召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
倫理観ゼロ系のヒロインが非常に多いお話となります。
どうぞよろしくお願いいたします。
コヤソト・ロンジが最初に理解したことは、自分が死んだという事実ではなかった。
天使は、思っていたよりずっと乳がでかい。
まずは、それだった。
「ひぃぃぃぃえええっ! なんで!? なんでなんでなんでェっ!? 救世の大英雄様を召喚する術式だったのに、どうしてこんな普通の人間が出てくるのおおおおっ!」
袖口にしがみついてきて絶叫している黄髪の少女――本人いわく天使――が、呼吸に合わせて身体を上下させる。
当然、そのたびに色々なものも上下した。
(……、いや待て。落ち着け俺。今はそんな場合じゃねえ)
ロンジは努めて視線を正面へ戻した。
戻した瞬間、五メートルほどロンジの先にいた別の天使の上半身が消し飛んでいった。
「きゃあああああああ!!!!!?」
「うおおおおオオオオ!??!????」
反射的に腰が抜けた。
白い羽根と赤い肉片が宙を舞い、その向こうで巨大な怪物が三つの口を同時に開く。
三つ首の犬。
ただし大型犬などという可愛いサイズではない。そこらの乗用車よりよほど巨大で、その三つの顎すべてに、人間なら一噛みで胴体ごと千切れそうなえぐめの牙が並んでいた。
一つの首が天使を咥える。
一つが噛み砕く。
残るひとつは次の獲物を探している。
(ケルベロスさんじゃねえか)
ロンジは一瞬で結論した。
もしあれが雑魚なら終わり。中ボスならそこそこ終わり。仮にあれが最上位なら、まだ希望はある……のか?
(頼むから最強のボスであってくれ。雑魚モンスターがあのサイズのゲームは設計ミスだ。やたら難いゲームを好きなドマゾしか喜ばねえ!)
――続けて考えた。
(あと俺、死んだばっかりなのにもう一回死ねるの?)
最後の記憶は、数時間前の雨の夜道である。
横断歩道とまぶしいハイビームのライトと、身体がボゴオ言って宙を豪快に舞った感覚。
それから次に目を開けたら、白い光に包まれた召喚陣の中心にロンジは立っていた。
服装は死ぬ直前のまま。家の近所のコンビニへ行くだけだったので、ヨレたジャージにつっかけサンダルという、死後の第一印象としては致命的な格好だった。
しかも召喚した天使から開口一番、
『誰!?』
と言われた。
こっちが聞きてえよ。
「マヨイエル先輩。SSR級の英雄様出ましたかあ?」
と、場違いなほど呑気で甘ったるい声がした。
ロンジが振り向く。
すると、血と炎と悲鳴が飛び交う戦場のど真ん中に、銀髪の少女が立っていた。
いや――こっちのちょっと背が高くて体の素晴らしい部位が巨大《デカ》い少女(マヨイエル?)が、金色をも塗りつぶすような黄髪と表現するのなら。
こっちのちょっと背が低い――しかし、しっかり素晴らしい部位が巨大い少女は、銀をも塗りつぶす白髪、と表現するべきか。
とにかく、綺麗な子だった。
こちらも頭上に光輪がある。背中には例の立派な翼。服装も、ロンジが想像するところの「天使」にかなり近い。
違うのは表情だった。
周囲では同族の天使が食われている。巨大な悪魔らしきものが空を飛び回っている。
なのに少女は、少し困ったように笑っているだけだった。
しかも片手には、どこから拾ったのか小さな羽根が握られていた。少女はそれをくるくる指先で回し、羽根の根元についた血をはらって落としていたのだ。
「ディーゼちゃん! 笑ってる場合じゃないよぉ! 完全に失敗だよ!! この人、どう見ても英雄じゃないよぉ! 絶対弱いやつだよこれぇ!!!」
「そこまで言わなくてもよくない?」
思わず口を挟んだ。
黄髪の天使――マヨイエルが、ロンジの身体を上から下まで確認する。
ジャージサンダル。
平均的な身長。平均的な体格と、そして特に強者の風格もない顔かたち。
「……、ご、ごめんなさい」
「謝られるともっと傷つくなあ!」
「でも実際、弱そうですしねえ」
銀白髪の天使が追撃してきた。
「お前は誰なんだよ!」
「能天使ディーゼです。よろしくお願いしますねえ」
ぺこ、と頭を下げる。
その拍子に、手にしていた血のついた羽根がひらりと落ちた。
ディーゼは「あ」と言って、それを踏んだ。
気にしない。
(……、いや、今の誰の羽根? なんで持ってたの?)
