召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
会議終了からおよそ三時間後。ロンジは――自分の選択を心底に悔いていた。
大神殿地下だ。そこは戦いで死亡した天使たちの遺体を保管するための場所だった。
白亜の造りの大広間には透明な棺が整然と並び、あたりは冷えきっている。
会議室でディーゼが「死体を使う」と聞いた時には、どうにも現実味がなかった。だが、実物を前にすると違う。透明な蓋の向こうには、眠っているような顔がある。
切断された翼に塞がれた腹部の傷――血を洗われ、衣服を整えられた天使たちは、今にも目を覚ましそうにさえ見える。
さっきまで「天使ハーレム」などと調子づいて浮かれていた自分が、だいぶ恥ずかしくなる。
「……マジで、これを使うのかよ」
「はい」
ディーゼはあっさりと答えた。
ロンジは最寄りの棺へ視線を落とした。
「自分の体を人間の……それも悪い奴に使われるなんて、辛いんじゃないか? 天使の感覚的には」
ディーゼはすぐには答えなかった。
「そうですね。辛いかもしれません」
「……、」
「怒るかもしれないし、恨むかもしれない。もし生き返ったら、私を叱咤し泣き叫ぶかもしれません」
「なら――」
「でも、」
ディーゼが棺の蓋へそっと手を置いた。その手つきは、とてもやさしかった。
「答えてくれません。死者は、自分の死体をどうしてほしいか、もう決められない」
「だから好きにしていいって?」
「いいえ、違いますよ」
ディーゼはロンジに向き直る。
「生きている側が、責任を負うしかないということです」
ロンジは黙った。
「私は使います。世界を残すために。それでこの方たちを辱めたことになるなら、その罪も私が受け持ちます」
(……………………ッ!!)
何も、言い返せなかった。
会議室での大演説を思い出す。あれは、ただのハッタリではなかったらしい。
「……お前」
「はい」
「やっぱ友達少ないだろ」
「急に何ですう?」
「何となく」
「論じさんの予想に反して、私にはちゃんと友達いますよお?」
ディーゼはマヨイエルを見やる。
「ほら、マヨイエル先輩」
「一人!?」
「大切なのは数ではありません」
「今すごくいいこと言って誤魔化した……!」
「ディーゼちゃん、勝手にわたしを数えないでよぉ!」
「マヨイエル先輩!?」
少しだけ、ふざけた空気が対流する。
ディーゼは棺の列をつかつかと歩き、そのうちの一つで足を止める。
「……では、最初の器はこの方にしましょう」
棺の中に眠っていたのは、青髪の少女だった。細身で、整った顔立ちをしている。白皙の肌には目立った損傷もなく、このまま今にも起床してきそうに見えた。
「……この子?」
「損傷が少ない。霊的純度も高い。魂魄容量も……十分です」
マヨイエルの体に少し力が入った。
一方のディーゼは何事もなかったように己のふところへ手を忍ばせ、一枚の黒札を取り出した。
【銃乱射】
【大量殺人】
【無差別殺傷】
「これが、第一候補の情報です」
ロンジの表情から引きつり笑いすら消える。
「……つまり、こいつは具体的に何した奴なんだ?」
「学校で銃を乱射しました。クラスメイトをたくさん撃ちました」
「……とんでもねえな……」
ディーゼが微笑む。
「ちなみに、もちろんそれだけじゃないですよ?」
「………………………………………………、」
嫌な予感しかしない。
「詳しい話はご本人に聞いてください」
「聞きたくないなあおい」
「かなり面白い方ですよ、人格的に」
「お前がそう言うと不安しかねええ…………」
「ただ、一つだけ」
ディーゼの声が僅かに小さくなった。黒札を軽く弾く。
「この人、
「……何?」
「快楽殺人とも少し違う。恨みでもない。思想、独自の哲学体系を持っているわけでもありません」
「じゃあ……何で殺したんだよ」
ディーゼは楽しそうに笑った。
「だから本人に聞けば分かりますよ」
「それ絶対ろくな答えじゃないだろもぉう……!!」
「その通りです♪」
:
さて――儀式は、遺体保管所のさらに奥に設けられた術式室で行われた。
網目状の床一面を覆う巨大な魔法陣。その中央には先ほど選ばれた天使の遺体が横たえられ、そのすぐ脇にロンジが座らされている。
