召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
辺獄大決戦場。
第三条を前にしても楽しげに銃を撃ち続ける乱子を見ながら、メフィストの表情からまたわずかに余裕が削れていく。
乱子はそれを見逃さなかった。
昔、地下室で見た顔と少し似ていた。
自分を理解したつもりでいた人間が、途中から何も分からなくなる。
その瞬間の顔。
メフィストの権能によって弾丸には今、発射から三秒という絶対の寿命が与えられた。
ならば乱子は、
二発の弾丸がメフィストの左右を抜け、その死角へもう一発が迫る。だがメフィストは背後へ杖を回し、それを叩き落とした。
直後、正面から新たな弾丸が飛び込む。
第一条が反応し、銃弾の勢いが削がれていく。だが止まり切る寸前、横から来た別の一発がぶつかった。
乾いた金属音とともに軌道が折れ、弾丸が首筋へ滑り込む。
「――!」
メフィストが身を沈めると、黒いシルクハットだけがまた弾け飛んだ。
『惜しいィいィ! あと数センチ! 乱子、第三条の三秒を丸ごと攻撃時間へ変えているゥううう――――!!!』
「惜しい。あと指一本分でした」
「分かってる」
乱子は悔しがるでもなく、次の弾を装填する。
「では、少し趣向を変えてみましょうか」
メフィストは杖を立て、条件を差し出した。
「三十秒間、銃を捨てる。その間、私もあなたへ一切手を出さない。ティーブレイクです。いかがです?」
「つまんなそう」
「では別案を。一発だけ、何の条文にも妨げられず私へ撃ってよろしい」
「ほんと?」
「ええ。ただし、その後一分間は目を閉じて戦っていただく」
乱子はわずかに迷ったものの、すぐ首を横へ振った。
「やだ」
「おや。今度は少し悩みましたね」
「一発だけなら、自分で当てた方が面白い」
「普通なら、得るものと失うものを並べれば、どこかで天秤が傾くものですが。あなたは損得ではなく、趣味で断るのですね」
「そうかな」
返事代わりに銃声が鳴った。
「普通じゃなくてごめんね」
「いいえ。だからこそ、でしょう」
杖が弾丸を弾き、そのまま乱子へ向く。
黒い刃のような光が一直線に走った。
「乱子!!」
ロンジの叫びに重なるように乱子が横へ跳ぶ。だが完全には逃れられず、黒光が腹部を浅く裂いた。
白い衣装へ血が広がる。乱子は地面を転がったが、すぐ片膝を立てて体勢を戻した。
『入ったァァあ――! メフィストフェレス、ついに有効打!! 乱子、腹部を負傷!!!!』
「追撃しない……?」
マヨイエルの疑問に、ディーゼが低く返す。
「しませんよお。あの悪魔は殺すより先に、〝人が何を捨てるか〟を見たいんです」
――案の定、メフィストは杖を下ろした。
「左手の人差し指をいただけるなら、その傷を完全に治して差し上げましょう」
「指一本?」
「ええ」
「それで治る?」
「約束しましょう」
「じゃあいらない」
「理由を伺っても?」
「銃、二丁ちゃんと持てなくなるから」
「合理的です。しかし、いずれその合理性にも値段がつく」
ロンジはそこで、ようやく奴の遊び方が分かってきた。
「……、こいつ、乱子を倒したいんじゃなくて、何を差し出すか見たがってない?」
「ええ。メフィストが一番好きなのは、そこですよお」
:
メフィストフェレスは、昔から人間というものが好きだった。
いつからそうなったのかは、もう覚えていない。
かつて、一人の王がいた。
戦争に負けかけていた王は、敵国を滅ぼし、自国へ勝利をもたらす『力』を欲した。
メフィストは願いを叶えた。
代価は、王が最も愛していた一人の息子。
王は三日間、国と息子のどちらを守るか悩み続けた末、契約書へ署名した。
戦争には勝った。
息子は死んだ。
王はその後、死ぬまで息子の肖像画へ謝り続けた。
メフィストは約束を守った。だからこそ、その後悔は美しかった。
商人は契約し、望み通りの財産を手に入れた。翌朝、妻は夫を知らない他人として見た。
商人は金庫いっぱいの金に囲まれて泣いた。
それもまた、美しかった。
ある時は世界の全てを理解したいと願う学者には、望み通りの真理を与えた。条件は、その知識を誰にも伝えられないこと。
学者は世界を理解し、それを語ることも残すこともできず、最後には一人で抱えたまま壊れていった。
復讐を望む者も、恋を叶えたい者もいた。聖職者も犯罪者も、人間は何かを欲するたびに何かを差し出した。
何を選び、何を捨てるのか。
