召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
対戦車ライフルが黒い粒子へほどけ、乱子の両手には再び最初の二丁拳銃が戻った。
「でも試合はまだ終わってないから」
血まみれの腕を持ち上げ、銃口をメフィストへ向ける。
「ちゃんと、終わるまでやろっか」
メフィストは――答えなかった。
ほんの一歩とはいえ、自分が人間を前に後退した。その事実を確かめるように足元を見てから、杖を握り直す。
乱子も満身創痍だった。対するメフィストも散弾と銃弾を何発も受け、あちこちを赤黒く染めている。最初の優雅さは消え失せている。
ここから先は、どちらも一度の失敗が致命傷になる。
「……、どうやら」
メフィストがようやく口を開いた。
「あなたにも、退くべき時というものはあるらしい」
「違うよ」
「ほう?」
「知りたかったことが分かっただけ」
乱子は二丁拳銃を構えたまま、逆に訊いた。
「ねえ」
「何でしょう」
「私、
メフィストの反応が途切れた。
「……、何?」
「最初からずっと、私を怖がらせようとしてたでしょ? 指をあげたら助けるとか、翼をあげたら休ませるとか。死ぬよって言ったりもしたよね」
「……、ええ」
「それって、
乱子は煽っていない。
本当に分からないから訊いている。
「
メフィストは返せなかった。
彼は長い時間、人間を見てきた。何を欲し恐れ、どこまでなら差し出せるのか。その選択さえ見れば、人間という生き物は理解できると思っていた。
命を惜しみ、愛する者を慈しむ。財産や名誉信仰――復讐にすら値段をつけ、最後には何か一つを選び取る。
だが目の前の女は、自分が壊れることすら未知の結果を見るための材料にしてしまう。
「……、あなたは本当に人間ですかな」
乱子は少しだけ笑った。
「人間だよ。多分」
先に銃声が鳴った。
一発目は頭ではなく足元を撃ち抜き、続く一発が杖の銀細工を砕く。
「……、まだ分かんない」
「何がです?」
「あなたと遊んだら、何か分かると思ったんだけど」
乱子は自分でも答えを探すように言った。
「結局、何もなかった」
メフィストは杖を拾い、しばらく傷を眺めてから握り直した。
「……、そうですか。それは大変残念です」
:
最後の攻防が始まった。
ここまで乱子は、メフィストの条文を読んできた。条件と文言を確かめ、そこに残された穴へ銃弾を通してきた。
しかし、メフィストも同じ時間だけ乱子を観察している。
彼女が何を欲し、何を恐れ、何を守るのかは最後まで理解できなかった。
それでも一つだけ、掴めたものがある。
(あなたは、効率だけで撃っているのではない)
乱子が床と壁、それに宙へ残る羽根を使って射線を作る。
(確実に分かっているものより、まだ知らない方を選ぶ)
弾丸同士が空中で衝突し、軌道を変えた。
これまでなら、そこから死角へ入る。だが今度は、その先へすでに杖が置かれていた。
甲高い音が鳴り、弾丸が弾き飛ばされる。
「……、あ」
乱子の声に、純粋な驚きが混じった。
読まれた。
メフィストが一気に踏み込む。
乱子も即座に撃ち返した。正面の一発は第一条で失速し、横から回した次弾は杖に阻まれる。空中衝突で角度を変えた次々弾も、その到達点には先回りされていた。
「あなたのことは、最後まで分かりませんでした」
距離が縮まる。
「ですが――」
乱子がさらに撃つ。
メフィストは身体一つでかわした。
「あなたが〝知らない方を選ぶ〟ことだけなら、読める」
黒い円の内側へ入る。
もう二人の距離は、一メートルもない。
乱子はその言葉を聞いて、どこか嬉しそうだった。
「そっか」
それが、最後の隙になった。メフィストの杖が真正面から伸び、乱子の胸を貫く。
鈍重な音とともに乱子の身体が大きく揺れた。
「乱子さん……!!」
マヨイエルの悲鳴が響く。
乱子の二丁拳銃がメフィストへ向いたまま、かたかたと震えた。
撃てない。
指に力が入らない。
やがて片方の<絶対銃>が黒い粒子へ崩れ、続いてもう一丁も輪郭を失った。
戦装束へ、胸を中心に赤が広がっていく。
「乱、子…………」
ロンジの口から名前だけが漏れる。乱子は胸に刺さった杖を見下ろした。
「……、これ」
呼吸のたび、声がかすれていく。
「死ぬ?」
「ええ」
メフィストは嘘をつかなかった。
「間もなく」
「そっか」
乱子は妙に素直に納得した。
怖がるでもなく、泣くでもなく、少しだけ上を向く。
闘技場の天井。
悪魔。
天使。
さっきまで自分が撃ち回っていた戦場。
全部をもう一度眺めてから、メフィストへ戻る。
「ねえ」
「何です?」
「もう一回やったら」
息を吸う。
もう、それだけでも苦しそうだった。
「次は勝てそう」
メフィストの口が僅かに開いた。
だが返事は出なかった。乱子は、それを待たなかった。
「……、やっぱり」
力の抜けた右手が、ほんの少しだけ持ち上がる。
銃はもうない。
それでも人差し指だけが、メフィストへ向いた。
「まだ撃てる気する」
