召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
――件の大神殿へ向かう道は、さっきの戦場以上に天界の被害を実感させるものだった。
「……、ひっでえな」
ロンジは思わず呟いた。
遠くから見れば荘厳だった大都市は、近くで見るとそこら中が崩れまくっていた。
巨大な柱が倒れて空中へ架かっていた橋が半分で割れ落ちて、どこかから祈りの声みたいなものが電波状況の悪いラジオのように流れている。
水路らしき光の帯も途中で油が混ぜられたように、グロいマーブル模様になっていた、汚染的なモノが進んでいるように見える。
歩いていくと負傷者だけではなく老人のような天使や幼い姿の天使。武器を持っていない者も増えた。
「一般人もいるんだな」
「天使にも色々いますから」
マヨイエルが説明する。
「戦う階級や治癒を担当する階級。記録する者に魂を先導する者。人間界を監視する者とか、ずっと天界から出ない天使もいるんですよ」
「へえー」
「わ、わたしだって、本来は最前線に出る階級じゃないですし……、」
「じゃあ何でいたの?」
「人手不足です!」
「世知辛いねえ」
神聖さが一気に消えうせた。
「ところでお前さんは?」
ロンジはディーゼを見る。
「能天使って何する階級なん?」
「悪魔を殴ります」
「説明がつええ!」
「前線戦闘と軍事執行です。そうしてこの世界の平和を保つことを主な役割としておりますう」
「最初からそう言ってくれ」
「ふふ、短い方が格好いいでしょう?」
「格好よくはねえよ……」
「ちなみに一番得意なのはですねえ」
ディーゼが微笑む。
「悪魔をルールの範囲内でなるべく酷く殺すことですう」
「聞いてねえ!」
「聞かれてないことまで答えるのが天使流の親切です」
「そんな親切はいらん! はた迷惑な話だなあおい!!」
マヨイエルが横から小声で言う。
「能天使は、天使の中でも一番悪魔との戦闘が多い階級なんです。悪魔ともっとも対峙するため、堕落への誘惑を最も受けやすく……」
「へええ」
「だから昔から、堕天率も高くて……、」
「せんぱあい」
ディーゼがにっこりと振り返った。
「個人差ですよお」
「ひぃっ!」
「今すごく気になる単語あったんだけど」
「気のせいですでした!!」
「絶対気のせいじゃないですのことですよね!?」
ロンジが追及しようとしたところで、道端から泣き声が聞こえた。
「ひう……おかあさん……おかあさ……、」
幼い天使が一人、崩れた柱のそばで泣いている。
周囲は忙しなく、誰も止まらない。というより、止まれないのだろう。
ロンジも通り過ぎかけた。
だがマヨイエルだけが、足を止めた。
「ちょ、ちょっとだけ待ってください」
少女の前へしゃがみ込む。
「どうしたの?」
「お、ひぐ、お母さんが……、帰ってこない……、」
「どこにいたの?」
「西の、門……、」
マヨイエルの表情が一瞬だけ曇った。
「……、お母さんの、名前は?」
少女が答える。
マヨイエルはその名を聞いて、ほんの少しだけ黙った。
……知っているらしい。
「大丈夫」
それでもマヨイエルは、笑った。
「わたしが調べておくから。今はあっちの避難所に行こう? ここはまだ建物とか崩れたり、危ないから」
「ほんと?」
「うん!」
少女の手を引き、近くの天使へ頭を下げて託す。戻ってきたマヨイエルへ、ロンジは何も訊かなかった。
少女の母親がどうなったのか……それを訊く必要はなさそうだった。
「……、先輩って」
ディーゼが肩をすくめて言う。
「そういうところ絶対損しますよねえ」
マヨイエルが振り返る。
「何よぉ!」
「知らない子全員を助けようとするところ」
「悪い!?」
「いいですよお」
マヨイエルが目を丸くする。
ディーゼは前を向いたまま、何の気なしに続ける。
「でも、全部拾おうとしたら自分の手まで千切れちゃいますよお、先輩、普通に弱いんですから」
