召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
試合開始を告げる鐘と、銃声がほとんど同時に響いた。
「は?」
ロンジが声を漏らした時には、乱子はすでに撃ち終えている。
様子見もなければ、相手の出方を待つつもりもない。開幕と同時に<絶対銃>を持ち上げ、狙ったのは真正面――メフィストフェレスの眉間。
殺せるなら、最初の一発で殺す。乱子にとっては、それだけの話らしかった。
「いや早い早い! 開始一秒で殺しにいく奴ある!?」
ロンジのツッコミを置き去りに、弾丸は真っすぐメフィストへ迫る……
顔面まであと数センチというところで、その速度が目に見えて落ちたのだ。
回転が鈍り、勢いをなくし、まるで見えない手で摘ままれたように空中で止まる。
カラん、と乾いた音を立てて床へ落ちた。
「……、」
乱子は落ちた弾丸と手元の銃を見比べた。驚いてはいる。けれど、怖がってはいない。
メフィストに至っては、瞬き一つしていなかった。
「随分とせっかちなお嬢さんですね」
「当たると思った」
「でしょうな。だからこそ、一つ約束を追加させていただきました」
メフィストが杖の石突きを床へ落とす。
コツ……と小さな音が鳴った直後、持ち手の下に並んでいた五つの輪のうち、一番上が砕け散った。
黒い破片は宙へ舞い、そのまま文字へ変わる。
【第一条】
【我へ向けて放たれた物体は、その運動を失う】
一瞬遅れて、悪魔側の観客席が沸いた。
「銃使いにこれは終わった!」
「一発も届かねえぞ!」
「人間ちゃん、初手で詰みじゃねえかァ!」
ロンジも頭上の条文を読んで、思わず顔をしかめた。
「……、あれがメフィストの権能……攻撃を、完全に封じられたってことか?」
「まだですよお」
ディーゼが間髪入れずに返す。
「まだって、銃弾が相手に向かった時点で止められるんだろ?」
ディーゼは、空中に浮かぶ条文を指でなぞるように眺めた。
「ロンジさんに分かりやすく言いますと。条文っていうのはですねえ、融通が利かないんですよ。〝書いてあることしかできない〟んです」
「……、ああ?」
ロンジがもう一度文字を見る。
:
そして決戦場中央では、メフィストが帽子を取り、乱子へ優雅に一礼する。
「第一問です」
いかにも教師が生徒へ問題を出すような声音だった。
「さて。銃弾が私へ届かないのなら、あなたはどうします?」
乱子は答えなかった。
<絶対銃>を一度見て、メフィストへ視線を戻す。それから目だけを動かし、あたりをゆっくりと……見渡した。
赤い瞳の奥で、黒い射線が増えていく。
真正面からでは届かない。
なら、真正面から撃たなければいい。
「……、」
乱子の口元が、少しだけ楽しそうに緩んだ。
「なるほどね」
二発目。
今度の銃口は、メフィストを向いていなかった。
「床!?」
ロンジが身を乗り出す。
弾丸は灰白色の地面へ叩き込まれ、鋭い角度で跳ね上がった。そのまま側壁へ飛び、さらにもう一度反射する。
最初からメフィストへ向けて撃った弾ではない。
床へ撃ち、壁へ運び、そこで初めて標的へ向かわせる。
二度の跳弾を経た弾丸が、メフィストの死角から側頭部へ食らいついた。
ここで初めて。
メフィストの視線が、乱子から外れた。
「――ほう」
ほんのわずかに顎を引く。
次の瞬間、黒いシルクハットの縁が弾け飛んだ。一拍遅れて、闘技場全体から大きなどよめきが起こる。
「当たった……!!!」
マヨイエルが思わず前のめりになる。
「帽子ですけどねえ」
「十分だろ! 今の条文、もう抜けられたじゃん!」
ロンジは改めて第一条を見る。
【我へ向けて放たれた物体は、その運動を失う】
ならば、最初から〝我へ向けて〟放たなければいい。
