召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
準備室を出た一行は、そのまま訓練区画へ移った。
壁際には大きな的や用途の分からない器具が並び、見るからに「多少壊れても問題ありません」と主張している造りの大広場だった。
もっとも、今日ここで試すのは、大量殺人犯を死んだ天使の身体へ入れた結果、何が出てくるのか……という実験だ。多少で済む保証はない。
「まず、乱子さんに何が出来るのか確認しましょお」
ディーゼが取り出したのは、一冊の分厚い本だった。
「何だそれ」
「聖典ですう」
「……嫌な予感しかしないんだけど」
「勘がいいですねえ。乱子さん、これを破壊してください」
「えっ?」
真っ先に声を上げたのはマヨイエルだった。
「待ってよディーゼちゃん! それ本物だよね!? 複製とか練習用とかじゃなくて!」
「本物ですよ。本物じゃないと意味が薄いでしょう?」
「どうして壊す前提なの!?」
乱子は差し出された聖典を受け取り、表紙と背表紙を見比べる。
「じゃあ破るね」
「まだやめろって。お前、渡された瞬間から壊し方しか考えてないの?」
「じゃあ燃やす?」
「選択肢増やしたのに悪化してるんだよな~」
乱子は聖典を閉じた。
ディーゼはそんな三者を放って説明を始める。
「人間の罪は、本来なら死後に裁かれて終わります……でも今の乱子さんは、裁かれる側の魂を、本来なら裁く側に近い天使の身体へ入れている。この時点でかなり歪な存在なわけです」
「説明されるたびに、俺たちがやってることの罰当たり度が上がっていくな」
「そこへさらに、
「まだ盛るんかい!」
「盛ります。すると天罰が落ちる。その天罰を、
ディーゼはそこで少しだけ声の温度をを落とした。
「ロンジさんにもご説明すると、この世界では、人間の罪も『重さ』を持ちます。ただ何人殺したか、何を壊したかだけじゃない。どうしてそうしたのか。その時、何を感じていた、
「それが……『能力』になる?」
「そういうわけですう」
いまいちロンジには実感がないが、その能力を発現させることで、悪魔にも対抗できる力を手に入れる……というのが今回ディーゼから受けた説明だった。
「近いですね。ただ、もっと本人そのものです。罪の重さが武装になり、罪の性質が刃になる。それを――《罪具》と呼びます」
ロンジは少し黙って乱子を見る。
単なる特殊能力というには、ずいぶん趣味の悪い仕組みだった。
これからリングへ上がる人間は、生前の罪を置いて戦えるわけではない。むしろ一番醜いところを引きずり出され、それを自分の手で握り直すことになる。
「つって、ザイグって……名前だけ渋くて妙に格好いいな」
「名前くらい格好よくないと気分が沈むでしょう?」
「発想が悪趣味なのに妙に前向きなんだよな、お前!」
乱子は聖典をまたひっくり返した。
「……じゃあ、そのザイグ……のために、どう壊せばいいの?」
「出来れば神様が怒りそうな方法でお願いします。あるいは壊さなくても、強くイメージする事で罪具が顕現する可能性もありますが……今はやめておきましょう」
「ええ、そっちのほうがいいよディーゼちゃん!」
「ダメです」
マヨイエルの言葉をぴしゃりとシャットアウトするディーゼ。マヨイエルと言えば半泣きだ。
「んー……神様ってどんな顔だった?」
「何で?」
「顔描いて破いた方が神様怒りそう」
そしてマヨイエルが絶句した。
「乱子さん、それを思いついても実行しようとしないでください!!」
「でも怒らせるんでしょ?」
「そうなんですけど、積極的に工夫してほしいわけじゃないんですぅ!」
ロンジは被りを振った。
「倫理観は壊れてるのに、課題に対する理解だけ妙に正確なんだよなあ」
結局、ディーゼは本当に聖典の表紙へ神の似顔絵を描き始めた。
「いや、お前も描くのかよ。仮にも天使だろ」
「せっかくなので、なるべく似せようかと……神様ってどんな顔でしたっけ」
「神様に対して使う『せっかく』じゃないだろ。というか俺に聞くなよ。生で見たの一回だけだし、その時ほぼ首飛ぶところしか見てないから顔の印象薄いんだよ! ……っつうかなんでお前の方がうろ覚えなんだよ!!」
「ギャグですよ、ギャグ」
「分かりづれえよ…………!!!!」
完成した似顔絵を乱子が覗き込む。
「普通の顔だね。絵上手い」
「もっと変な顔にします?」
「向上心出すなし!」
そうして聖典が床へ置かれた。
乱子は少し離れ、人差し指を銃口のように向ける。
「銃、ないけども。こういうのってイメージが大事なんでしょ?」
「そうですね……じゃあそこから始めましょうか。……例えば、『欲しい』と思ってみてください」
「……欲しい?」
「一番大事そうなところだけ急に感覚論だな」
「<罪具>は本人の感覚に依存する部分が大きいので。欲しいと言う気持ちが大事なのです」