「……、」
「だから、千切れる前に是非とも誰かに押しつけてくださいねえ」
「……ディーゼちゃんに?」
「私は嫌です」
「さいってい!」
「即答するところだけは正直で偉いでしょう?」
「偉くないよ!!」
マヨイエルが怒る。ディーゼは笑む。
ロンジもつられて、少しだけ笑った。
でも、さっきの言葉は頭に残った――全部を拾おうとしたら、自分の手まで千切れる。
この銀白髪の天使は、何かを捨てる判断が異様に早い。それは冷酷さでもある。
そしてたぶん、戦場では強さでもある気がする。と、戦争なんて知らない平和な国の平凡な男は思った。
:
大神殿は絶賛半壊していた。
「これが……大神殿?」
「元はもっと立派だったんですよ……」
マヨイエルが超悲しそうに言う。
巨大な正門の右半分がものの見事に吹き飛び、金色だったらしい装飾が黒焦げになっている。
が、それでも、建物自体は圧倒的だった。
人間界の大聖堂を百個まとめても足りないほど巨大な建造物。縮尺がおかしい。
その奥へ進むにつれて、警備の天使が増えていく。
……通路の左右にはなんかすごい造形の彫刻群。
壁には、人間界の宗教画などとは比較にならないほど巨大な神の姿が刻まれていた。あの生首になった人(神)だ。
そして、その顔には不吉の象徴のように亀裂が走っている。
ロンジは何となく見上げた。
(善神《カミ》様ねえ)
繰り返すが、さっき、マジのガチの首になっていた。
あれを見た後だと、ありがたみも何もない。
むしろ、この像を作った職人が今どんな顔をしているのか気になった。
「ここから先は上級の天使のみだ!」
大扉の前で守衛が腕を伸ばしてきた。
ディーゼが光輪を指差す。
「能天使のディーゼですう。現在上位の指揮権を所持しております」
「通れ」
マヨイエルも身分証らしきものを示す。
「通れ」
最後にロンジ。
「……、えと、俺は人間ですのことよ?」
「帰れ」
「即答……!」
「この人も一緒ですう」
ディーゼがロンジの肩に手を置いて言う。
「許可は?」
「口頭で取りました。さっきの方たちから」
「名前は」
ディーゼが止まった。
「……、聞いてません」
「帰れ!」
「適当すぎるだろ! つうかお前、あんだけ漫才しといてあの人の名前知らなかったかのかよ!!」
結局、正式な許可を確認するまで数分くらい待たされる。グダグダだった。
:
静謐な空間には、既に数十名の天使たちが集っていた。
どういう宗教的な意味があるのか、幾何学造形の巨大な机を囲んで、恐らく好き勝手に、威厳ある天使たちが適当な場所に着席している。
日本でいうなら、これから重役会議でも一丁始めますか、という感じだ。
そしてばか高い天井――というか、天井はもう、なかった。
大穴が空いている。たぶん物凄い威力の攻撃を悪魔から受けたのだろう、不自然な穴が開いて、部屋の中は無茶苦茶に明るかった。
あと空が高い。滅茶苦茶高い。そこから太陽の光がこれでもかと降り注ぎ、ロンジの語彙では表現しにくいが、雲の切れ間から太陽の光が、こう、光の柱のように――
(思い出した、『天使の梯子』だ!)
そういう現象を、たしか、天使の梯子っていうらしい。まったくもっておあつらえ向きなメンツと光景だった。
見た目は幻想的だが、漂ってる雰囲気は不穏な事はさておいて。
みれば、翼の数も、服装も今まで見てきた天使たちとは明らかに違う。そして中央付近の席に座っている四枚羽の壮年の男。
灰色の長髪と、端正な顔立ち。
片方の翼には大きな裂傷があり、白い羽根が赤く染まっていた。
それでも治療はしていない。むしろ彼の隣に控えていた治癒天使へ、何か命じている。
「私より重傷の者へ回せ」
「しかしムリエル様、そのお傷はまだ――」
「飛べる」
「ですが!」
「私は問題ないから後にしろ」
治癒天使は言葉を飲み、頭を下げて退いた。
ロンジは少し意外に思った。
(偉い奴って、真っ先に自分を治すもんじゃないのか……?)