訊くのをやめた。
なんだか、聞いてはいけない気がした。
能天使。
何か……たしか、天使の階級的なものだろうか。
そんなことを考えている間にも、横を一体の悪魔が吹き飛んでいった。その悪魔を追って、翼を失った天使が突進していく。
次の瞬間、二人まとめて光の爆発に呑まれた。
爆風が吹きつける。
「あぶないッ!!」
マヨイエルが悲鳴を上げ、反射的にロンジの前へ出た。その足は震えていて、腰も完全に引けている。
それでも両腕を広げ、ロンジを庇うように立つ。
「お、おおお客様ですから! 召喚した以上、私たちが守らないと……、!」
「いや、君もめちゃくちゃ怖がってるじゃん!?」
「怖いですぅぅぅ!!!!!」
普通に泣いた。少なくとも、悪い子ではないらしい。
一方でディーゼは、飛んできた瓦礫を首を傾けるだけで避けていた。
「あら危ない」
「お前だけ温度差おかしくないか!?」
「そうですかぁ?」
本気で何とも思ってない顔だった。
「だから! 説明! ここどこ! 俺は!!! なんで呼ばれたの!!!!!」
「天界ですぅ」
「そっ……それは見れば分かる!」
「今は悪魔との最終戦争――ハルマゲドンの最終局面です」
「聞かなきゃよかったァ!」
ディーゼは平然と続けた。
「本当は異界とかから大英雄を召喚して、多少なりとも戦況を立て直す予定だったんですけどねえ」
「で、俺さんが出たと」
「はい」
「チート能力とかは?」
「ありません」
「特殊な血筋によるバフ」
「ありませんねえ」
「実は神の転生体」
「違います」
「実は俺の中には隠された才能的な――」
「今のところ特には、気配もないですねえ」
ロンジは両手で顔を覆った。
「俺ァただの一般人じゃねえかよ!!!」
「だからマヨイエル先輩も泣いてるんですよお」
「失礼過ぎねえか!?」
マヨイエルは本当に泣いていた。
「もう駄目だよぉ……、発動可能な最後の召喚術だったのに……、。ラミエル様も、ニガヨモギ様も、みんな……、」
声が途中で消えた。
ロンジも、その続きを聞く気にはなれなかった。周囲を見るだけで、おおよその事情は理解できるからだ
戦争である。
しかも、天使側が明らかに、だいぶ負けている。
空を覆う数え切れない悪魔に、崩れ落ちる白い建造物と燃え盛る雲海。
地面には天使の死体がそこら中に転がっている。人間が想像する天国とは、かなーり違う。
(俺、天国へ来たんじゃなくて、陥落寸前の首都へ放り込まれたんじゃないか? なんか……こう、1945年のベルリンとかかこれ?)
しかも、こいつらに期待されていた救世主は来なかった、と。
代わりに来たのが自分――というわけですのことよ、と来た。
生前のロンジは、徹底した事なかれ主義者だった。非常に恥の多い人生を送ってきた。
喧嘩は嫌い。スポーツはまあ、ほどほど。
高校では、最初は部活に入っていたがこじらせた結果すぐに参加しなくなって普通にやめた。ダウナー系陰キャのような学生生活、休日はほぼ引きこもり的な毎日を過ごす。
昼ごはんの時などは、誰にも目をつけられない場所を探して座り、一人でボッチ飯。女性経験は人生において完全なゼロ。
挙句の果て、地獄のような高校生活卒業後は、就活もせず半ニート的な生活を謳歌していた。
そうして出来上がったのが二十四歳の完全童貞だ。
完全に、文句なしのゴミである。
胸を張って言える特技といえば、オンラインゲームの攻略情報を延々漁ることと、数少ない友人へ理屈っぽい屁理屈を並べることくらいだった。
(そんな俺を、悪魔との最終決戦に?)
神様がいるなら文句を言ってやりたい。人選ミスにもほどがあるだろうが。
と、その時。
――――戦場から、「音」が消えた。