乱子は片目を軽く細めた。
「ばん」
――それだけだった。当然指からなにかが発射されるわけもない。
が。
次の瞬間、周囲が白く染まる。
「きっ来ます!!!?」
マヨイエルの声と同時に、どこからか黒い雷――炎のようなものがらん子を包み込む。床が揺れ、視界が黒く塗り潰される。
「なっ、乱子…………!!!!??」
ロンジは反射的に一歩踏み出した。
怖いと思っている相手でも、目の前で雷に飲まれれば身体は勝手に動くらしい。
……だが炎の向こうから、小さく弾んだ声が聞こえた。
「……すっご」
光が四散していく。
乱子は無傷で立っていた。その身体の周囲には黒い光が集まり、煙のように揺れている。
「なにこれ。かっけー」
乱子が手を伸ばす。その黒い靄の中へ、断片的な光景が浮かび上がった。
銃口。
割れたオブジェ。 死屍累々の人影。 散らばった窓ガラス。
出口へ殺到する生徒たち。
さっきまで軽口を叩いていたロンジの口が止まった。
「………………、」
乱子はそれを見上げている。嫌そうでもなければ、懐かしそうでもない。ただ、自分の周囲に現れたものを興味深そうに観察している。
「……これ、全部乱子がやったこと?」
「はい」
ディーゼの声も今度は軽くなかった。
「奪った命も、残した恐怖も引いた引き金も。全部……彼女が残したものです」
黒い光が渦を巻き、乱子の両手へ集まっていく。
何もなかった空間に部品が組み上がり、やがて左右の手に漆黒の拳銃が一丁ずつ現れた。
「乱子さんの場合、《罪具》の形は――やはり、撃つことそのものですね」
乱子はしばらく黙って左右の銃を見比べていた。
「……いい」
ロンジが軽く引く。
「何がだよ?」
「形。好き。二丁あるのもいい」
「ずいぶん気に入ったな」
「お揃いだし」
「左右に持ってる同じ銃をお揃い扱いする奴、初めて見たよ」
乱子は新しいアクセサリーでも渡されたように、銃を光へ透かすように眺めた。
「これ、本物?」
「<罪具>です」
「撃っていい?」
「どうぞ」
「待て。せめて撃つ場所くらい――」
パンッ……!!
と、白い壁に穴が空いた。
「俺の意見、一秒で無効になったんですけども!?」
「ディーゼがいいって言ったから」
「じゃあ俺に聞かずに撃てばいいだろ!」
「ロンジは止めると思った」
「分かっててやってんのが一番腹立つわ!!!!」
乱子はくすくす笑い、もう一度銃を向けた。
パン、パパン、パン。
三パツ。ロンジは反射的に頭を庇ったが、すぐに壁を見て……絶句した。
「……穴、一個しかない……?」
「全部同じところ」
「ほぼ同じ位置じゃなくて?」
「完全に同じ。弾の表面に線条痕……同じ傷があったら、その傷が同じ向きになるくらい」
「……ごめん。今、俺の理解が追いついてない」
乱子は何でもないことのように言った。
「角度重力、空気と……反動、指と手首の動きとか銃身の揺れとか撃つ前に計算しただけ」
「それ全部、一瞬で?」
「うん……なんか、頭の調子がいい」
ロンジは壁と乱子を見比べる。
「お前、銃を出せることより頭の方がヤバくない?」
「頭おかしい?」
「そっちじゃない。倫理観については前から色々あるけど、今は褒めてる方だわ」
試しに別の銃を出させると、拳銃はサブマシンガン、ショットガン、ライフルへ次々と形を変えた。
「こっちは好き。これも悪くない」
「服選んでる時と銃選んでる時のテンション、ほとんど一緒だなおい」
「種類がいっぱいあるから」
「その理屈で服と銃を同列に置くなし!」
ただし、乱子が構造を理解していない火器は形にならなかった。
「制限はそこですね。内部構造まで理解している火器だけ。それと大型になるほど生成負荷も大きいでしょう」
「じゃあ勉強したら増える?」
「増えると思いますよ」
乱子の目が露骨にきらついた。
「いっぱい覚えたい」
「ディーゼ、こいつに兵器図鑑渡すなよ。趣味で収集始めるぞ」
「もう資料は用意してあります」
「仕事が早いんだよ!」
乱子は結局、最初の二丁拳銃へ戻した。
「これが一番しっくりくる」
「二個あるから?」
「それもある。ロンジは?」
「銃の好みなんかないけど……見た目だけなら、それが一番まとまってるかな」
乱子は嬉しそうに笑った。
その顔だけなら、隣で歩いていたら自慢の彼女と言いたくなる笑顔だ。
だからこそロンジには、さっき黒い光の中にあった悲鳴を、同じ顔で眺めていたことの方が不気味だった。
「ねえロンジ。これ持ってる私、どう?」
乱子は満足そうに二丁の銃を構え直した。
ロンジは少しだけ理解した。乱子は何も感じないわけではない。興味はある。好奇心もあるし可愛いものを好きとも言う。ただ、人間が普通、大きな意味を置く場所にだけ……何も置かれていない。
命……死と罪と。
そこだけが――空洞なのである。