召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
最初の学校での乱射事件を終えたあとも、乱子は死ななかった。
警官に射殺されることも、その場で取り押さえられることもなく、混乱に紛れて逃げ切った。別に、生き延びたかったわけではない。死ぬのが怖かったわけでもなかった。
ただ、
人を撃てば、
銃声が鳴るたびに人が倒れ、制服が染まった。泣き叫ぶ者もいれば、その場から動けなくなる者もいる。友人を置いて逃げる者がいる一方で、撃たれる危険も忘れて、倒れた誰かのところへ戻っていく者もいた。
乱子は、その全部を見ていた。
なるほど、と思った。
人間は死にそうになると、随分いろんな顔をするらしい。
けれど、それを見た自分の中には何も起きなかった。
興奮しているのかと思ったが、違った。達成感なのかもしれないと思ってみたが、それもしっくりこない。あとから後悔が来るかもしれないと、わざわざ時間まで置いてみた。
それでも胸の内は静かなままだった。
逃げ込んだ安ホテルでテレビをつけると、朝から晩まで自分の事件を報じていた。
『前代未聞の凶悪事件です』
『犯人の動機はいまだ――』
『社会への強い憎悪があった可能性――』
『孤独と疎外感が――』
『自己顕示欲による犯行ではないかと――』
乱子はベッドへ寝転がり、青色の2ドルのグミを食べながらそれを眺めていた。
「違うんだけどな」
誰に聞かせるでもなく口にする。
社会が憎かったわけではない。学校にも、撃った相手にも恨みなんてなかった。別に有名になりたかったわけでもない。
なら、何だったのか。
そこだけは本人にも説明できなかった。
その結論に、乱子はほとんど迷わなかった。
次に選んだのは学校ではなく、もっと人の集まるコンサート会場だった。前より警戒されにくく、多くの人間がいて、使う銃も変えた。前回と違う条件を揃えて、実験をやり直すように引き金を引いた。
そしてまた逃げた。
二度目の事件がニュースになると、すぐに最初の事件との関連が疑われた。同一犯ではないか、模倣犯の可能性がある。警察が偶然ではないと発表すると、世間は以前より大きく騒ぎ始めた。
テレビの向こうでは、知らない人間たちが怖がり、怒って泣いている。その横には、自分の顔写真が大きく映されていた。
「……、やっぱり」
しばらく画面を眺めても、内側に新しいものは生まれなかった。
次は別の州へ行った。街を変えて、人を変え場所を変え、また同じことをした。
繰り返すうちに、逃げるのは上手くなった。銃の扱いも上達していく。どこを撃てば人は倒れるのか、どの方向へ群衆が逃げるのか……弾道学も独学で修めた。
あと、最初の一発を誰に撃てば、その場全体がどう崩れるのか。他人の動きだけは、嫌になるほど分かるようになってきた。
それなのに、自分のことは相変わらず掴めない。
一方で世間の分析だけは増えていった。
『快楽殺人者』
『反社会的人格』
『銃文化そのものへの挑戦』
『現代社会が生み出した怪物――全米ライフル協会より寄稿』
乱子は記事を読みながら吹き出した。
「みんな、私より私のこと知ってるみたい」
それは、少し面白かった。
やがて事件そのものより、乱子本人について語る人間が増え始めた。顔写真を掲げパレードに参加する者。事件現場を巡る者。
彼女が使った銃を調べる者や服装を真似する者に、本人が一度も口にしていない言葉まで、「乱子の発言」としてネットに広がっていった。
そんな頃、別の街で銃撃事件が起きた。
犯人は捕まった。乱子ではなかった。
それでもニュースでは、何度も彼女の名前と並べて報じられた。
『影響を受けた可能性が――』
画面の向こうで、捕まった少年が何かを叫んでいた。
自分の思想をと、自分が何を憎んでいるのかを。
そして、乱子についても。
「……、何で??」
そこだけは妙に引っかかった。
自分の真似をして、この人は何を感じたのだろう。力を得たのか……自由になったり、復讐を果たせたのか。
自分にはなかったものが、この少年にはあったのかもしれない。
乱子はテレビの前で、珍しく長い時間を使ってそのことを考えた。
やがて、少しだけ楽しみになった。
自分自身をいくら見ても答えが出ないのなら、他人を見ればいい。
人が何を欲しがり、なにを怖がり、ナニを選ぶのか。
それを見続ければ、いつか自分の中にないものまで分かるかもしれない。
:
辺獄大決戦場へ、<絶対銃>の銃声が貫きわたる。
第二条が制定されてから、乱子が使える反射面は確実に減っていた。一度弾丸が触れた箇所から黒く染まり、二度と跳弾には使えない。
いくら正確な弾道計算が出来ても、そもそも弾を跳ね返せる場所がなくなれば意味がない。
メフィストは急ぐ様子もなく、飛んできた一発を杖で払い落とした。
「惜しい。今のは悪くありませんでした」
「知ってる」
「ですが、残りは?」
乱子が周囲を確かめる。
使える床はもう少ない。壁も大半が黒く染まり、柱にも使えない箇所が増えている。
「命乞いも立派な生存戦略ですよ」
「やだ」
「命を捨ててまで続ける価値がありますかな?」
乱子は返事をせず、自分の翼へ目をやった。
「まだ試してないから」
「何を?」
白亜の翼。
今の身体の持ち主が、生まれた時から持っていたものだ。
その仕草を見たマヨイエルの声が強張る。
「乱子さん?」
乱子が<絶対銃>を、自分の翼へ向ける。
「……、おい」
ロンジも遅れて察した。
「何する気だ」
パ!!!!!!!!!
