召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
「………………、………………………………」
「…………、…………………………………………、………………………………」
しかし、反響したロンジの声が消えたあとも、誰も笑わなかった。
いや。
約一名だけ笑っている。それがクソ恥ずかしい。
「……だって事実でしょお?」
ディーゼだった。
「ロンジさんは『善』のために命を捨てますか?」
「捨てない」
「悪のためなら?」
「……もっと捨てないな」
「世界平和のために禁欲できます?」
「…………期間による」
「美少女が目の前にいても?」
「…………、」
「ほら」
「何がほらだああああああああああああああああ!」
何人かの天使が顔をしかめる。ロンジは顔を赤くしながら、ディーゼを指さした。
「そもそも、なんで俺なんだよ!」
「ちょうどいいからです」
「なにが!?」
「正確には、偏りが少ない」
ディーゼは指を軽く振った。
「天使の肉体は善性が強い。そして極悪人の魂は悪性が強い。その二つを直接ぶつければ、強く反発します」
「反発って……どうなるんだ?」
「定着しません。魂が弾き出されるか、器の方が壊れるか……最悪の場合は術式ごと吹き飛びます」
「さらっと最悪の話すんなよなあ……」
次々と新概念が飛び出すが、そこら辺の理解があっさりできるのは、現代日本の一般的ゲーム愛好者の基礎教養か。
「なので、その間に一枚、別の層を挟みます」
「……別の層?」
「善にも悪にも極端に寄っていない、人間の魂魄の波形です」
「……それが、俺?」
「いえす」
ディーゼがぱちりん♪ と指を鳴らした。
今度は宙に三つの光が浮かぶ。一つは白。一つは黒。そして、その間に灰色……。
「白が天使の器。黒がこれから呼び戻す悪人の魂。そして」
ディーゼが中央の灰色を指差す。
「これがロンジさん」
「ものすごく嫌な色だな、俺。ドブネズミ色じゃねえかこれ」
「普通の人間ですから」
ディーゼは続ける。
「この灰色を緩衝材にします。善と悪を直接ぶつけず、一度ロンジさんの魂魄の波形を通して
「ええと……魂魄の波形って何?」
「魂にも人それぞれ癖があるんですよ」
「指紋みたいな?」
「かなり近いですね。形というより、揺れ方とか、馴染み方とか、そういうものですけど」
「……で、俺は具体的に何をさせられるんだ?」
「最初に一度だけ、術式へ魂魄の波形を読み取らせます」
「……痛い?」
「多分、多少。でも死にはしませんよ?」
「その説明で安心できると思う?」
マヨイエルが横からおずおずと口を挟んだ。
「魂魄の読み取りだけなら……普通は、そんなに危険じゃないですよ」
「……普通は?」
「今回は普通じゃないので……」
「マヨイエル先輩まで不安を増やさない」
「ご、ごめん!」
ディーゼが灰色と白と黒の光をさっと混ぜ合わせた。
「重要なのは、召喚の儀自体にロンジさん本人が必要なのは最初だけってことです」
「……最初だけ?」
「はい。一度ちゃんと成功させれば、術式があなたの波形を記録します。最初に型を取るんですよ。つまるところ、あなたは原版です」
「よく分からんが、また嫌な単語が出てきたな」
「一回原版を作れば、二人目以降は術式側がそこから中和層を複製できます」
ロンジは少し考えた。
「つまり……毎回俺が何かされるわけじゃない?」
「そういうことです」
「最初の一回だけ?」
「……まあ、成功率、安定率的には同行してもらった方がいいですが、召喚時にロンジさんの存在はマストではなくなります」
「それ先に言えよ!」
「今言いましたあ」
「俺、この勝負中ずっと謎の儀式?でなんか呼ばれ続けてさせられるのかと思ったわ!」
「まあ……大したことではありませんよ。儀なんてちょちょいのちょいのおちゃのこさいさい、ってやるだけですし。