理屈だけなら単純だ。床へ撃って、壁へ当てて、最後に標的へ飛ばす。
ただし、
「……、こいつ、条文見てから何秒も経ってないよな?」
「乱子さんですからねえ」
ディーゼはさも当然のように答える。
「角度、反動、空気の抵抗に跳弾後の軌道。乱子さんにとっては、全部計算出来るものなんですよお。床も壁も障害物じゃありません。弾を目的地まで運ぶための道です」
「世界を巨大なビリヤード台みたいに見るなよ……」
ロンジにはそう言うしかなかった。
だが、乱子本人は、自分がとんでもないことをしたという顔をしていない。
むしろ新しい遊び方を見つけた時の子供みたいに、次の射線を探している。
一方、メフィストは欠けた帽子の縁へ指を添えた。
「素晴らしい」
乱子が首を傾げる。
「当たったのに?」
「だからこそですよ」
メフィストは帽子を被り直し、杖を足先へ預けた。
「規則を聞き、その穴を探し自分に都合よく利用する。禁止されていないのなら、何をしても構わないと考える」
楽しそうに笑う。
「……実に人間らしい」
「でも私、別にルール破ってないよ?」
「ええ。そこがいい」
メフィストの声には、さっきまでより明らかな熱が混じっていた。
「私は規則を破る者より、規則を守りながら悪事を働く者の方が、ずっと好きなのですよ」
「うわ……」
ロンジは思いきり嫌そうな顔をした。
「こいつ乱子のこと気に入り始めてねえか?」
ディーゼは楽しそうに笑っている。
けれど、観客席の空気はさっきまでとは確実に変わっていた。
最初は、人間が悪魔に勝てるわけがないと笑っていた。
次に<絶対銃>を見て驚き、神罰まで利用したことで騒ぎになった。
そして今。
大悪魔の『権能』が作った規則へ、人間が真正面からいきなり穴を開けた。
悪魔がルールを作り。人間が、その隙間へ潜り込む。
天使の身体を借りた悪人が、自分の罪を武器にして、悪魔へ食らいつこうとしている。
冷静に考えれば、まともじゃない。どう考えても、正義の味方の戦い方ではない。
それでも帽子が弾けた瞬間、ロンジは無意識に拳を握っていた。
「……、何なんだよ、この戦い」
正義の味方なんて、どこにもいない。
それなのに乱子が一発返しただけで、普通に嬉しかった。
『さあァアアァ! 第一回戦、早くも大波乱だァ! 契約と規則を操る大悪魔メフィストフェレス! 対するは、己の罪を銃へ変え、神罰すら呑み込んだ人間・乱子!』
歓声が決戦場を揺らす。
その光景を眺めていたディーゼが、ふっと笑った。
「いいじゃないですかあ」
「……、何が?」
「ようやく、形になってきました」
ロンジが横を見る。
ディーゼのその凪のような瞳は、真っすぐリングへ向いていた。
「神を失った天使が、大悪魔に勝つために選んだもの」
メフィストが杖を構える。
その正面で、乱子も<絶対銃>を持ち上げる。
「正義でも、奇跡でもない」
ディーゼが片手を上げた。
「悪魔――デビル」
メフィストを指す。
続いて、もう片方の手を乱子へ。
「対するは、悪人――エビル」
ロンジは一瞬、何を言い出したのか分からなかった。
ディーゼはその二本の人差し指を、目の前でゆっくり交差させる。
出来上がったのは、十字架。
そして――プラス。
「……、まさかお前」
「マイナスとマイナスを掛け合わせれば、答えはプラスになるじゃないですかあ」
そこで初めて、ディーゼがロンジを見る。
最高に得意げな顔だった。
「強大なる悪魔に対し、私が招集すべきは十五人の無比の悪辣」
リングでは、悪魔と悪人が互いへ武器を向けている。
「善では勝てないなら、悪で勝つ」
ディーゼは指で作った十字を掲げたまま、笑った。
「彼女たちは我々にとっての――『