召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜   作:ookami2

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第15話 初手からこの悪魔は聞いてない

 

 

 

「……で、っか」

 

 ロンジは思わず見上げた。

 

 

 

 辺獄大決戦場は、近くから見たら半端でなく巨大だった。けれど中へ入った瞬間、その認識がだいぶ甘かったと分かる。

 

「マジかよこの規模……外から見るより広がりがやべえがするんだが」

 円形のコロシアム。その中央には灰白色の戦場が広がり、観戦席はそこを囲むように上へ上へと積み重なっている。人間界のスタジアムなんて比較にならない。5万。10万。もっといるのかもしれない。

 

 天使悪魔に限らず肉体を持たない亡者、名前も知らない異形。そんな連中までもが埋め尽くした観戦席から、これから始まる殺し合いを待つざわめきが降ってくる。

 

 しかも、客席の中央を境に雰囲気まで違った。天使側は白と金。悪魔側は赤と黒。その間を隔てているのは壁ではなく、細い光の線が一本だけ。

 

 昨日まで互いを殺していた連中が、ほんの数メートル先で同じ試合を待っている。

 

 

「おかしいだろ……、」

「何が?」

 

 隣を歩く乱子が聞いた。

 

「こんだけ敵同士が集まってるのに、よく暴動が起きないもんだなって」

「したら?」

「神様のルール違反らしい」

「どうなるの? 試してみる?」

「やめい! なんで禁止されてることは確認したがるんだよ!」

 

 

「乱子さん、本当に大丈夫ですか?」

 マヨイエルが心配そうに声をかける。

 

「ん?」

「緊張とか……怖いとか、ありません?」

「してないよ」

「本当に……ですか?」

 

 乱子は目線を空へと向けた。

「何(・)が(・)怖(・)い(・)の(・)?」

 

 その聞き返し方が、本当に分からない人間のそれだった。

 

 

 

 ディーゼがその横でくすくすりと笑う。

 

「いいですねえ。向いてますよお、闘技者」

「どこ見て言ってんだよ」

「死ぬことを怖がらない人って、戦場では便利じゃないですかあ」

「物扱いしないでよディーゼちゃん!」

「でも、本人も気にしてませんよお?」

 

 ロンジが乱子を見る。

 

「気にする?」

「別に」

「ほらあ」

 

 

 その時、頭上で巨大な……聖なる鐘が鳴った。

 

 コォン――と、辺獄そのものを叩いたような低い音が闘技場を揺らす。さっきまで好き勝手に騒いでいた観客たちの声が、大波のように膨らんだ。

 

 

 

『さあ――天国と地獄の連中どもお待たせいたしましたあああ!!!!!!!!』

 

 

 

 

 声が響く。

 

 どこから話しているのか分からない。それなのに闘技場の隅々まで、それどころか骨の内側へ直接響いてくるような声だった。

 

『善神亡き世界の行方を決める、天使と悪魔の代理戦争! 天使陣営十五名! 悪魔陣営十五名!! 一対一による決闘……先に八つの勝利を掴んだ陣営へ、世界そのものが与えられる!!!!!!』

 

 

 どっと辺りが沸いた。

 

 天使たちが翼を打ち鳴らし、悪魔たちは足元を踏み鳴らす。空中では風船だのゴミだのが飛び交い、昨日の街の祭り騒ぎが、そのまま何倍にも膨張していくようだった。

 

 

 

 

『それでは! 記念すべき第一回戦! 天使陣営より出場するのは――!!』

 

 

 

 

 

 巨大な光が乱子を照らす。

 

 

「行ってらっしゃい」

 ディーゼが軽く手を振った。

「乱子さん、絶対戻ってきてくださいね」

 

 マヨイエルは笑おうとしていたが、声には隠しきれない不安が滲んでいた。

 

 

 ロンジも乱子を見る。

 

