召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
<絶対銃>の銃口がメフィストへ向けられると、闘技場を包んでいたざわめきが少しだけ引いた。
人間の罪が武器となり、それを握っているのは死んだ天使の肉体。
「……悪辣だ」
どこかの天使が呟いた。
「最高じゃねえか!」
悪魔席からは、ゲハハ……と逆に楽しげな笑い声が飛んでくる。
そんな両陣営の反応をよそに、ディーゼだけがまだ満足していないようだった。
「まだですよお」
ロンジが横を見る。
「……、何が?」
「
「仕上げ?」
その時、乱子も何かを思い出したように「あ」と声を漏らした。
「そうだった」
「……、何がそうだった?」
ふと。
乱子は左手の拳銃を下ろすと、腰に提げていた小さな鞄を探り、一冊の本を取り出した。
白革の表紙に黄金にあつらえられた縁取り。中央には神を象徴する印が刻まれている。
「……、おい。あれ」
ロンジとほぼ同時に、マヨイエルも目をかっ開いた。
「乱子さん、どうしてあんなもの持ってるんですか!?」
「私が差し上げましたあ」
二人の視線が一斉にディーゼへ向く。
「ちゃんと持ってきましたねえ」
「待て待て。お前、知ってたの?」
「ディーゼちゃん、何させる気なの!?」
マヨイエルまで詰め寄るが、ディーゼは涼しい顔のままだった。
「まあまあ。見てれば分かりますよお」
『おおっと!? 天使側闘技者、ここで聖典を取り出したァ! これは試合前の祈り……でしょうか!?』
「いや、絶対違う」
ロンジにはもう分かった。乱子は祈る顔をしていない。
聖書をしばらく眺めたあと、何の躊躇もなく上空へ放り投げた。
「……、え?」
マヨイエルの声が裏返る。
宙を舞う聖書へ、乱子が<絶対銃>を向けた。
「乱子さん? ちょっと待ってください、まさか――」
パゥンッ
乾いた銃声が響き、聖書の中央へ穴が空いた。
天使席が、一瞬で静まり返った。
「……、撃った」
マヨイエルが呆然と呟く。
「撃ったな……」
ロンジもそれしか言えなかった。
乱子は二人の反応など気にも留めず、続けて二発撃った。金文字が弾け、背表紙が裂ける。
そこでようやく、天使席が我に返った。
「何をしている貴様ァアアァッ!?」
「聖典だぞォオオォ!?」
「やめろ! やめさせろ!!!!!」
「神のお言葉を撃つなァアァ!」
「冒涜にも限度というものがあるでしょうがぁああぁっ!!!」
怒号が一斉に降ってくる。乱子はそちらを一度見ただけで、また聖典へ銃口を戻した。
立て続けに三発。
パンッパンンッっと頁が千切れ、白い紙片となって宙へ舞う。
「乱子さん、もうやめてくださいぃいいぃ!」
マヨイエルも半泣きだった。
乱子は聞く気がないらしく、最後にもう一度引き金を引いた。同時に銃声が響き、表紙の中央まで綺麗に撃ち抜かれる。
聖典だったものは完全に崩れ、細かな紙片となって闘技場へ降り注いだ。
乱子はその光景を見上げる。
「……、紙吹雪」
「何がだよ!」
悪魔席は大爆笑だった。
「ぎゃはははははっ!」
「天使どもの顔見ろよ!」
「もっとやれェエ!」
「やるなァアアァッあのアマ!!!」
『こ、これは……これはァ!? 前代未聞! 天使側闘技者が神聖なる聖典を銃撃! しかも一発ではない! 念入りに執拗に! 粉々にしているゥゥゥ――!!!!!』
「実況まで盛るな!」
ロンジがドン引きの横で、ディーゼだけが楽しそうだった。
「いいですねえ十分な冒涜です」
「十分すぎる!」
「これくらい強い方が、よく燃えますよお」
「何が!?」
その瞬間、空が白く染まった。
さっきまで怒号を飛ばしていた天使たちが、一斉に黙る。
マヨイエルの顔色も変わった。
「……、来る」
「何が」
「神罰です!」
次の瞬間、轟音とともに巨大な白炎が天から落ち、闘技場中央の乱子を丸ごと呑み込んだ。
「乱子ォ……!?」
ロンジが反射的に立ち上がる。
地面が揺れ、観客席まで圧倒的な熱波が届く。思わず腕で顔を庇いながら、ロンジはディーゼへ怒鳴った。
「なつぁ……な何だよあれぇ!!?」
「<神の炎>です」
「かみの!?」
「熾天使ウリエル様の『職能』<神の炎>。特定条件下で、神への重大な冒涜を感知すると、自動で対象へ神罰を落とします」
「自動!?」
そこまで聞いて、ロンジの頭の中で全部が繋がった。
