召喚されたら極悪ヒロインしかいなかった件 〜そして俺は罪人の魂を天使の死骸に付与して悪魔と戦うお仕事を始めました〜 作:ookami2
「
能天使ディーゼがそう言った瞬間、大神殿の大会談場から、今度こそ時間すら消えた。
――比喩ではない。
さっきまで隅っこでぼそぼそと残存戦力だの治療区画だのを巡って重々しく議論を交わしていた上級天使たちが、一斉にその動きを停止し、口を閉ざしたのだ。
幾何学の卓の中央には、神が遺したルールが光の文字となって浮かんでいる。
【天使陣営十五名】
【悪魔陣営十五名】
【一対一による決闘を行う】
【そして八勝した陣営へ、次なる世界の決定権を与える】
ディーゼはその一行目を、人差し指で愛おしそうに軽くつついた。
「ほら。ほらここですよ、ここ。こーこ。〝天使
……誰も、なにも答えない。
ロンジは大卓の隅に座りながら、他の天使たちと同調し、ひたすら存在感を消していた。
(……、来た来た来ちゃいました、ってか~?)
ロンジの頬を冷や汗(脂汗)が伝う。まだ知り合って半日も経っていないが、なんとなく分かってきた。
ディーゼがああいう笑い方をしている時は、大体ろくでもない。
「……、詭弁だ」
流石というべきか、最初に口を開いたのはムリエルだった。
四枚の翼を背負った主天使は、痛々しさの残る翼を微動だにさせず、正面からディーゼを睨んでいる。
「善神様が定められたのは、天使陣営と悪魔陣営による、各々の代表者たちによる代理戦争だ。『天使側』が『天使』を代表として選出することなど、明文化するまでもない前提だ」
「前、提」
ディーゼがほう、とため息をつき、体をしならせ、嬉しそうに繰り返した。
「いい言葉ですねえ」
「なにがだ」
「天使が間違える時って、大体そこから始まりますから」
ムリエルの肩に、一段階力が入ったように見えた。
「ディーゼ」
「はい」
「私を怒らせたいのなら後にしろ、好きなだけ相手をしてやる」
「違いますよお。怒ってるムリエル様、顔怖いから苦手ですし。ぷんぷんは嫌ですってえ」
「なら少し黙れ」
「それはもっと苦手です☆」
(強えなあこいつ……!)
ロンジは妙なところですごく感銘する。
あのムリエルとかいう怖そうな天使を相手に、ここまで平然としていられる神経だけは本物だ。
「そもそも」
卓の相向こうから、翼に稲穂色の装飾をつけた天使が口を挟んできた。
「天使以外を代表にするというなら……何を出すつもりだ。まさかそこの召喚失敗したという人間か?」
その言葉に、複数の視線が一斉にロンジへ向いた。
「俺を見るな」
ロンジは反射的に言った。
「俺は出ないぞ。絶対の絶対に出ないからな。無理ですのことだからな」
「安心してください」
ディーゼが笑顔で答える。
「ロンジさんについては戦力としてまったく一ミリも数えてません」
「それはそれで腹立つなあオイ!」
数名の天使が思わず顔を逸らした。
笑ってくれたらしい。
ムリエルが咳払いをする。場の緊張が少しだけほぐれた。良かった良かった。
「では、誰を出す」
「人間ですよ」
はい、気のせいでした。
ディーゼは何の躊躇もなく返す刀で答えた。その瞬間、また場の空気が悪い風に硬直していく。
「
数秒ほどの静寂。
そして。
「……、は?」
誰かが吐息のような声を漏らした。
次の瞬間、会議室のあちこちから失笑が起きる。
「本当に人間……だと?」
「冗談も休み休みにしろ」
「人間界の兵器でも持たせるつもりなのか? 馬鹿が、冗談は頭のおかしさだけにしろ」
「悪魔の前では数秒も保つまいて」
声が徐々に大きくなっていく。
やがて、一人の天使が堪えきれず噴き出した。
「ははあっ……! ディーゼ、お前は本気で言っているのか? 我々ですら全く歯が立たなかった相手だぞ!!」
「もちろん本気ですよお」
笑われても、ディーゼはまるで気にしていない。どこ吹く風だ。
「私、冗談を言う時はもっと面白いこと言います」
「今まで一度も面白かったことないけどな」
ロンジがぼそっと言う。
「後で話し合いましょうかあロンジさん」
「嫌ですよ?」
だが笑っていた天使たちの中で、ムリエルだけはまったく笑っていなかった。
「本気で……貴様は『人間』をこの戦いの矢面に立たせるつもりか」
「はい☆」
「我々が、庇護すべき存在を?」
「はあい」