「死なないようにな」

「努力する」

「もっと真剣に言えよ。送り出すこっちの身にもなれ」

「じゃあ……」

 

 乱子は少し考えてから、。

 

「勝ってくるね、マネージャー」

「……おう」

 

 巨大な門が開く。

 

 乱子は光の向こうへ歩いていった。

 

 

 

 

『天使陣営が送り出した第一の闘技者! その正体は――なんと!』

 

 

 

 

 間。

 

 

 

 

『人間だァァァァァッ!』

 

 

 

 

 

 闘技場が揺れた。

 

「……は?」

「……人間!?」

「今、人間と言ったか!???」

 

 天使側の観客席から、困惑の声が一斉に噴き出す。悪魔側も同じだった。

 

                   「人間だと……?」

   「天使は戦わねえのか!??」

 

 

 だが実況は止まらない。

 

 

『しかもただの人間ではない! その魂は地獄より呼び戻された罪人! そして見よ、その身体を!』

 

 

 乱子が翼を広げた。

 

 純白。

 

 どこからどう見ても、天使の翼だった。

 

 

 

『死せる天使の肉体へ、歴史に爪痕を残す大悪人の魂を降ろした、天使陣営禁断の新兵器!!』

 

 

 

 一瞬。

 

 今度こそ、闘技場全体が静まり返った。

 

 次の瞬間、怒号と笑い声が一斉に弾けた。

 

 

          「ふざけるな…………!」   「死者への冒涜だ!!!!」

     「誰が許可した!!」 

            「神聖な天使の肉体に、人間の罪人だと!?」

 

 最初に怒り始めたのは、天使側だった。

 称賛ではない。戸惑い、怒り、嫌悪。むしろ身内からの反発の方が激しいくらいだった。

 

 悪魔側は逆に、数秒遅れて大笑いし始める。

 

「アハヒャハハッ!」

「天使どもがやりやがった!」

「最高だなあおい!!!!」

「神が死んだ途端これかよ!」

「俺たちより悪趣味じゃねえか!!!!!」

 

 ロンジは観客席を見回した。

 

「……めちゃくちゃ荒れてるんだけど」

「でしょうねえ」

 

 ディーゼは妙に満足そうだった。

 

「嬉しそうにすんな!」

「だって、ちゃんと驚いてるじゃないですかあ」

「何がそんなに嬉しいんだよ!」

「天使も悪魔も、ですよお」

 

 白銀色の瞳を動かしためすすがめつ。

 

 ロンジは少しだけ背筋が寒くなった。たぶんディーゼは、これも計算していた。

 天使が悪人を使う。

 しかも、死んだ天使の身体へ罪人の魂を入れて。

 ただ勝つためだけではない。それを大勢の前に晒して、〝天使はそこまでやる〟と世界中へ宣言する。

 

 宣戦布告としては、随分と趣味が悪い。

 

 

『その名は乱子! 罪状、無差別殺人! 大量殺人!! そして――』

 

 

 実況の声が一瞬だけ濁る。

 

『その他多数!』

 

 

 乱子本人は、怒号にも笑い声にもほとんど反応していなかった。ただ、観客席を見上げている。

 

「すごい数」

 

 近くにいた審判役の中立天使が、嫌そうな顔をする。

 

「ここで撃ったら、すごいことになりそう」

「観客席への攻撃は禁止だ!」

「分かってるよ」

 

 間。

 

「もったいないなって思っただけ」

「何が!?」

 

 審判の顔が引きつった。

 

ロンジはははっ、と某マスコットキャラみたいな笑い方をせざるを得ない。

「もう退場させられそうなんすけど?」

「まだ規則違反はしてませんよお」

「発言だけで失格に出来ない?」

「そういう規則はないですねえ」

 

 

 

『さあ! 対する悪魔陣営――第一闘技者!』

 

 

 

 ロンジが姿勢を正す。

「たしか相手、まだ分かってないんだよな?」

「はい」

 