「いやこれ毎回絶対俺呼ばれるやつじゃねえか!!!!???」
そこでムリエルが口を挟んだ。
「待て」
ディーゼを見る。
「召喚時に波形を通しただけで、最後まで安定するのか」
「当然、完全ではありません」
「やはり問題があるか」
「まあ……ありますねえ」
ディーゼがあっさり頷いた。
「ロンジさん本人が死んだら、原版そのものが失われます」
ロンジの顔が引きつった。
「……あ?」
「術式に保存するのは、あなたの魂を丸ごと複製したものじゃありません。あくまで本人を参照して作る型です」
「もっと分かりやすく」
「あなたが生きている限り、何人でも魂を降ろせます」
「うん」
「あなたが死んだら、それ以降は新しく召喚できません」
「……うん?」
「すでに定着した闘技者も即座に死ぬわけではありませんけど、時間が経つほど不安定になります」
「俺の責任重大すぎない!!!!?」
「マネージャーですから」
「その職名で済ませていい仕事じゃねえだろもう!」
ムリエルは黙ってディーゼを見た。
「つまり……この人間を排除されれば、お前の計画は途中で止まる」
「そういうことですねえ」
「不穏な確認するな!」
ロンジは思わず二人(二柱?)を見比べた。「ていうか待て。俺が死んだら全部止まるような仕組み作るのに……俺の同意は?」
あたりが静やかになった。
ディーゼが答える。
「まだです」
「だよな!?」
「今から取ります」
「順番逆!」
「政治って大体こうです」
「絶対違うってもう! いい加減にしとけよお前!!!!!」
ムリエルが呟くように言った。
「人間……安心しろ。無理強いはしない」
「ムリエル様……!」
ヨコからマヨイエルが少し感動した顔になる。
「お前が拒否するなら、別の方法を探す」
「そうそう。それだよ。それが普通の天使だよ」
「ただし」
ムリエルが続けた。
「見つかる保証はない」
「……、」
「悪魔が八勝すれば、世界の支配権は悪魔側へ渡る。人間界がどうなるかも分からん」
「…………、」
「すでに死亡しているお前の魂が、その後どう扱われるかもな」
ロンジの表情筋がひくついた。
「それ脅してない?」
「事実だ」
「政治家みたいな言い回しすんな」
「主天使だ」
「ちょっと黙っててくれ!!」
そこへディーゼが嬉しそうに割り込んだ。
「まあまあ。こちらもタダ働きさせる気はありませんよ」
「……報酬?」
ロンジの反応が露骨に変わった。この男はそういう男だった。
「ありますとも、ありますとも」
ディーゼはうんうんと楽しそうにうなずく。
「まず、我々天使サイドが八勝して世界の決定権を得られた場合」
「……場合?」
「ロンジさんを現世へ蘇生できます」
ロンジが静止した。
「……できるの?」
「元々は神の御業ですが……世界そのものへ干渉できる権限が手に入るなら、かなり高い確率で」
「何パー?」
「九割くらい」
「残り一割!」
「とにかく、今すでに死んでるので、現状より悪くなることはあまりありませえん」
「あるだろうよ!」
……それでも。
現世。
その言葉には、笑って流せない重さがあった。
特別な夢があったわけじゃない。偉大な使命もない。ただ毎日部屋に引きこもって、時々コンビニで飯を買って、夜中までゲームをして、わずかな友達とくだらない話をする。
働きたくないけど……いつか普通に就職する未来も、多分あったかもしれない。
そんな生活でも、なくして初めて惜しいと思うくらいには、自分の人生だった。
(……戻れるなら)
戻りたい。と、思う。
「それと」
考え込んだロンジへ、ディーゼが少し声を潜めた。
「追加報酬があります」
「まだあんの?」
「ありますとも」
やらしい笑顔。にちゃって音がしてきそうな雰囲気だ。
「世界を救った英雄になれば、天使界隈でもかなり顔が利きます」
「……具体的には?」
「女性天使とイチャコラする権利」
「……、」
