召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
宿へ戻る途中、ロンジたちは市場を通った。
第一戦が終わってから、まだ一時間も経っていない。それなのに露店の品揃えはすっかり試合後仕様へ切り替わっていた。
「早すぎない……!!?」
ロンジが足を止めた店先には、黒いシルクハットがずらりと並んでいる。メフィストフェレスが被っていたものを模したらしく、乱子に撃ち抜かれた損傷までダメージジーンズよろしく再現されていた。
『第一戦勝者記念! メフィストフェレス完全再現帽子! 君も今日からメフィスト!!!』
「完全再現て」
「試合が終わってから作ったんでしょうか……」
マヨイエルは商品の完成度より、商魂の逞しさに引いているらしい。
その隣には、乱子を模した小さな人形まで置かれていた。青い髪に白い翼、両手には二丁拳銃。台座には限定記念模型と書かれている。
「限定って、何が限定なんだよ」
「死人は再販しづらいですからねえ……プレミア感を意識したんでしょう」
「言い方が最悪なんだよ!」
ディーゼは気にした様子もなく人形を手に取り、顔や衣装を眺めている。
「でも、結構似てますよお」
「買う気か?」
「値上がりしそうなので」
「お前本当に天使なの……!!?」
ディーゼが冗談ですよお、と人形を戻したところで、ロンジの視線が少し先の露店に引っかかった。
並んでいたのは、小さな白い花飾り。
乱子がつけていたものと同じではない。花弁の形も留め具も違う。ただ、遠目にはよく似ていた。
「……買いますう?」
ディーゼに訊かれ、ロンジは一度そこから目を逸らした。
「いらない」
「そうですか」
三人で歩き出す。
ところが数歩も進まないうちに、ロンジだけが足を止めた。
「……、やっぱ一個だけ買ってくるわ。別にいらないんだけどな。金まだ余ってるし」
「素直じゃないですねえ」
「シャラップ!!」
代金を払い、受け取ったものをポケットへしまう。
誰かにあげる予定があるわけでもない。自分でも、何のために買ったのかはよく分からなかった。
:
「さて、今日はもう休みましょうか」
ディーゼが両腕を上げて身体を伸ばす。
「休めんの? 世界滅亡かかってんのに」
「だからですよお。滅ぶかもしれない時くらい、休める時に休まないと。寝不足で世界を救えませんでした、なんて笑えないでしょう?」
「妙に現実的だな」
「それに、明日は辺獄観光でもしましょお。せっかくいつまで続くか分からないお祭り騒ぎですし」
「……、観光?」
マヨイエルまで驚いた。
「そんな場合ですか!?」
「そんな場合だからです。ロンジさん、まだ辺獄の爪の先ほども見てないでしょう?」
「辺獄ってやっぱそんな広いんか?」
「ええ。特に――」
ディーゼは歩きながら、つま先で足元を示す。
「下の方は、まだ全然」
「した?」
その言葉だけ妙に引っかかったが、ディーゼは説明する気がないらしい。
「まあ、それはまた今度です。今日は食べて寝ましょう。神は死にました。だから御神酒でも飲んで神を弔いましょう」
「ディーゼちゃん! 神様が亡くなったことを飲酒の言い訳にしないでよぉ!!!」
「先輩のおごりで」
「もっと駄目だって!」
ようやく、少しだけいつもの調子が戻ってくる。
:
翌朝、ロンジは右手の違和感で目を覚ました。
人差し指が布団の上で、一定の間隔を置いて小さく曲がっている。
意識して止めれば止まるし、痛みも痺れもない。だが力を抜くと、しばらくしてまた同じ動きを始めた。
昨日、一日中乱子が引き金を引くところを見ていたせいだろうか。
「……、何だこれ」
寝ぼけた頭のまま右手を持ち上げ、天井へ指鉄砲を向けてみる。
当然、何も起こらない。
静まり返った部屋で、変なポーズを取っている自分だけがいる。
「朝っぱらから何やってんだ、俺……」
顔を洗って部屋を出ると、廊下でマヨイエルと鉢合わせた。
昨日より顔色は戻っていたものの、泣き腫らした目元にはまだ赤みが残っている。
「おはようございます、ロンジさん」
「おはよ。ディーゼは?」
「もう下にいますよ。朝からお酒を頼もうとして、宿の方に止められてました」
「天使の朝として最悪だな」
「私もそう思います」
二人で階段を降りると、一階の食堂にはすでにディーゼが座っていた。
テーブルにはパン、果物、何の肉か判断したくない料理が並び、その脇には堂々と酒瓶まで置かれている。
「止められたんじゃなかったの?」
「私の勝利ですう」
「無頼かてめえは」
マヨイエルの小言がすかさず飛ぶが、ディーゼは聞き流しながらグラスへ酒を注いだ。