「……、お前、最初からこれ狙いかよ!」
「そうですよお?」
「俺たちにも説明しろ!」
「説明したら止めるじゃないですかあ」
マヨイエルも青ざめたままディーゼへ振り返る。
「ディーゼちゃん、ウリエル様の『職能』をこんな使い方するなんて聞いてないよ!!」
「聞かれませんでしたからねえ」
「そういう問題じゃないっ!」
ディーゼは白き炎を眺めながら、さらりと言った。
「でも、ウリエル様があの戦争で生き残っていて本当に助かりました。この『職能』、だいぶ使えるので」
「大天使を設備みたいに言うな!」
「ディーゼちゃん、それ絶対本人には言わないでよ……」
「会った事ないですし」
「その顔、機会があったら絶対言う顔!」
ロンジはすぐに炎へ視線を戻した。
「でも、これ乱子死なないのか!?」
「そのための冒涜ですよお」
「どういう意味だよ!」
「<罪具>を出すためではありません」
ディーゼの目が決戦場を睥睨する。
「ダメ押しです」
白炎の中心で、黒いものが蠢いた。
「人間の罪そのものは、もう<罪具>として形になっています。ですが、そこへさらに神罰を叩きつけたらどうなると思います?」
「……、」
「神に否定された罪が、その否定すら受け入れなかったら?」
白い炎が不自然に歪んだ。
『な……、』
実況の声まで震える。
炎の中で、乱子は立っていた。
焼かれていない。
それどころか、彼女の周囲に渦巻く黒い光が、<神の炎>を少しずつ呑み込んでいる。
「……、嘘だろ」
ロンジが呟く。
白い炎が触れるたび、黒い光が膨らむ。
「神罰は罪を焼くためのものです」
ディーゼが言う。
「ですが、焼いてなお残るなら――それだけ、
天使席から、怯えた声が漏れ始めた。
「神の炎を……吸ってる?」
「ありえない……」
「人間の罪が、神罰に耐えてるのか……?」
別の天使が、青ざめたまま呟いた。
「食ってる……」
反対に、悪魔席は大盛り上がりだった。
「神罰まで利用しやがった!」
「やっぱ人間ってイカれてんなァア!」
黒い光が<絶対銃>へ流れ込み、銃身に赤黒い線が走る。
同時に、戦場を走っていた黒い射線も一気に増えた。床で折れ、壁へ伸び、柱を経由しながら、何重もの軌道を描いていく。
「<罪具>を生むためじゃない……」
ロンジが呟く。
「
「そうです」
ディーゼが頷いた。
「神へ唾を吐いて、神罰を貰う。その神罰すら罪へ変える」
「とんでもねえ……!」
やがて白炎が完全に消えた。
乱子は手の中の<絶対銃>を眺め、少し嬉しそうに笑う。
「……、これ、さっきよりいいね」
「命懸けで強化された感想がそれ!?」
乱子が銃口をメフィストへ向ける。
メフィストは小さく拍手した。
「これは美しい」
「かっこいいでしょ?」
「ええ。実に」
「撃たれても同じこと言える?」
「是非とも試していただきたい」
そこでメフィストは杖を地面へつき、軽く一礼した。
「ただ、その前に。
乱子が首を傾げる。
「それ、返事したら何かある?」
「ええ。契約が成立します」
「危ない?」
「無論」
ロンジが固まった。
「いやいやいや。今ので『やめとく』以外ある!?」
乱子は少し考える。
「それって何か面白い?」
「保証しましょう」
「じゃあ、いいよ」
「何でだよ……!!」
ロンジが叫んだ。
「神罰食った直後に悪魔と契約すんな! 危険物を順番に踏破するゲームじゃねえんだぞ!!」
マヨイエルもおどめく。
「乱子さん、もう少し危機感持ってくださいよぉ!」
マヨイエルまで声を裏返す。ディーゼも珍しく呆れたように息を吐いた。
そしてメフィストは――しばらく乱子を見つめていた。
「……危険だと分かっていて?」
「うん」
「理由を伺っても?」
「面白そうだから」
その答えを聞いた瞬間、メフィストの笑みから営業めいたものが少しだけ抜けた気がした。
本当に興味を持ったらしい。
「……、素晴らしい」
杖に嵌められた五つの輪が赤く輝く。
「契約成立」
『両者、位置へ!』
乱子とメフィストが互いに距離を取る。およそ三十メートル。
乱子は二丁の銃を下げたまま自然に立ち、対するメフィストは杖を両手に地面についていた。
観客席を埋めていたさざめきが、試合開始を察して次第に静まっていく。
『ハルマゲドン、ラストバトル――第一回戦!』
張り詰めた静寂の中。
『開始ィィイイイイイイイイイイイィィッ!!!!!!!!!!!』
ゴウガン、と鐘が鳴った。