召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
「三秒?」
乱子は宙に浮かんだ条文を見つめた。
【第三条――
「ずいぶん長いね」
メフィストフェレスの口元から、一瞬だけ湛えていたものが消える。
「長い、と?」
「うん。弾って普通、そんなに長く飛ばないでしょ」
言われてみれば、その通りだった。
人間にとって三秒は短い。だが銃弾にとっては違う。闘技場ほどの距離なら、半秒にも満たないうちに標的へ届く。
ロンジも、そこでようやく意味を掴んだ。
「……、普通に撃つだけなら、ほとんど関係ないのか」
「そうですねえ」
ディーゼが答える。
「第三条が潰したいのは、弾丸を空中へ長く残して使う戦い方です」
「つまり、あいつがさっきやってた変態みたいな跳弾対策ってことか」
「言い方はともかく、そういうことですう」
実況も遅れて理解したらしい。
『第三条成立ィ! 制限時間は三秒! 短い! いや、銃弾にとっては意外と長いぞ!!!!!』
「実況まで計算し始めたぞ……」
乱子は二丁の銃を構える。
「じゃあ、三秒以内に全部やればいいんだ」
乾いた銃声が連続して交錯していく。しかし、どれもそれらはメフィストへ直接は向かわず、闘技場の空間へ散っていった。
「何かお考えで?」
メフィストが訊く。
「うん」
「教えていただけますかな?」
「まだやだ」
「それは残念」
乱子はさらに撃つ――その時、最初に放たれた弾へ、
鋭い金属音が響き、弾道が変わる。
「……、は?」
ロンジの声がうらがえった。
今度は軌道を変えた弾へ、別方向から飛んできた一発が接触する。
「ちょっと待て。
ディーゼも数発の軌道を追ってから、ようやく答えた。
「そういうことですねえ。反射面が足りないなら、
「足場って――時速千なんキロで飛ぶ足場があるかよ!!!!」
『これは何だァアァ!? 弾丸同士が空中で激突……乱子、三秒という猶予の中で弾道そのものを組み替えている!????』
銃弾が空間を縫う。
一発が別の一発を押し、押された弾がさらに次の弾へ触れる。そのたびに射線が折れ、増え、メフィストの周囲へ複雑に絡みついていく。
乱子は三秒という時間を伸ばしているわけではない。
その短い間に、一発へ何度も役割を与えている。
「これ全部、頭ん中で追ってんのかよ……」
「<絶対銃>の補助込みでしょうけどねえ」
メフィストも、今度はその場に留まっていられなかった。
杖を振って一発を叩き落とし、身体をひねって次を避ける。三発目を帽子の縁で流した直後、別方向から回り込んだ弾丸が袖を裂いた。
悪魔側の観客席が大きくざわめく。
「人間が押してるぞ!」
「いや、まだだ!」
「三秒でいったい何発飛ばしてやがる……!」
『メフィストが動いた! ここまでほとんど定位置だった大悪魔が、ついに足を使わされたアアアアアア――!!!???』
「マジかよ……本当に押してやがる」
ロンジの声から、さっきまでの軽口が少し消えた。
乱子の攻撃は無茶苦茶に見える。だが、
「面白い」
乱子が次弾を放つ。
「三秒もあると、いっぱいできるね」
メフィストが大きく横へ走る。
一発を杖で弾き、二発目をかわしその次を帽子で流しながら、それでも別方向から回った弾丸が首筋を掠め、細い傷からまた赤い血が流れた。
ロンジはその攻防から目を離せなかった。
「……、でもあいつも普通にくそ強えな」
乱子の攻撃が異常なのは分かる。
それでもメフィストは、致命傷だけは許していない。
『権能』だけに頼っているわけではない。古い悪魔として、純粋な戦闘力まで高い。
「素晴らしいですよ、お嬢さん」
メフィストは頬についた血を白手袋で拭った。
「一秒という時間を、随分大切に使う」
「そうかな」
「ええ。人間は普通、もっと無駄にするものです」
「何を?」
「時間を」
乱子は躊躇なく引き金を引いた。
「人殺す時って、そんなに待たないよ?」
:
最初の学校での事件以後、乱子の周りでは少しずつ
最初に世間を支配したのは恐怖だった。その次に怒りが来て、やがて専門家たちが彼女の動機を分析し始めた
だけど――その分析は、どれも本人にはしっくり来なかった。
自分には、そんな立派な理由はない。
少なくとも乱子自身はそう思っていた。
それでも世間は勝手に意味を与えた。社会への怒りや思想を語り、彼女を絶望の象徴にし、ついには怪物というレッテルまで貼りつけた。
乱子が一度も名乗った覚えのないものばかりだった。
やがて別の銃撃事件が起きた。
犯人は乱子ではなかった。
それでもニュースでは、その犯人が彼女の影響を受けた可能性があると繰り返された。
逮捕されたのは少年だった。
連行されながら、画面の向こうで何かを叫んでいる。社会への怒りや自由について、自分は正しいのだという主張まで。
乱子は珍しく、長いことその映像を見ていた。
「へえ~」
少しだけ興味が湧いた。
この人には理由があり、自分にはなかった。
そこが不思議だった。
:
その後も似た事件は増えていった。別の州や街へ広がり、学校だけでなく商業施設でも起きるようになった。
使われた銃や服装、犯行声明の一部には、乱子の事件を意識した痕跡が混じる。
ネット上には関連事件の情報を集めまとめる総合サイトが現れ、警察到着までの時間を比べる者、使用銃器の型番を暗記する者まで出てきた。
犠牲者の名前より、犯人の名前を熱心に覚える人間もいた。
