召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
「……、絶対それ言いたかっただけだろ!!!!」
ロンジの叫びと同時に、銃声が轟いた。悪魔《デビル》 対 悪人《エビル》の戦いは眼下で徐々に加速している。
【我へ向けて放たれた物体は、その運動を失う】
なら、
乱子は条文を見てから、ほとんど時間をかけずにそこへ辿り着いた。
メフィストは切れた帽子の縁を指で撫で、改めて乱子を見下ろす。
「なるほど。文章を読解できる方でしたか」
「そりゃ読めるよ」
「それは失礼しました」
「でも、書き方ちょっと甘くない?」
乱子が二丁の拳銃を軽く持ち直すと、悪魔側の観客席から笑い声が起こった。メフィストも気を悪くした様子はなく、むしろ楽しそうに笑む。
「仰る通りです。では、第一問正解ということで――第二問へ参りましょう」
杖を床へつくと、残っていた四つの黒い輪のうち一つが赤く光り、そのまま砕けた。散った破片が宙で文字へ変わっていく。
【第二条】
【弾丸が一度触れた面は、以後弾丸を反射しない】
条文が完成した瞬間、先ほど乱子が弾丸を当てた床と壁の一部だけが、墨を垂らしたように黒く染まった。
「………………、」
乱子は確かめるように同じ場所へ一発撃つ。弾丸は床へ当たったものの、今度は跳ね返らず、そのまま石材へ食い込んだ。
「一回使った場所は、もう跳弾に使えないってことか?」
「そういうことですねえ。一発撃つごとに、壁も床も使える場所が削られていく」
ディーゼの言葉通りなら、この闘技場そのものが巨大な使い捨ての盤面になったようなものだ。
そこでロンジは、別の疑問に気づいた。
「……、待て。何であいつ、
「どういうことですか、ロンジくん?」
「第一条と第二条を最初から重ねてたら、乱子はもっと困ってただろ」
マヨイエルも納得したようにディーゼを見る。
「使えないからですよお」
ディーゼはすぐに答えた。
「メフィストの『権能』は、最初から五つのルールを好きに並べて強制できる力じゃありません。前の条文が攻略された時だけ、次の一条を制定できる」
「じゃあ、乱子が解けば解くほど、向こうも次の札を切れるようになるのか」
「正解です」
「最悪だな」
「だから舌打ちしたんですよお」
口調こそいつも通りだったが、さっきまでのように面白がっている感じは弱い。
メフィストはハットを被り直し、乱子へ笑いかけた。
「一つずつ選択肢が減っていく。なかなか風情があるでしょう?」
「別に?」
「冷たいですねえ」
「まだいっぱい残ってるしね」
乱子が撃つ。
一発目は床へ次は右手の壁三発目は柱。三つの反射面を使って弾丸をメフィストの背後へ回し、杖で弾かれると、使われた場所だけが小さく黒く染まった。
それでも乱子は止まらない。今度は別の床、別の壁と柱を使い、次々と弾道を組み直していく。
そのたびに灰白色だった闘技場へ黒い斑点が増えていった。
観戦席から見れば、ただ無造作に撃ち散らしているようにも見える。
だが、何十発か続いたところでロンジは違和感を覚えた。
「……、こいつ、適当に撃ってない」
「分かりますう?」
ディーゼが首を軽く振る。
「使える場所はどんどん減ってるのに、
乱子が先に潰しているのは、闘技場の外周ばかりだった。
戦闘の終盤で使いやすい角度、メフィストの死角へ通しやすい壁、正面から見えにくい柱の裏。そういう場所だけを残し、それ以外を順番に使い切っている。
「盤面を使いこんでるんじゃない」
ロンジは黒く染まっていく闘技場を見ながら言った。
「こいつ、自分で盤面を整理してやがる……」
ディーゼがわずかに笑った。
「見えてきましたねえ」
「何が?」
「あの子が、
その言葉を証明するように、乱子が走り出した。
移動しながら二丁の<絶対銃>を続けざまに撃つ。一発目は床から壁、さらに柱へと角度を変え、メフィストの側面へ回り込む。彼が杖を払ってそれを叩き落とした瞬間、その陰に隠れていた二発目が反対側から飛び込んだ。
「――っ」
メフィストが上体を逸らす。
だが、わずかに遅い。
弾丸が白い頬を薄く裂き、そこから赤い血が一筋流れた。
「おおおオオオオオオおッ!!!」
「人間が当てたぞ!」
「メフィストに傷をつけた!!」
天使たちが一気に沸く。
乱子は歓声には反応しなかった。気になったのは、メフィストの頬を伝っている血の方らしい。
「……赤いんだ」
「何がでしょう?」
「血。悪魔だから黒とか青だと思ってた」
少し残念そうな乱子に、メフィストは苦笑する。
「期待を裏切ってしまいましたかな」
「ちょっと」
「それは申し訳ない」
メフィストは指先で頬の血を拭い、そのまま舐め取った。仕草は相変わらず優雅だったが、乱子を見る目には先ほどまでになかった熱が宿っている。
「では私も、
杖の先が乱子へ向く。
黒い光が走った。
「乱子!」
ロンジが叫ぶより早く、乱子は横へ跳んだ。
完全には避けきれない。光が肩を掠め、白い衣装ごと皮膚を裂く。乱子は数歩よろめいたものの、そのまま踏み止まった。
肩から血が流れ始める。
メフィストはその傷を眺めながら、穏やかな声で言った。
「右の翼を差し出すなら、今から一分間、
「え?」
乱子が自分の翼をちらりと見る。
「本当に?」
「無論」
「嘘じゃない?」
「私は契約について嘘をつきません」
「じゃあいらない」
即答だった。
メフィストのたたえた笑みが一段深くなる。
「仔細を伺っても?」
「自分で壊すならいいけど、あなたに言われて壊すのつまんないから」
「……、なるほど」
今度は、メフィストが心底おかしそうにしていた。
「やはり、人間は面白い」
その言葉を聞きながら、ロンジは何とも言えない不快感を覚えた。
メフィストは、乱子をただ殺したいわけじゃない。
翼を残すのか、腕を守るのか、それとも命を優先するのか。何を捨てて何を残すかを選ばせれば、その人間が何を一番大事にしているのかが剥き出しになる。
だからこいつは契約を使う。
それを見るためなら、メフィストは本当に約束を守るのだろう。
だからこそ、悪質だった。