「俺が必要なの、初回だけなんだよな?」
「マストなのは初回だけです」
「絶対?」
「たぶん」
「おいい!!」
「冗談、冗談ですよ、うふふ」
ディーゼが笑む。
「今回は、あなたの魂魄の波と形を術式へ記録します」
「痛くないよな?」
「分かりません」
「怖ぁい!」
「死なれたら成功率がゼロになるので、なるべく死なせませんからご安心ください」
「安心させる言い方下手すぎ!」
指示されるまま、ロンジは右手を天使の胸元へ置いた。
一瞬、躊躇する。
――冷たい。 当たり前だ。この身体は、もう生きていない。天使に体温があるのかどうかは知らないが。
「――始めます」
ディーゼの声色が変わった。
周囲の魔法陣が淡く輝き始め、マヨイエルも術式の一角へ手を触れる。
「魂魄の基準点、採取開始します」
「採取って何されてんの俺!?」
「大丈夫!」
「マヨイエル、その大丈夫は根拠ある!?」
「ないですぅ!」
「正直か!」
痛みはなかった。ただ、身体の内側を爪の先で撫でられているような妙な感覚がある。
自分という存在の輪郭を、誰かに写し取られている。そんな不快感だった。
「……はい、基準固定。これで以後は、本人不在でも中和膜を生成できます。ただ基本的には同席して頂きますが」
「もう終わり?」
「はい」
「早い!!! なんだよビビらせやがって!!!!! なんだったんだよもったいぶって……!!!???」
「あなた、魂が単純なんですよ」
「悪口キマシタワー!?」
その直後だった。
室内の空気が、変わった。
重い。
寒い。
何かが
ロンジは思わず勢いよく振り向いた。
目には見えない。それでも、遠い場所――ずっと暗いところから、何かが引き上げられてくるのが分かる。
やがて魔法陣の上に、黒い影が滲んだ。
人の形をしている。女らしい輪郭。しかし、その縁は煙のように絶えず歪んでいる。
「これ、が……」
「人間の魂です」
「これ、人間?」
「元は」
黒い影が、横たわる天使の肉体へ近づいていく。そして触れた瞬間、少女の身体が大きく跳ねた。
「うわっ!」
「まだ手を離さないでください!」
「分かってる!」
白い光と黒い影が激しく衝突し、魔法陣全体が軋んだ。
「中和層!」
「展開します!」
マヨイエルの叫びと同時に、ロンジの身体から薄い灰色の光が伸びていく。それは反発し合う白と黒の間へ滑り込み、三つの光が重なった。
その瞬間、ロンジの頭の中へ、知らない感覚が流れ込んできた。
銃声。血。悲鳴。
誰かが泣いている。誰かが怒鳴っている。誰かが必死に逃げている。
そして、その中心にいる人間だけが――
「……っ」
背筋に冷たいものが走った。
恐怖でもない。殺意でも快楽や、憎悪だとしても……そういうものなら、まだ理解出来た。
(……何なんだ、こいつ)
空っぽなのに、底が見えない。
「定着!」
ディーゼの声とともに光が弾けた。
そして――静寂が戻る。
「…………………………、」
ロンジは息を止めた。
少女は魔法陣の中央へ横たわったまま動かない。
「失敗……?」
マヨイエルが恐る恐る近づく。その時。
少女の指先が僅かに動いた。
「ひいっ!?」
マヨイエルが固まる。……やがて、少女の瞼が開いた。
赤色の瞳。
人形めいて整った、美しい顔だった。けれど、その瞳だけは、何も映していないように見えた。
「……………………、」
少女はしばらくぼんやりと天井を眺めていた。何度か瞬きをし、次に自分の手を持ち上げる。指を一本ずつ動かし、胸へ手を当て、心臓の鼓動、呼吸、何かを順番に確認していく。
喜んでいる様子も、驚いている様子もない。
「へえ」
――と、小さな声が漏れた。
「ちゃんと動くんだ」
ロンジの肝が冷える。
少女は上半身を起こし、そこで初めて自分の身体をまじまじと眺めた。そして背中から伸びる翼。
「……うお。すご」
ほんの少しだけ、彼女の目が輝いた。
「羽、生えてるね」
自分の翼へ触れ、僅かに頬を緩める。
「すっご~……」
あまりにも普通の感想だったので、ロンジは少し拍子抜けした。
「……そういうの、分かるんだな」
少女がこちらを見る。
「……何が?」
「すごい、とか」
「分かるよ」
「…………………………、」
「意味は感じないけど」
ロンジは黙りこくった。やっぱり怖い、こいつ!