「もしロンジさんが好きになった相手がいたら、現世へ一緒に来てもらうことだってできちゃいます」
「…………、」
「世界を救った大英雄と、美少女天使たち」
ディーゼが両手でハートマークを作った。
「夢の異世界(天界)帰りでまるで安いライトノベルのようなハーレム生活ですねえ」
ロンジの瞳に少しだけ光が戻った。というか、こいつ人間の文化に詳しいなおい。
マヨイエルの顔が少し紅潮した。
「ディーゼちゃん……!」
「もちろん天使本人の同意は必要ですよ?」
「そこは絶対です!」
「でも、世界を救った英雄なら多少はモテるんじゃないですか?」
ロンジが顎へ手を当てる。
「……確かに」
「納得しないでください!」
「英雄補正+10000ステータスオープンでバフがかかり色々付与ってわけか」
「よく分からない計算しない! 食いつかないでくださいぃ!」
ディーゼが楽しそうに指を折る。
「金髪銀髪緑髪黒髪青髪」
「うん」
「翼に光輪」
「……いいね」
「ロンジさん!」
マヨイエルが本気で泣きそうになった。
「ただし」
ディーゼがそこでくるりと廻ってロンジの鼻先を指さした。
「一つだけ、今後の召喚に関係する注意事項があります」
「今度は何だよ」
「これから呼び戻す人間たちは、定着直後しばらく肉体と魂の結びつきが不安定です」
「ふんふん」
「そこへ原版であるロンジさんが、他の天使などと魂魄に強く影響するような接触をすると、馴染みきる前にバランスが崩れます」
「接触って?」
ディーゼが笑った。
「セッ〇スです」
「何で急にそこだけ分かりやすいんだよ!」
「ひじょーに重要なので」
マヨイエルがゆでだこのような赤さになっている。
「ディーゼ……ちゃん!!!」
「つまり……」
ロンジは確認する。
「俺は天使とは、この戦いが終わるまでそういうことが出来ない、と?(童貞だけど)」
「はい」
「もし、したら?」
「最悪、肉体と魂の定着が崩れます。性的と言っても一線を越えなければ大丈夫でしょうが……」
「……悪人が爆発?」
「可能性はあります」
「マジで爆発すんの!?」
「ロンジさんも巻き込まれるかもしれません」
「何で俺も!?」
「原版なので」
「原版責任重すぎるだろ!」
ロンジはしゃがみこんだ。いや、口説く勇気が今の自分にあるのかも怪しいが、現世に連れて帰るって話ならろくなアプローチが出来ないのはかなり厳しいんじゃないのか?
「要するに……」
「はい」
「俺の魂を最初の一回だけ型取りする。そのコピーを使って、これから極悪人を天使側の代表闘技者にする。俺が死ぬと、そのシステム自体が止まる。そして世界を救えば、現世に戻れる」
「はいはい」
「あと天使を口説いて一緒に帰れる。でも召喚した奴にリスクがあるから、安定するまで余計なことは出来ない」
「完璧ですう」
ロンジはしばらく考えた。
世界のこと、自身の蘇生。……悪魔と極悪人。
危険のでかさ。
自分の命。そして天使。
……リスクだけなら馬鹿みたいに高い。
でも断ったところで、自分はすでに死んでいる。悪魔が勝てば、かつて自分が暮らしていた世界がどうなるのかも分からない。
「……分かった」
マヨイエルが目を見開く。
「ロンジさん!?」
「やる」
「本気ですかぁ!?」
ロンジはディーゼを見る。
「ただし条件がある」
「どうぞ」
「絶対に俺を死なせるな」
「努力します」
「断言しろ!」
「絶対って言葉、嫌いなんですよお」
「不安しかないですねえここにおわすお方はあ!!!」
ディーゼがそこで、ほんの少しだけ笑みを変えた。
「でも」
その瞳が、ゆるりとロンジを見つめる。
「あなたがいなくなると、本当に困る」
いつもの軽口より少しだけ真面目だった。
「だから、まあ」
肩をすくめる。
「なるべく大事にしますよ。原版さん」
「マネージャーで頼む」
「じゃあ、マネージャー、ロンジさん」
「それでいい」
こうして何度か死を覚悟した天使たちの密室会談は終わった。