召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
神が死んだ後の天界は、思っていたより忙しなかった。
もっとこう……天地が裂け大地が鳴動するとか、全ての天使が泣き崩れるとか、荘厳な聖なる鐘とファンファーレが鳴り響くとか。世界の主が死んだのだから、それくらいの演出があってもいい。
少なくともロンジは、なんとなくそう思っていた。
が、実際に起きたのは、もっと現実的で、もっと生々しいリアルな混乱だった。
「担架! こっちに担架を!」
「治癒術式遣いが足りません!! 重傷者を優先してください!」 「この子、まだ息があります!」
「西区画の結界が落ちるぞ記録官たちをさっさと下げろ!」
「『導きの門』が詰まってる! 死者の魂が流れない……っ!」
戦場を埋め尽くしていた悪魔が退いた途端、生き残った天使たちが一斉に動き始めたのだ。
つい数分前まで殺し合いが行われていた場所に、即席の治療所が作られる。
崩れた神殿から運び出した家具を担架代わりに負傷者を運ぶ者。瓦礫の下から仲間を掘り出したり死体を一箇所へ集める者。
さらにその奥では、巨大な白い門から半透明の人影がうじゃああ……と溢れ出していた。
「……、あれ何?」
ロンジが指さす。
死体のようには見えない。人の形をしているのに輪郭がぼやけ、何百、何千という影が門の前で渋滞している。
「死者の魂です」
隣に立つマヨイエルが答えた。
「本来なら天界を経由して、それぞれの行き先へ送られるんですけど……、導きの門の制御を担当してた天使がほとんど戦死して……」
「死後の世界で死者渋滞が起きてんの?」
「はいぃ……、」
「世紀末すぎんだろ……」
そして少し先では、一名の天使が神の像の前に膝をついて、両の手を合わせていた。
「善神《カミ》様……、どうか、愚かな我々をお導きください……、」
祈っている。
その背後で、別の天使が嗚咽のような声を漏らした。
「だから……、もう、いないんだよ……、」
「黙れ!」
「でも!!」
「善神様は我々を見捨ててなどいない!! これは試練だ! きっと……、きっと――」
最後まで言えず、泣き崩れた。ロンジは気まずくなって視線を逸らした。
王様が死んだのとは違う、この天使たちにとって神とは、国のトップでも軍の司令官でもない。世界の前提そのものなのか? その大前提が、ついさっき生首だけになっていた。
(……そりゃ、簡単には受け入れられないよなあ……だけど)
「……、すごいな」
ロンジは思わず呟いた。
「何がですか?」
マヨイエルが振り返る。
彼女の両腕には、大量の白い布が抱えられていた。
「いや。神様が死んだんだろ?」
「……、はい」
「もっと全員パニクると思ってたわ、体感」
マヨイエルは一瞬だけくちをつぐんだ。
それから、小さく笑った。
「パニックになってますよ?」
「そう見えねえけどな」
「動いてないと、もっと怖いからですよ、ロンジさん」
マヨイエルは抱えていた布を一枚取り、近くに倒れていた天使の身体へそっと掛けた。
顔を隠す。まだ若い。見た目だけなら、ロンジよりかなり年下に見える少女だった。彼女の知り合いらしい。
「………、」
自分は今日ここに来たばかりだ、死んだ天使に思い入れなんてない。
名前も知らない……けれどマヨイエルにとっては、さっきまで話していた仲間なのだ。
(……、ゲームの戦場とは違うよなあ)
当たり前のことを、今さら思う。画面の向こうなら、味方の兵士が何百人死んでも残機が減るだけだ。
リスポーンすれば戻る。だが天使と言っても、こっちは戻らないらしい。
「ロンジさん」
「ん?」
「そこ、踏んでます」
「え?」
足元を見ると、白い羽根。その根元に血が広がっている。
「うあっ」
慌てて足を退けた。
「わ、わりい」
「別に羽根くらいなら……、」
マヨイエルはそう言いかけて、少し遠くを見た。
「……、ディーゼちゃんなんて、さっき普通に踏んでましたし」
「見てたのかよ」
「見てました」
二人の視線が、同時に銀白髪の能天使へ向いた。
件のディーゼは何をしているかと言えば、死体の山の前にしゃがみ込んでいた。
祈って崇め奉っている――ようには見えない。
むしろ、死体の腕を持ち上げたり、翼を開いたりしている。
「……、あいつ何してはるんですの?」
「知りません」
「後輩だろ?」
「だからこそ知りたくない時もあるんですよぉ……、」
「説得力がすげえ!」
ロンジは少し迷ってから、ディーゼのところへ近づいた。
彼女は一体の天使の死体を眺めている。腹部が大きく裂けており、既に息はない。
不思議とグロさを感じないのは、非現実感か、天使の美貌のせいか、ロンジも戦場の空気におかしくなっているのか。
「お前、何してんの?」
「死体いじりですねえ」
「言い方あ!」
「検分って言った方が印象いいです?」
「内容は変わらねえよ!」
ディーゼは死体の傷を覗き込む。
「爪痕はある。傷口に魔力焼損なし。噛み痕なし。下級悪魔の近接種ですねえ」
「……、それ分かってどうするんだ?」
「相手の攻撃傾向を記録します」
「今か?」
「今だからですよお」
ディーゼは別の死体へ移動する。
「死体って、放っておくと
「その言い回しを仲間に使うなや」
「仲間だったからこそ有効活用しないともったいないじゃないですか」
「お前、本当に天使?」
ディーゼが振り返る。
「翼、ありますよ?」
「そういう問題じゃねえ」
「じゃあ光輪も見ます? 今は邪魔だから消してますが」
「証明方法が物理!」
ディーゼはくつくつと笑った。
そして――次の死体は、首がなかった。
「圧壊。大型種ですねえ」
「ずいぶん判定が上手いみたいだが、お前は医者かなにかか?」
「違いますよお」
「……軍人?」
「そっちは大正解です」
ロンジは一瞬止まった。
「……お前が?」
「失礼ですねえ」
「だってお前……なんていうか、戦場で一番のんびりしてたぞ、雰囲気が」
「戦場で慌てる軍属なんて嫌でしょう?」
確かに。
でも何か……納得したくない!
「……、仲間が死んで悲しくないの?」
ディーゼはそこで初めて手を止めた。勢いとはいえ、極めてデリカシーのない発言だった……とロンジはしまった、と思う。
銀白色の瞳がロンジを見る。
「悲しいですよ」
が、その返答が意外だった。
「そう……見えないけどな」
「見せる必要ありますう?」
「いや……、」
「それに」
ディーゼは死体の目を優しく閉じた。
「悲しむのは、仕事が終わってからでいいです」
その言葉だけなら、とてもまともだった。
次の瞬間。
「今泣いたら鼻水出ちゃいますしい」
「全部台無しだ!」
「涙は美しいですけど鼻水は美しくないでしょう?」
「確かに……知らねえよ!」
「天使の美観として重要です」
「お前らそういうブランディングとかイメージ戦略けっこう大事にしてんのな! いやそういうもんか……」
ディーゼは満足そうに笑った。
ロンジは思う。
(やっぱこいつ、変だ……!)
ただ、さっきまでより少しだけ見方も変わっていた。
相当ふざけている。
でも何も考えていないわけではない、むしろ逆だ。
……周囲が悲しみや混乱で止まりそうになるほど、この女だけが異様に先を見ている。
それが……なにか、
ロンジのリアクションを受けて、ディーゼが何かを言おうとする。
――そこへ複数の天使がダッシュでこっちに駆け寄ってきた。