少女は――天使の中に入った悪人は翼の羽根を一本つまみ、感触を確かめてから、今度はロンジを観察した。顔から、上から下まで一通り眺める。
「普通」
「いきなりそれかよ!?」
「弱そう」
「二段がまえやめろ!」
少女はほんの少し笑った。その笑顔だけを見れば、本当に普通の少女に見える。だからこそ、不気味だった。
と、ディーゼが大物登場っぽい雰囲気を出しながら拍手する。
「いや~……………………大成功ですねえ」
「どこ見て成功って判断してんだ! なんだよこの空気! こええよ!!」
「魂人格、正常。身体定着よし。この世界に来ていただいた時点で、必要最低限の情報も上手い具合に彼女の魂にインプットされている状態です。中和層も実に安定している」
「人格……これで正常!?」
「本人通り、という意味です」
マヨイエルが少女へ恐る恐る尋ねた。
「あなたの名前は……?」
「真名は使わせません」
代わりに、割り込むようにディーゼが答えた。
「他の肉体に入っている以上、彼女固有の名前は歪んだ力を持ちますので、こちらでは偽名を使わせます」
「……じゃあ、何て呼ぶの?」
ディーゼは黒札を見る。
【銃乱射】
数秒ほど考えた後、口を開いた。
「乱子」
「……らんこ?」
少女が繰り返す。
「乱射の〝乱〟に、子」
「安直うううううううううう!」
「覚えやすいでしょう?」
「それはそうだけどさあ! もっとこう、さあ!!!」
少女――乱子は、新しく与えられた名前を何度か口の中で転がした。
「乱子」
そして、にかっと笑う。
「キュートじゃん」
「気に入るんだ!?」
「うん」
その笑顔だけなら、本当にただの可愛い女の子だった。
けれどロンジは、先ほど一瞬だけ触れた、あの底の見えない空洞を思い出していた。
ディーゼが両手を広げる。
「それでは改めまして。天使の悪魔の十五番勝負、天使陣営第一の闘技者――極悪人、乱子さん! よろしくお願いいたしますねえ!」
その紹介を聞いているのかいないのか、乱子は自分の太ももを指で押していた。皮膚……筋肉、感触。新しく手に入れた身体を確かめるように。
「マネージャー」
「俺か? ……何?」
「この身体さあ、ナイフで切ったら、どれくらい血出ると思う?」
「やめろ!」
「まだ切ってないよ?」
「その発想をやめろ! 健全な肉体に健全な精神を持て!!」
「私はただ、知りたいだけなのに」
「知るな! 下手に触れるな!!」
乱子は小さく嘆息した。
「マネージャーって、面白いね」
「お前にだけは言われたくねえよ!」
――ディーゼは口角をわずかに持ち上げ、マヨイエルはアワアワとしている。
そしてロンジは、早くも自分の選択を恐れ始めていた。
こうして、世界を救うための天使陣営に。
最初の『極悪人』が加わった。