 マヨイエルが答えた。

「代表者は入場まで基本的に非公開です。天使側も悪魔側も同じ条件です」

「相性見て後出し出来ないってことか」

「そういうことですね」

 

 ディーゼが腕を組む。

 

「初戦ですしい、向こうもいきなり最上位を切ってくる可能性は――」

 

 

 

 

 悪魔側の門が開いた。

 

 ディーゼの言葉が止まった。

 

 

 

 

 最初に見えたのは、磨き上げられた黒い革靴だった。

 細身の脚に燕尾服。白手袋。銀の装飾が施された杖。そして、黒いシルクハット。

 

 

 長身の男だった。

 

 

 

 悪魔と聞いて思い浮かべるような角も、牙や爪もない。むしろ人間の貴族と言われた方が納得出来そうな姿をしている。

 

 男は門を抜けると、観客席へ向けて帽子を取った。

 

 優雅に一礼する。

 

 その瞬間、悪魔側の観客席が、先ほどまでとは比べものにならない歓声に包まれた。

 

 

 

 

『これは――これはいきなり大物だァァァッ!』

 

 

 

 

 

 マヨイエルは思わず漏れたというように呟く。

 

「……嘘」

「知ってるの?」

 

 ロンジが振り返る。

 

「どうして……初戦から……、」

 

 ディーゼは黙っていた。

 

 笑っていない。

 

 ただ男を見て。

 

 

 

「……チッ」

 

 舌打ちした。

 

「今、舌打ちした?」

「しましたねえ」

「認めるんだ。そんなヤバい?」

「まあ」

 

 ディーゼの口元に、薄暗い笑みが戻る。

 

「地獄にも、有名人っているんですよお」

「……どのくらい?」

「名前が残ってるだけで、人間界に物語が出来るくらいには」

「それ普通に超有名じゃねえか」

 

 ロンジが男を見る。

 少なくともディーゼの反応を見る限り、ただの一回戦要員ではない。

 

「殴り合いと言う意味の戦闘力だけなら、もっと上は勿論いますよお」

「じゃあまだ――」

「でも」

 

 ディーゼが言葉を重ねる。

 

 

「決闘なら、話は別です」

 

 

 その瞳が冷めていく。

 

「……随分いい札を、初手から切ってきましたねえ」

 

 実況が名を告げる。

 

 

 

 

『契約! 誘惑! 取引! 数多の人間へ選択を与え、その魂を地獄へ導いてきた古き悪魔! 悪魔陣営第一出場者はメフィストフェレスゥゥゥゥウウウウゥゥッ!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 観客席がどっと爆発した。

 乱子は、目の前へ現れた悪魔をじっと眺めている。

 

 

「格好いい服」

 

 

 第一声がそれだった。

 

 メフィストフェレスは笑う。

「これはどうも。お嬢さんの装いも大変お美しい。白がよくお似合いですよ」

 

 乱子は自分の服を見る。

 

「そう?」

「ええ」

「血がついても似合うと思う?」

 

 一瞬だけ、メフィストの表情が止まった。

 

 すぐに笑みに戻る。

 

「それは是非、確かめてみたいものです」

「私も」

 

 二人が笑う。

 

 ロンジは困った反応しか出来ない。

 

 

 

「……会話成立してるようで、全然成立してないだろ」

「案外お似合いじゃないですかあ」

 

 マヨイエルだけは、メフィストから目を離さない。

 

「ロンジくん」

「ん?」

「悪魔には、天使の『職能』とも……人間の『罪具』とも違う、その悪魔固有が各々に持つ力があるんです」

「……え?」

 

 

 

「――『権(・)能(・)』」

 

 

 

 マヨイエルが続ける。

 

「悪魔が〝何の悪魔であるか〟その存在そのものが、世界へ作用する力です」

 

 

 ディーゼが継ぐ。

 