「……それで。今日は予定通り辺獄観光です。次の試合まで多少時間もありますし、ロンジさんにはこの街を知っておいてもらった方がいいですからねえ」
「観光って言いながら、急に実務的な理由つけるじゃん」
「あと、ずっと部屋にいたら先輩がまた泣くでしょう?」
「泣きません!」
即座に否定したマヨイエルをまた無視して、ディーゼは朝食へ手を伸ばす。
「では、食べたら行きましょう」
「私の否定を聞いてから進めて!」
そんな調子で食事を済ませ、三人は辺獄の街へ出た。
:
「――やっぱ、思ってたより普通だな。もっと天使と悪魔が顔合わせるたび殴り合うような場所じゃないとおかしい気もするんだが。どっちかがこの戦いの勝敗で終わるってのに」
「「辺獄ですから」」
「もうええて、それ」
さらに進むと、今度は通りを跨ぐほど巨大な看板が現れた。
『世界滅亡まで残り最大十四試合 恋人作るなら今』
「……、何だよこれ?」
「辺獄婚活推進協会ですねえ」
「そんな組織まであんの? お前らの無法さなんなんだよ」
マヨイエルが看板を見上げたまま、ほんのり頬を染めている。
「こ、恋人……」
その呟きをロンジは聞き逃さなかった。
「興味ある感じっすか?」
「ありません! ちょっと文字を読んでただけです!」
横で聞いていたディーゼが、看板とロンジを見比べる。
「ロンジさん、登録してみます?」
「何で俺だけです?」
「人間枠は珍しいですからねえ。案外、希少価値で人気が出るかもしれませんよ」
「世界滅亡前の婚活市場で珍獣扱いされる人生嫌すぎるだろ!!」
昼前まで街を歩き回ったところで、ディーゼがふいに歩調を落とした。
「さすがに疲れましたねえ。少し休みません?」
「酒飲んで歩いてた奴が最初に音を上げるなよ」
「ということで、お風呂に行きましょう」
「休憩の選択肢が急にでかい!!」
「辺獄名物ですよ。天界式浴場と地獄式蒸気浴を無理やり一つにした施設があるんです」
「説明だけで事故の歴史が見えるな~?」
マヨイエルは反対するかと思ったが、意外にも少し興味があるらしい。
「でも、いっぱい歩きましたし……お風呂なら少し入りたいかも」
「ほら、先輩も賛成です」
「そういう言い方すると私がすごく入りたがってるみたいで恥ずかしいんだけど!」
ロンジが連れてこられたのは、白い大理石と黒い岩石が中央から真っ二つに分かれた妙な建物だった。
片側には穏やかな顔の天使像が並び、反対側では悪魔像の口から絶えず湯気が噴き出している。
入口で料金を払い、案内板を読んだロンジは早々に不穏な記述を見つけた。
「一応確認するけど、男女別だよな?」
「中央浴場だけ混浴ですよお」
「何で!?」
もちろんロンジだけ入らない選択肢もあった。
だがディーゼは当然のように進んでいき、マヨイエルまでしばらく迷った末についていったため、一人だけ入口に残るのも妙に負けた気がした。
数分後。
中央浴場へ足を踏み入れたロンジは、その判断を早くも後悔しかけた。いや後悔と言っていいのか微妙だが、とにかく童貞にはかなりの試練となる。
湯気の向こうから現れたディーゼは、白い布を一枚巻いているだけだった。普段の服装でも十分目立つ体つきなのに、こういう場所では視線の置き場に非常に困る。
「ロンジさん、さっきから胸を見ないよう努力してるのが、かえって分かりやすいですよお」
「努力してんだからそこは評価しろよ!」
「偉い偉い」
「その褒め方が一番むかつくんよ!!」
その後ろからマヨイエルも現れたが、こちらは翼までまとめて隠そうとしたのか、大判の布を身体へ何重にも巻きつけている。
「先輩、そのまま入るんです?」
「だ、だって! これくらい隠さないと落ち着かないの!」
「布が水を吸ったら大変ですよお。もう少し普通に巻けばいいじゃないですか」
「その普通が分からないから困ってるんでしょ!」
ディーゼは彼女の姿を上から下まで眺め、さらりと言った。
「まあ、先輩は大きいですもんねえ」
「何が!?」
「翼ですよ」
「今、絶対翼のこと考えてなかったよね!?」
思わずロンジもそちらを見てしまう。
「ロンジさんも見ないでください!」
「俺まだ何も言ってないだろ!」
「見たじゃないですか!」
「反射だよ!」
「何に対する反射なんですか!」
ディーゼだけがくっくと殺して笑っている。
ロンジは観念して視線を逸らした。その時、ディーゼの肩に一本の傷跡が走っていることに気づく。
白い肌を斜めに横切る、古い傷だった。
意識して見れば、それだけではない。脇腹にも背中にも、
「……、それ、戦争の傷?」