と――
「乱子さん!!????」
マヨイエルの悲鳴にも構わず、乱子は翼の表面を掠めるように続けて撃った。銃弾に削られた白い羽根が、一斉に宙へ舞い上がる。
光を受けて降り注ぐそれは、遠目には綺麗だった。
だからこそ、やっていることの異様さが際立った。
天使の翼を、その身体へ入った人間の罪人が自分で撃ち壊している。
『おおっとおお、これはあああああああ――!?』
「何を……、」
さすがのメフィストも、すぐには意図を読み切れなかったらしい。
乱子は舞い上がった羽根の一枚一枚を目で追っていた。落ちていく角度や風に流される速さを<絶対銃>が次々と拾い上げ、射線へ組み込んでいく。
引き金が絞られる。
弾丸が空中を舞う一枚の羽根へ触れ、わずかに軌道を変える。そこから次の羽根へ当たり、さらに別の方向へ。
天使の硬質な羽根が、
「そんな……、」
マヨイエルの声が掠れる。
「その翼……、その身体の持ち主のものなのに……」
もちろん、闘技場の乱子には届かない。もし聞こえていたとしても、気にしたかどうかは分からない。
少なくとも今の乱子にとって、
「壁がないなら、作ればいいだけじゃん」
乱子は楽しげに言って、もう一度引き金を引いた。
弾丸が白い羽根の間を走る。
メフィストが一発を杖で落とす。その陰から二発目が死角へ入り込み、身体を捻って避けた先へ、さらに別の羽根を経由した弾丸が迫る。
先ほどまで余裕のあった身のこなしが、少しずつ慌ただしくなっていく。
それでもメフィストは崩れない。帽子の位置を直しながら、乱子へ語りかける。
「面白い……が、翼を随分粗末に扱いますね。神聖なものなのでしょう?」
「知らない」
「ご自分の身体でしょう?」
「今はね」
「痛みはありませんか?」
「あるよ」
そこでメフィストは、問いの調子をわずかに変えた。
「では、
乱子の指が、引き金へかかったところで止まった。その反応を見て、メフィストの声に期待が滲む。
「ようやく――」
「それって」
乱子が不思議そうに聞き返す。
「
返事を用意していたらしいメフィストの口が、そこで止まった。
強がっているわけではない。
冗談でもない。
本当に、質問している。
ほんの数秒。けれど戦場では、それで十分だった。乱子が引き金を引く。
残された床と壁、そして空中を舞う白い羽根を繋いだ弾道が、メフィストの視界から一度消えた。
「――!!」
振り返った時には遅かった。弾丸が右肩を貫き、燕尾服を裂いて赤い血を散らした。
悪魔側の観客席が大きくどよめく。
「当てた!」
「人間が!」
「またメフィストに傷を!??」
天使側からも、遅れて歓声と悲鳴が上がった。
乱子は肩を押さえるメフィストへ、自分の傷ついた翼を軽く広げてみせた。まだ周囲には何枚もの白い羽根が舞っている。
――そして、反射板として使われたゆえに、漆黒と化した羽が辺りに降り注ぎ、白と黒とのコントラストを描いている。
「ね。壁、いっぱいあった」
どこか得意げだった。
メフィストは血に濡れた肩を一度見下ろし、それから無残に欠けた乱子の翼へ顔を向けた。
「……、なるほど」
次の瞬間、傷など忘れたように声を立てて笑う。
「実に、実に素晴らしい」
杖に残る三つの黒い輪のうち、一つが赤く輝いた。
「では、第三問へ参りましょう」
血のついた白手袋で帽子を整え、杖を床へつく。 黒い輪が砕け、宙へ新たな条文が浮かび上がった。
【第三条】
【
ロンジはその文章を読んで、喉の奥が詰まる。弾道を複雑にして第一条を抜ければ、第二条で反射面を奪う。それでも羽根を使って道を増やしたなら、今度は弾丸そのものへ時間制限をつけてきた。
「三秒しか……、」
マヨイエルの声が、さっきまでの悲痛から焦燥が強まる。
乱子は頭上の条文を読み返すと、すぐに<絶対銃>を持ち直した。
「三秒?」
その響きを確かめるように繰り返してから、あっさり言う。
「ずいぶん長いね」