「ちなみにメフィストは、『契約』と『規則』にまつわる悪魔ですねえ」

「えーと、超能力みたいなもんか……? で、具体的に何ができるんだ?」

「この戦場に条(・)文(・)を(・)作(・)る(・)」

「……条文?」

「宣言した規則を、現実にするんです」

「ズルくない?」

「ズルいから悪魔なんですよお」

 

 ディーゼの口調はいつも通りに戻っていたが、視線だけは一度もメフィストから外れていない。

 

「ただし無制限じゃありませんよお。一戦につき五つ。それ以上は増やせません」

 ロンジはメフィストの杖を見る。

 

 持ち手の下に、五つの黒い輪が嵌まっていた。

 

「……あれ?」

「ええ。一条使うたび、一つ消えます」

「残弾表示みたいなもんか」

「たいへん分かりやすくて助かりますねえ」

 

 闘技場中央では、メフィストが乱子を眺めていた。

 

「いやあ。しかし本当に人間なのですね。魂の形でわかる」

「そうだよ」

「実に素晴らしい」

「人間好きなの?」

「大好きですよ」

 

 メフィストの声には、本当に愛情らしきものが含まれていた。

 

「金が欲しい。愛が欲しい名誉が欲しい。復讐したい……生きたい死にたくない。人は何かを欲するたび、自分が何者かを教えてくれる」

「ふうん」

「そして、選ぶ」

「何を?」

「何を得るためなら、何を捨てられるか」

 

 メフィストは杖の先で軽く床を叩いた。

 

「私は一度も、人間から何かを奪ったことなどありませんよ」

 

 乱子が首を傾げる。

 

「そうなの?」

「ええ」

 

 笑顔。

 

「皆、自分から差し出してくださるのです。最後には魂まで」

 

 乱子は数秒考えた。

 

「へえ」

「素敵でしょう?」

「別に」

 

「おや」

 

「今は、あなたを撃ったらどうなるかの方が気になる」

 

 

 

 

 メフィストはより楽しそうに笑った。

 

 

 

「なるほど」

 

 ロンジはようやく理解した。

 

 この悪魔は、人間そのものが好きなんじゃない。

 

 人間が何かを守ろうとして、そのために別の何かを自分の手で捨てる瞬間が好きなのだ。

 

 壊すことより、自分で壊させることを好む。

 そういう悪魔なのだろう。

 

 

 

 

『それでは両者! 準備を!!』

 

 

 

 

 実況の声が、辺獄大決戦場いっぱいに響き渡る。

 

 メフィストは杖を片手に、微笑んだまま乱子を見ていた。

 

 対する乱子は右手を上げる。その時指先から黒い光が溢れ出した。

 

 

 

『……………………!?』

 

 

 

 その光の中へ、乱子の過去が断片的に浮かんだ。しかしそのどれもが一瞬で黒い光へ溶けていく。

 

 代わりに、無数の黒い線が闘技場へ走った。床を這い、壁へ伸び、柱で角度を変え、また戦場へ戻っていく。

 乱子の赤い瞳が、目の前にあるすべてを射撃のための情報へ変えていく。

 

 

 

『な、なんだこれはァ!? 天使側闘技者の周囲に、謎の黒線が大量発生! 魔術か!? 天使の職能なのかァ――!!?』

 

 

 

「どっちでもありませんよお」

 

 ディーゼが観客席で呟いた。

 

 黒い光が乱子の両腕へ集まる。

 輪郭のなかった光が少しずつ形を持ち、金属音とともに二丁の漆黒の拳銃へ変わっていった。

 

 乱子は一丁を軽く回し、手の中へ収める。

 

 

「罪の重さが武装となり、罪の性質が刃となる」

 

 ディーゼが笑う。

 

 

「大量殺人銃乱射犯・乱子の罪具――<絶対銃>」

 

 

 

 

 

 

 

 黒い銃口が、メフィストへ向けられた。

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