少なくとも、この男はそうではないらしい。
「ディーゼ」
「はあい」
「遅いぞ」
「すみませえん。死体を見てましたあ」
しん、と会談場が静まり返った。
ムリエルの頬に深いしわが刻まれる。
「……、何を?」
「死体」
「聞き間違いではなかったか」
「はあい」
ムリエルが深く息を吐いた。
怒鳴らない……が、ただ疲れている。
それが逆に、長年ディーゼへ苦労してきた感を出していた。偉い天使と、そうでもない天使って絡みとかあるのだろうか? と、ロンジは思ったがそれを知る由はない。
「検分なら後にしろ。今は生存者を優先している」
「だから検分してたんですよお。次の死者を減らすために」
「……、そうか」
ムリエルは一瞬黙った。
「なら構わん」
頭ごなしに否定するタイプではないらしい。そうして――次にムリエルの視線がロンジへと移る。
「それが召喚された人間か」
「それ扱い……、」
「名は?」
「ロンジっす」
「姓は?」
「……、今はロンジで。短い方がなんかかっこいいんで」
ムリエルは少し怪訝そうにしたが、それ以上追及してこなかった。やばい、緊張でおかしい事言ってるかもしれない、とロンジは思う。
「私は主天使ムリエル。この緊急会談の進行役を務める」
「ど、どうも」
マヨイエルが小声で袖を引っ張る。
「ロンジさん、もっと敬意を……、」
「わ、分かってるって! こういう場所苦手なの!」
そして、自己紹介が終わりムリエルが周囲を見渡す。
「全員、まずは確認しておきたい」
声のテンションが低い。
それだけで会談場が静まった。非常にシリアスな空気だ。
「善神様は崩御された」
誰も口を開かない。
「だが、我々には悲嘆する時間すら与えられていない。導きの門は停止状態。祈祷系統は四割喪失。西の天門は半壊している。
戦闘可能かつ座天使以上の地位を持つ天使は確認できた範囲で百柱を割り、重傷者を除けばさらに減るだろう。そして、あのお方たちは言わずもがな、天界を維持する主要な『力』だ」
「…………、」
ロンジは聞きながら頭の中で整理した。座天使以上……未だに天使の階級がよく分からないが、恐らく偉くて強い階級を指しているのだろう。
それが百。100。
ムリエルが今言ってるのは、ルシファーがのたまわった十五番勝負の件に繋がる話だろう。
十五名を選ぶだけなら足りる。
だが十五名選んだら、天界を維持する力が削れる……ってところか。
しかも代表として出した十五名が死ぬ可能性も……恐らく、かなり高い。
(これ、勝負に出す駒と国を維持する駒が同じなんだ)
ゲームなら割と最悪の盤面だった。ボス戦へ主力を全部持っていけば拠点が落ちる。
拠点を守ればボス戦で負ける。
しかも補充なし。
(……、おい。詰んでないか?)
