境界の向こうを知っている   作:しょうりん

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雨が続くので初投稿です。


知らない方がいい

『本日の東京は、朝から雲が多く、昼過ぎからは雨となるでしょう。最高気温は二十三度、最低気温は十九度の予報です』

 

『続いては異常領域予報です。連日の降雨により、朝8時頃より、都内全域で境界に綻びが生じる見込みです。外出時は、普段利用している道を選び、知らない路地や利用したことのない路線を利用することは避けてください。それでは本日もお気をつけていってらっしゃいませ!』

 

「まじかよ…今日小テストだぞ…」

 

まあここ最近の天気からしてそろそろな気はしていたが、運が悪いな。

 

クラスの奴らも休む気はないだろう。 

全員教室まで辿り着いてくれればいいが… 

とりあえず、遅刻するわけにはいかない。

洗面所で顔を洗い、適当に朝飯を腹へ詰め込む。 

テレビではまだ、天気予報が流れていた。

 

『――なお、沿岸部では逆さ雨が予想されます。遭遇した場合は服を裏返し……』

 

テレビを消して家を出る。

外はまだ雨が降っていなかった。

空は予報通り、分厚い雲に覆われている。

いつもの通学路を、いつもより少しだけ早足で歩く。

すれ違う学生たちも、今日はどこか足早だ。

 

駅を通り、交差点を渡り、見慣れた道を進む。 

切符の行き先を確認し、横断歩道の白線は避け、カーブミラーからは視線を逸らす。

 

やがて、学校が見えてきた。

 

「……間に合った」

  

教室に着くと、クラスメイト達が駆け寄ってきた。

 

「僧介!田中が…助けてくれ!!」

 

「田中!」

 

「……っ、僧介……」

 

田中は机に手をついていた。

顔は真っ青で、何度も咳き込んでいる。

 

「何があった?」

 

「わかんねぇ……」

 

「落ち着いて話せ」

 

「無理……っ、息が……」

 

田中が口を押さえる。

次の瞬間、口元から水が溢れた。

 

「……水?」

 

「ずっと……入ってくる……」

 

「どこから?」

 

「わからない……気づいたら、変な場所にいて……」

 

田中は激しく咳き込んだ。

 

「それで、戻ろうとして……走って……」

 

「何か見たか?それとも触れたか?」

 

「側溝……」

 

「側溝?」

 

「そこから……手が……」

 

田中が自分の足を掴む。

 

「足、掴まれて……引っ張られて…」

 

「何に?」

 

「わかんねぇよ……! 緑色で……っっ」

 

田中の口元から溢れる水の勢いが増した。

 

「死にたくねぇ…!何とか逃げられたのに…」

 

周囲の景色がぼやけ、川の匂いがどこからともなく漂い出す。

 

「大丈夫だ、助けてやる。」

 

カーテンを外し、田中の下半身に何重にも巻きつける。

 

「頭を深く下げろ!」

 

頭を下げた途端に、田中の頭から水が零れ落ちる。

 

どこからか、悲鳴が聞こえた。

次の瞬間、川の匂いが消えた。

ぼやけていた景色も元に戻り、いつもの教室がそこにあった。

 

「……助かった?」

 

「おそらくな。だが、今日一日はそのカーテンを腰から絶対に外すなよ」

 

「なんで?」

 

「知らない方がいい」

 

「そういうやつ……?」

 

「ああ。明後日には境界の応急処置も終わるだろう。それまでは聞かないほうがいい」

 

そのとき、教室の扉が開いた。

 

「お前ら、何やってる。もうすぐ小テスト始めるぞ」

 

先生が入ってくる。

 

「席につけー」

 

田中は何も言わず、自分の席へ戻った。

 

俺も席につく。

 

先生がプリントを配り始めた。

 

教室はすぐに静かになった。

紙をめくる音と、シャーペンを走らせる音だけが響く。

俺も問題に目を落とした。

 

――十分後。

 

「そこまで。後ろから集めろ」

 

答案が前へ回されていく。

先生はそれをまとめると、教卓の端に置いた。

 

その後は、何事もなかった。

授業を受けて、昼休みになって、午後の授業が始まる。

田中もいつも通りだった。

腰には一日中、カーテンを巻いたままだったが、それ以外は普段と変わらない。

 

「じゃあな、僧介」

 

「おう」

 

田中と別れ、学校を出た。

その日の帰り道も、特に何も起こらなかった。

 

ただいつも通り、不気味なほどに紅い夕日が逢魔時の街を照らしているだけだった。

 

放課後。

職員室。

 

先生は机に向かい、朝の小テストの採点をしていた。

 

一枚目。

 

二枚目。

 

三枚目。

 

答案をめくっていく。

そして、田中の答案を手に取ったところで、ふと手が止まった。

 

「……ん?」

 

紙の端が、濡れている。

 

「なんだ、これ」

 

先生は答案を持ち上げた。

濡れているのは端だけではなかった。

紙全体が、少しずつ湿っている。

それなのに、机には水がついていない。

先生は眉をひそめる。

 

ぽたっ。

 

答案の端から、一滴の水が落ちた。

まだ雨は止んでいなかった。




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