「天使が生き残るために、人間へ死ねと命じる?」
「少し……いえ、全然違います」
ディーゼが人差し指をぴぃん、と立てた。
「
笑い声が止まった。
マヨイエルがおどおどとディーゼを見る。ものすごく、にこにこしている。
言ってる内容と顔が釣り合ってなさすぎる。
「同じことだろう」
ムリエルの声が冷ややかになる。
「違いますよ」
「何が違う」
「『目的』が違いますう」
ディーゼは椅子から立ち上がった。その動作はひどく緩慢だった。
芝居がかっている、とロンジは思った。
……おそらく実際、芝居がかっている。
この女は自分へ視線が集まっていることをよく理解している。だからわざとそういう動き方をしているのだ。
そして、それを楽しんでいる――
「一個ずつ整理していきましょうか」
ディーゼは大卓の周囲をゆうっくりと歩き始めた。
「まず第一案。戦争で生き残ったお強い上級の天使様十五名を選抜して、
一人の天使を指さす。特務機関だかに属しているという天使だ。
「先ほどの案ですね?」
「……、そうだ」
「勝率は?」
「……なに?」
「勝率です。十五戦して我らが天使サイドが八つ取れるという見込みのほどは?」
「それは……、」
「ざっくりでいいですよ。五割?」
返事はない。
「三割?」
静か極まりない。
「二割?」
「……、それは相手次第になるだろう。組み合わせ、相性、敵のコンディション……」
「便利な言葉ですねえ」
ディーゼは笑う。
「じゃあ、一割くらいにしておきましょう」
「貴様ァ!!」
「怒らないでくださいよ。私だって天使側に甘めにつけてますう。温情裁定温情裁定♪」
そして、ディーゼは次の天使を見る。
「第二案。下級天使まで徴兵して、十五名の候補を広げてみる」
今度は別の天使が口を開いた。
「数を増やせば、悪魔に対し相性のいい者を――」
「今日、ケルベロスの
言葉が止まった。
「百?」
「……、二百柱以上だよ」
マヨイエルが小さく回答した。
ディーゼが頷く。
「ありがとうございます、マヨイエル先輩」
「嬉しくない数字だよぉ……、」
「二百柱ですって」
ディーゼが会談場を見回す。
「悪魔側代表候補の一体。ケルベロスの……
……誰も何も言わない。言えないのだ。
「じゃあ、範囲を広げて十五柱用意すれば勝てますかって?」
答えは当然ない。
「無理ですよねえ、うふふ♪」
あっさりと――切り捨てる。
「そしてえ、第三案。異界や霊界、人間界などから英雄を召喚する」
全員の視線が、またロンジに集まった。
「だから見るなって! 俺についてはなんか失敗したんだろ!? もうわかったわかったってもう!! 雑魚ですいやせんねえ!!!!」
「こちらが最新の成果です」
ディーゼが紹介する。
「彼は二十四歳。戦闘経験なし。特殊能力なし。平和な時代の平和な国から来た現代人とのことです。あと童貞」
「最後の情報いるかあ!?」
「人間社会における超重要なステータスかと」
「違えだろ!」
マヨイエルが口元を押さえて打ち震えている。
笑ってやがる。
「お前も笑うなってえもう!!!」
「ご、ごめんなさい……、!」
ディーゼが肩をすくめる。
「というわけで、救世たりうる英雄召喚は大変不確実なので却下。そもそもそっちに廻すマナなどありませんよねえ」
「もっと優しく俺に言及してくれ!」
「第四案。悪魔と交渉して条件を変えてもらう」
一人の天使が顔を上げる。
「……、それは私が提案しようと思っていた」
「あらそうですか」
「ルシファーとて理性はある。互いの損害を抑えられる条件ならばあるいは――」
「神様の首を持ってきた相手と?」
「……、……、」
「貴方はかなり外交センスありますねえ」
「イヤミか」
「褒めております☆」
「嘘をつけ……」
「バレました?」
ディーゼは指を下ろした。
「以上です」
「何が以上だ」
「全部駄目です」
あまりにもあっさりした宣告だった。端的に、淡々と、無駄がない。
「正面から戦う。駄目。人数を増やす。駄目。英雄召喚は不確実。交渉など論外。っていうか無理でしょう、あのサイコロは今の世界のルールそのものなんですから、それを歪める事は恐らく出来ないはず」
ディーゼが卓へと両手をついた。
「なのに皆さん、まだ同じ箱の中で……答えを探してる」
薄笑いが消えた。
ほんの一瞬。彼女の声からも、あの間延びした調子が消える。
「