ムリエルが続ける。
「それでも、善神様は最後に……我々へと道をお示しになられた」
幾何学の大机の中央へ、白い六面体の幻影が浮かぶ。
【天使陣営十五名】
【悪魔陣営十五名】
【一対一による決闘を行う】
【そして八勝した陣営へ、次なる世界の決定権を与える】
「善悪を決める戦争《ハルマゲドン》、最後の戦い」
ムリエルがいった。
「これより、この十五の席を誰に託すかを決める」
しいん……と会談場が不自然に静まる。やがて、一人の天使が口を開いた。
「む、ムリエル様。そ、率直に申し上げます」
「言え」
「……、戦力が、まったく足りません」
「分かっている」
「い、いいえ! そういう水準《レベル》では、ありません……!」
別の天使たちが続ける。
「わ、我々特務機関の綿密な諜報で得た戦力解析によると……悪魔サイドは四
方を司る『四大悪魔』や『七つの大罪』を冠する魔王たち……」
「そしてサタンやルシファーなど、『
「……対して我々は?」
沈黙。
「国の維持や他のあらゆるリソースを無視して……天界中から最高クラスの戦力を募り、そして万全の状態でその戦力を放出したとしても」
「八勝は、
またも沈黙。
ムリエルは強く拳を握った。
「それでも、やるしかないだろう」
声には一切の迷いがなかった。
「我々が神の子である以上、最期の瞬間まで神の遺志を守る」
一人の天使が半ばやけくそのように言う。
「ならば、ムリエル様ご自身は!?」
「当然、機会を頂けるなら私も出る。私では大天使様たちの足元に及ぶかすら分からないが……この身命を賭けて戦う事を誓おう」
「ですが天界の統治は――」
「私一人の命と世界を天秤にかけるな」
即答。会議室がまた静まる。
ロンジは少しだけムリエルを見る目を更新した。雰囲気は固いかもしれない。でも、やはり自分だけ安全な場所に残る男ではない。まともに社会に出たことはないが、上司がいるならこういう人の下に付きたい。
そこへ。
「
やたらに……間延びした声。
ロンジは非常に嫌な予感がした。
会談場の端、ロンジの隣でディーゼが片手をすらーっと上げている。マヨイエルの顔にもロンジと同じ、まずいという感情が浮かんでいた。
「何だ」
「一個だけ、質問いいですかあ?」
「言え」
ディーゼは笑った。くつくつと、心底可笑しいのを隠すかのような笑いかた。
「
「……、何を」
「天使側代表は、
会談場から、さ……と波が引くように、明らかに熱が消えた。
ロンジはディーゼを見る。マヨイエルも二度見する。
上級天使たちも全員が彼女を見る。
本人だけが、いつも通り笑っている。そしてムリエルの口元に深い皺が走った。
「……、ディーゼ」
「はい」
「お前はまた何か……余計なことを考えているな」
「ひどいですう、偏見ですよそんなのお。余計なことだなんて、まさかまさかですう」
「なら、否定してみろ」
「できませえん♪」
「だろうな」
妙に掛け合いが合っていた。
ディーゼは大机へと身を乗り出す。
「みなさん、神様の制定されたルール、もう一回ちゃんと読みません?」
卓の中央に浮かぶ文字。
【天使陣営十五名】
【悪魔陣営十五名】
ディーゼが指先でその文字をなぞる。
「これ“天使十五名”じゃない」
誰かが息を呑んだ。
「“天使
彼女の銀白色の瞳がかすかに潤む。
「このサイコロの目は、
ムリエルが黙って彼女を見る。
ディーゼはにこりんと笑った。
「いやあ、神様って本当お優しくて賢明ですよねえ」
「何がだ」
「ちゃんと
「……、貴様」
「崇めてますよ?」
「そう聞こえん」
「じゃあ言い直します」
ディーゼは両手を広げた。それは見えない指揮棒を操るかのように。どこかノリノリだった。
「これ、神様が用意してくれた慈悲深い仕様上の穴です」
ロンジは思った。
(こいつ、神のルールを仕様って言ったぞ……!?)
ムリエルの顔がさらに険しくなる。影が落ちて、もはや岩のような顔つきになっている。、
「何が……言いたい」
「だからあ、超簡単ですよお」
ディーゼは、会議室中の視線を全部集めたまま笑う。
「だったら別に」
そして。じーっくり、いやらしいほどに溜めて、彼女は言った。
「
その瞬間。
ロンジには分かった。本当に嫌というほどわかってしまった。
この会談はたぶん、今からものすごく面倒なことになる。