「胸じゃなくてそっち見るんですねえ」
ディーゼは軽口を返しかけたが、一度だけ自分の肩を見た。
「まあ、戦争してましたから。治療すればもっと薄くできますけど、全部きれいにするほど余裕もありませんでしたしねえ」
それ以上は語らず、先に湯へ身体を沈める。
改めて見れば、マヨイエルの腕や肩にも細かな傷が残っていた。
ロンジの視線に気づいた彼女は、今度は本気で身体を隠し始める。
「見ないでください」
「いや、今は傷を見てただけで――」
「傷でも見ないでください! 何となく恥ずかしいんです!」
「そこにも羞恥判定あるのかよごめん!!」
ロンジも湯へ入り、肩まで身体を沈めた。
天使というものを、どこか傷一つない存在だと思い込んでいた。
けれど、この二人だって戦場から生きて帰ってきただけなのだ。
乱子が使っていた身体も同じだった。元は、どこかの戦場で傷つき、そして死んだ天使の身体。
「ロンジさん?」
ディーゼに呼ばれ、我に返る。
「いや、何でも――」
「胸を見るなら今ですよお」
「せっかく真面目なこと考えてたのに全部台無しだよ!」
ちょうどその時、少し離れた湯船から怒鳴り声が上がった。
「だからそこは俺が取ってただろうが!」
「知るか! 先に座った者勝ちだ!」
天使と悪魔が揉めている。
最初は口喧嘩だけだったが、やがて悪魔が天使の頭を掴み、そのまま湯の中へ押し込んだ。
「おい、あれ止めなくていいの?」
ロンジがそちらを指差す。
「大丈夫ですよお」
「いや、完全に殺しにいってるだろ」
「殺せませんから」
「……、そういや朝もそんなこと言ってたな」
悪魔はどう見ても本気で天使を沈めている。
ところが天使はいつまで経っても溺れない。それどころか途中から水中で相手の腕を掴み、今度は悪魔の方を湯へ引きずり込もうとしていた。
「
実例が目の前にあるためか、今度の説明はロンジにもすんなり入ってきた。
「致命傷になる直前で攻撃が逸れたり、術そのものが成立しなかったり、火花が散ったりが現在観測されている情報ですね。今みたいに、どう頑張っても死なない場合もあります」
「世界そのものに安全装置かけられてる感じ?」
「だいたいそんな認識で大丈夫ですう」
ロンジはまだ湯の中で争っている二人を眺める。
「じゃあ今の辺獄って、見た目ほど危険じゃないんだな」
「天使と悪魔にとっては、ですけど」
その付け足し方に、嫌なものを感じた。
「……、俺は?」
「普通に殺されますよお」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「は?」
「ロンジさんは人間ですから。あの制限の対象外です」
「ちょっと待て。つまり俺だけ安全装置なし?」
「そうですねえ」
「天使からも?」
「殺されます」
「悪魔からも?」
「もちろん」
「両方!?」
ロンジは反射的に浴場を見回した。悪魔も天使もいるが、そして自分は今、武器どころか服すらほとんど着ていない。
「……、今の俺、世界で一番無防備じゃない?」
「かなり上位には入ると思いますよ」
「なんでこのタイミングで教えた!?」
「ちょうど分かりやすい実例がありましたので」
「ディーゼ先生の楽しい辺獄教室じゃねえんだぞ!!!!」
隣でマヨイエルが露骨に居心地悪そうな顔をした。
「わ、私はもっと早く言った方がいいと思ってたんですけど……」
「思ってただけ!?」
「ごめんなさい!」
ロンジは脱力し、首元まで湯へ沈んだ。
「つまり俺、昨日から敵味方入り乱れてる街を、完全ノーガードで歩き回ってたわけ?」
「結果としてはそうなりますねえ」
「観光してる場合じゃなかっただろ」
「でも今まで生きてますし」
「結果論を安全基準にするな!」
そんなロンジへ、ディーゼはもう一つ付け加える。
「ただし、逆もありますよ」
「……逆?」
「ロンジさんからは、
「ステゴロの殴り合いですら大抵負ける男なんだが俺」
「なので現状は、殺せる利点より殺される危険の方が圧倒的に大きいですねえ」
「……、」
マヨイエルが、今度はちゃんと補足する。
「制限がかかっているのは、あくまで天使と悪魔が互いを直接殺すことだけです。天使同士なら殺せますし、悪魔同士でも同じです」
「じゃあ、天使や悪魔の内輪揉めで死人が出ることはある?」
「あります」
「で、人間の俺は、どっちからでも普通に殺される」
マヨイエルは申し訳なさそうに頷いた。
「……、はい」
「俺、ルール上めちゃくちゃ損してない?」
――隣の湯船では、さっきの天使と悪魔がまだ取っ組み合っている。いつまでやったんだ、こいつら。