さらにその周囲では、乱子本人には覚えのない思想まで育っていった。
銃は人間を平等にする。
恐怖こそ自由であり、社会へ傷を残すことが存在証明になる。
乱子はそうした文章を暇つぶしのように読み続けた。
「そんなこと考えてないんだけどな~……」
それでも人は増えた。
勝手に集まり、勝手に乱子を崇拝し、勝手に彼女の行動へ意味を与えていった。
やがて、乱子の事件を中心にした閉じたコミュニティまで作られた。後に外部から〝乱射クラブ〟と呼ばれるようになる集団だったが、乱子自身が作ったものではない。
最初は、そんなものが存在することすら知らなかった。
ある日、ネットを辿っているうちに場所を見つけた。地下へ続く狭い階段、その先の小さな部屋には十人にも満たない若者が集まっていて、壁には事件記事や現場写真と銃器の図、それに■■■……と乱子の名前がロゴタイプされていた。
本人が見ても、少し気味が悪いくらい詳しい。
「すごいね」
乱子が壁を眺めながら言うと、一人の男が振り返った。
「初めて?」
「うん」
「誰から聞いた?」
「ネット」
「ああ」
それだけで興味を失ったらしい。乱子の顔を見ても、誰も騒がなかった。貼られている写真と今の本人では髪型も服装も違うし、そもそも本物が普通に歩いて入ってくるなどと思っていないのだろう。
一人の女が乱子を見て笑った。
「似てるね」
「誰に?」
「■■■。ちょっとだけ。真似してる?」
「してないよ」
乱子は壁に貼られた自分の写真と見比べる。
「こっち、写り悪いね」
「本人みたいに言うじゃん」
何人かが笑い、乱子もつられて少し笑った。
それから彼らの話を聞いた。誰にも理解されない孤独、銃を持つことこそ自由であり、殺すことで初めて人間は支配する側へ回れるのだという話まで、ずいぶん熱っぽく語っている。
普段なら途中で飽きていたかもしれないが、その日は少し違った。
彼らは同じ事件を見て、自分とはまったく違うものを受け取っている。それが乱子には面白かった。
「■■■は社会に復讐したかったんだよ。最初の学校だって象徴だろ。自分を押さえつけたものへの報復」
「違うと思う」
乱子が言うと、話していた男が怪訝そうに振り返った。
「何が?」
「別に学校嫌いじゃなかったと思うよ」
「なんで分かるんだよ」
「んー……そんな感じじゃなかったから」
笑われたあと、別の一人が話を継ぐ。
「じゃあ自己顕示欲だろ。あれだけ派手にやって逃げ続けたんだから、自分を見てほしかったんだ」
「それも違うんじゃない?」
「また?」
「有名になるの、あんまり面白くなかったと思う」
「お前さっきから何なんだよ。妙に詳しいふうじゃないか」
「みんなの方が詳しいよ。私、こんなの全部覚えてないし」
壁いっぱいの記事を指しながらそう言った瞬間、部屋の空気が少しだけ止まった。
「……
「ん?」
「今、私って言った?」
「言った?」
「言っただろ」
冗談だと思われていた。けれど、それまでのような笑いは起こらなかった。
一人の男が、探るように訊いた。
「じゃあお前なら、本人に会ったら何聞くよ?」
「人撃った時、何感じた?」
「……それだけ?」
「うん」
「もっとあるだろ。世界をどう思ってるとか」
「別に」
「人間が嫌いなんじゃないのか?」
「別に嫌いじゃないんじゃない?」
「じゃあ社会が憎い?」
「さあ?」
「なら何で■■■は人を殺したんだよ!」
「それが分かんないから聞いてるんだけど」
それまで熱っぽかった空気が、そこで急に冷えた。
乱子は気にせず、壁に貼られた現場写真へ近づいた。
「あ、これ違う」
「何が?」
「最初に撃ったの、この人じゃないよ」
「いや、記事じゃ最初の犠牲者は――」
「その前に一人撃ってるよ。廊下の角にいた人。すぐ倒れなかったから、ニュースだと順番逆になってたけど」
誰も返事をしなかった。
乱子は別の記事へ目を移す。
「あとこれも。弾切れじゃないよ」
「……何?」
「詰まっただけ。すぐ直した」
「それ、報道されてないぞ」
「そうなの?」
乱子は本当に知らなかったらしく、少しだけ驚いた。
「じゃあ、みんな知らないんだ」
部屋にいた人間たちの表情が、少しずつ変わっていく。
誰かが壁の写真と乱子の顔を何度も見比べる。
「……お前、本当に……?」
乱子は答えなかった。その代わり、机の上に置かれていた拳銃を手に取り、慣れた動作で弾倉を確認してから一人の若者へ差し出した。
「はい」
「……あ?」
「撃ってみて」
「何、を……」
乱子は、その隣に座っている人間を指した。
「その人」
誰も動かなかった。
「だって、
「いや……」
「自由なんでしょ? 死の前では平等なんでしょ?」
さっきまで自分たちが熱く語っていた言葉を、そのまま返される。けれど、拳銃を受け取る者はいない。
乱子は急かさず、そのまま手を伸ばして待った。
やがて一人が椅子を引き、乱子から少し距離を取った。それをきっかけに、別の一人も身体を強張らせる。
もう誰も、憧れの対象を見る目ではなかった。
今ここにいる相手が、本当にあの事件の犯人なのだと理解してしまった顔だった。
「……、あ」
乱子はようやくなにかに気づいたように、部屋を見回した。
乱子は拳銃を机へ戻し、さっきまで自分を崇拝していた人間たちの顔を順番に眺めた。恐怖と戸惑い、それから理解できないものを前にした時の、どうしていいか分からない顔。
「その顔」
乱子は少し嬉しそうに言った。
「そっちの方が面白いね」