘データを確認してみよう。
* * *
「……なんなんだよ、この化け物は……」
度肝を抜かれるってのは、今のオレを指す言葉だ。オリジナルのデータを見たいと言った時に博士が難しい顔をしたはずだ。これはかなりの機密資料だったって訳か。てっきり自分と同じ青年のイメージを持っていたけど、オリジナルはオレよりかなり年上のオッサンだった。だけどオレとはレベルどころか次元が違う。パワーもスピードもテクニックも、何もかもがだ。
「草野球とメジャーリーグだな。この体の理想的な戦闘スタイルだと思って取り寄せてもらったけど参考にすらならない」
念真障壁は補助動作なしで複数展開させてるわ、力場を纏わせた刀で易々と敵兵の障壁を叩き割るわ、やりたい放題だ。テクニックはともかくスピードもパワーもオレの遥か上をいってるのは適合率の差なんだろう。オリジナルは戦闘細胞の浸透しやすい体質で、数々の実戦をくぐり抜けて100%に到達したってことか。
「それにしたって強すぎる。倫理を棚上げしてでも、こんな実験をやらかすのも納得だぜ」
こんな怪物兵士を量産できたら同盟軍の勝利は決定的だもんな。オリジナルの強さには驚愕したが、同時にコイツが生きてなくて良かったと思う。
「ホントに愉しそうに人を殺してやがる。絶対、サディストで人でなしだ」
そう思った時にふと疑念が湧いた、この悪魔みたいな男を……機構軍はどうやって殺したんだ?
残された時間は全て基礎訓練に費やし、再戦の日がやってきた。もう言い訳は通らない、敗北=死だ。オリジナルの戦闘データは戦い方の参考にはならなかった。
だが、今やるべき事は示唆していた。……オレに悪魔になれ、と。