その瞬間だけは、どれだけ取り繕った人間でも、自分が何を最も大切にしているかを隠せなくなる。
メフィストは、それを見るのが好きだった。
:
中でも今なおよく覚えている女がいる。
二人の子を持つ母親だった。二人とも同じ病に倒れたが、薬は一人分しかない。
「どちらを救います?」
女は泣き、怒鳴り、二人とも助けてほしいと何度も訴えた。
メフィストは断った。
救えるのは一人だけ。
女は何時間も悩んだ末、一人を選んだ。
契約は正しく履行され、選ばれた子は助かり、もう一人は死んだ。
その後、女は生き残った子を見るたびに、もう一人を選ばなかった日のことを思い出した。その苦しみすら、メフィストには美しく映った。
だからこそ――目の前にいる天使の姿をした人間の少女は、
:
「貴女は何を大切にしているのですか?」
メフィストは戦いの最中、不意に問いかけた。
「何って?」
「命は? たとえば身体は?」
「使ってるから今は大事かな」
「名誉は」
「いらないかな」
「自由は?」
「捕まってた時は欲しかったかも」
メフィストは迫る弾丸をかわしながら、次を投げる。
「では、
乱子の引き金が、ほんの一拍だけ遅れた。
「ほう。仲間は大切ですかな?」
「マネージャーは面白いよ」
「それは大切という意味です?」
「分かんない」
メフィストはさらに問う。
「では、あなたが失いたくないものは何です?」
「知らない」
「知らない?」
「うん」
黒い光を横へ避けながら、乱子は一発撃つ。
「
その返答だけは、メフィストの予想から外れたらしい。
「
メフィストはすぐには言葉を返さなかった。
その間にも三方向から弾丸が迫る。杖で弾き、二発目をかわす。
残る一発へ、別方向から飛んだ弾丸がまたもや衝突した。
軌道が鋭く折れ、燕尾服の胸元を裂く。
『入ったァァァァ! 三秒寸前で軌道変更! 乱子、第三条をまたもまたもまたも突破ああああああああああ!!!!!』
「会話しながらあれ全部組んでたのかよ!」
「乱子さんですからねえ」
「それ万能な説明じゃねえから!」
メフィストは胸元へ指を当てる。
乱子は少し乱れた呼吸のまま銃口を向ける。
「第三問。これで正解ってことでいい?」
メフィストは帽子を軽く持ち上げた。
「ええ。正解です。では――第四問へ」
杖に残る二つの黒い輪のうち一つが砕け、新たな文章が宙へ浮かび上がる。
【第四条】
【我より二メートル以内へ侵入した物体は、その速度に応じて自壊する】
同時に、メフィストを中心として薄い黒色の円が地面へ描かれた。
「……? 自壊? また嫌なこと書いてんな……」
ロンジが呟く。
乱子は説明を待たず、一発撃つ。
床と壁を使って側面へ回った弾丸が黒い円を越えた瞬間、内側から砕け散った。
『砕けた――――!? 第四条、メフィストフェレスの懐へ新たな防壁を展開だ!!!!』
「……、そういうことですかあ」
ディーゼが説明する。
「圏内へ入った物は、
「じゃあ、遅く入れたら?」
「壊れ方は弱くなります」
「じゃあ攻略できる?」
「遅ければ――でも、そうなると」
ディーゼがメフィストを見やる。
「あの悪魔が普通に避けちゃいますねえ」
ロンジはそこで、これまでの条文を思い返した。
「……、全部、
正面から撃てば第一条。跳弾なら第二条。複雑な軌道を使えば第三条。そして最後の二メートルへ届いた高速物体は第四条で砕ける。
「クソみたいに性格悪い能力だな」
「彼に言ったら喜びますよお」
「絶対言わねえ!」
メフィストは両腕を広げた。
「さて。どちらから来ても、弾丸は私へ届きません」
悪魔側の観客席が一気に沸き立つ。
「詰んだ!」
「今度こそ無理だ!!!」
「銃であそこ抜けるわけねえ……!」
『一条攻略するたび、次の道が潰されていくう! これぞ契約と規則を司るメフィストフェレスの『権能』……!』
「……、いや」
ロンジは歓声より、乱子の方を見ていた。
あいつが本当に困っている時とは……様子が違う。
乱子は砕けた弾丸と黒い円の境界を見比べ、メフィストまでの距離を測るように位置を変えた。
「……、なるほどね」
「降参なさいます?」
「ううん」
「では?」
乱子は銃口を下げ、そのまま一歩前へ出る。
「近づく」
「ほう」
「だって、二メートルしかないんでしょ?」
その顔を見た瞬間、ロンジのはなにかを直感した。
乱子は<絶対銃>を両手に構え直し、そのままメフィストとの距離を詰め始めた。