指先が、引き金を引くように曲がった。
ぱん。
――もちろん銃声など鳴らない。
ただ乱子自身だけが、撃ったつもりだったのかもしれない。
その手が静かに落ちる。赤い瞳から力が抜けた。
それでも最後に残った表情は、恐怖でも後悔でもなかった。
何か面白いものを途中まで見て、続きだけ見損ねたような顔だった。
同時に、辺獄大決戦場へ、聖なる鐘が鳴る。
『…………決着』
いつもなら叫ぶ実況さえ、一瞬だけ声を詰まらせた。そして役目を思い出したように、腹の底から声を張る。
『決着ゥゥううううゥッううう!! 第一回戦! 勝者――悪魔陣営!!!!』
数瞬遅れて悪魔席が爆発する。
『メフィストフェレスゥうううううゥッ――!!!!!!!!!!』
大歓声が決戦場全体を揺らした。
天使側は――静まり返っている。
第一戦。
敗北。
零対一。
「……………………、」
メフィストは乱子の胸から杖を抜いた。支えを失った身体が、そのまま崩れ落ちる。
だが、地面へ倒れ切ることはなかった。
「……、え?」
ロンジの声が掠れる。
先ほどの<神の炎>とは違う。同じ白でも、あれには神聖さよりも終わりの気配があった。
「乱子さん!!」
マヨイエルが立ち上がる。
炎は乱子の身体を下から包み、白い衣装も、傷ついた翼も、青い髪も容赦なく呑み込んでいく。
「何だよ、あれ……」
ロンジがディーゼを見る。ディーゼは、すぐには答えなかった。
「――業火です」
「業火?」
「罪人が敗北した時に落ちる、最後の天罰ですよ」
炎の中で、乱子の輪郭が崩れていく。
「あの身体は天使のものです。でも、そこに入っているのは大罪人の魂ですから」
「……、負けたら、どうなる」
答えを聞きたくない。
それでもロンジは訊いた。
「試合で敗北した時点で、魂は世界から
ディーゼは炎から目を逸らさない。
「そして、そのまま天罰に灼かれる」
マヨイエルの顔から血の気が引いた。
「そんな……、そんなの、聞いて……」
「これが、悪人を天使の器へ入れて戦わせるってことです」
乱子の翼が炎の中で崩れ、白い灰にもならず消えていく。
最後まで残ったのは、青い髪につけられた小さな白い花だった。
昨日、ロンジが買った髪飾り。
乱子が気に入って、ずっとつけていたもの。
花びらの端へ火が移る。
一瞬だけ白さを残し、それも炎の中へ消えた。
「……、クソ」
ロンジの口から、勝手に言葉が漏れた。
乱子は極悪人だ。
人を殺した。それも一人や二人じゃない。死んで当然だと言われても、上手く否定できない。
それでもついさっきまで隣で喋っていた奴が、目の前で何一つ残さず灼かれていく。
それを見て「当然だ」の一言で片づけられるほど、ロンジは何かを捨てられてはいなかった。
「……………………、」
メフィストも炎を見下ろしていた。
勝者の高揚はなかった。
穴の開いた帽子へ手を添え、消えていく乱子へ向けて静かに言う。
「……、実に不愉快な人間でした」
声音には、嫌悪だけでは説明しきれないものが混じっていた。
「できることなら貴女の中を開いて、何が欠けていたのか確かめたかったものです」
白い炎が一度だけ大きく揺れ、それから跡形もなく消えた。
:
――〝魔弾の射手〟という物語が、かつてあった。
悪魔の力を借りて作られた魔弾は、狙った獲物を決して外さない。ただし最後の一発だけは、射手ではなく悪魔の意志に従う。
人間は当たる弾を欲し、その代わりに運命を悪魔へ預けた。
――ならばこれは、ひどく悪趣味な話だったのかもしれない。
彼女は悪魔から魔弾を授かった射手ではない。
自分自身の罪から弾丸を生み出した人間が、契約を操る悪魔へ銃口を向けた。
最後まで、弾の行き先を他者へ渡さなかった。
ただ――契約だけが、最後に射手自身へ返ってきた。
しばらく……誰も喋らなかった。
天使側には複雑な見えない膜のような、困惑が広がっている。
悪人を使うなど許せない。冒涜だ、恥だと試合前まで叫んでいた天使たちも、今では言葉を失っていた。
悪魔側も、勝利に沸いてこそいるものの、さっきまでと同じ笑い方ではない。
人間、それもたった一人の罪人が、
「……負けましたねえ」
ディーゼが口を開く。
いつもの声音だったが、その一言が出るまでに少し時間がかかった。
「これもお前の予定通りか?」
ロンジが訊く。
「まさか。勝つ予定でしたよ」
冗談ではないらしい。
「一敗です」
ディーゼは闘技場を見たまま答える。
「それだけですよお」
「……、そうかよ」
ロンジは、乱子が消えた場所へ目を戻した。
何もない。
灰すら残っていない。
その時だった。
右手の人差し指が、勝手に僅かに曲がった。まるで、そこに存在しない引き金を引いたように。
ぱんッ。
小さな銃声が、耳元で鳴る。
「……、え?」
ロンジが振り返る。
当たり前だが、誰も撃っていない。
「ひぐ……ロンジ君、どうしました?」
目元を赤くしたマヨイエルが訊く。
「いや……」
ロンジは自分の右手を確かめる。そこには……何もない。
「……、何でもない」
そうとだけ、答えた。